私と彼の4日目

 朝、目が覚める。隣の彼はもうすでに起きていた。いつも、私より少し朝が早い彼。明日こそは同じ時間におきてやる、と心に決めた。彼はいつも通りに食事を受け取りながら、それと同時に黒く平たいものと、四角い物を受け取っていた。

 あれはなんだろう……。まぁいいか、そう思いながら自分も食事を受け取りに行く。

 食事を受け取ると同時に、私も彼と同じような平たいものと四角い物を受け取った。だけど、色は彼と違って薄いピンク色だった。可愛い色だな、と思いながらも一体これは何なのか、と考える。すると、マスクの人は私の疑問を読んだように答えてくれた。

 「遅くなっちゃったんだけど、電話を持ってきたよ。操作は簡単にしてあるから、説明するね。まず、この横のボタンを押してから画面に触れる。そうすると、相手側のスピーカーから貴方の声が届くようになってるから。スピーカーっていうのは、こっちの四角い方ね。これで、隣の彼とのコミュニケーションが大分楽に取れると思うわ。何かあったらコールボタンで読んでね」

 そう言うと、マスクの人は何処かへ行ってしまった。

 デンワ……。彼の方に目をやると、彼はこちらを見ていた。早速電話を使おうと、さっき教えて貰った通りに操作をする。自分のスピーカーからプツッという音がする。……隣に繋がったのかな? そう思いながら、「おーい」と言うと、「あっ、はい」という声がしたので、思わず笑ってしまう。

 「一緒にご飯食べよう」と言うと、「うん」という返事が返ってきた。

 初めて聞いた彼の声は、何故か私の心を落ち着かせた。

 ご飯を食べながら、いつも通り色んな事を話した。電話の凄さがよく分かる。ご飯を食べながらでも話せる事が嬉しい。今までは、ご飯を食べる手を止めてから、いちいち紙に書いて会話をしていた。

 ご飯を食べ終わり、2人で食器を片付けると昨日と同じように2人で椅子に座った。 

 「本の話を聞かせて!」そう言うと彼は、「えっ……」と少し驚いた顔をした。

 「これがあれば、本の説明できるでしょ?」そう言うと、彼は複雑な顔をして「でも……」と言った。もしかして、話したくないのかな、と思ったけど彼は続けた。「面白いかは分からないよ?」彼が気にしていた事は、私にとっては些細な事だった。

 「でも、君は昨日私の絵を見てくれた。ずっと、ずっと。つまらなそうな顔をしないで」そう言うと、「でも、昨日のはすごい楽しかった!」といきなり顔を輝かせて言ってきた。いつも、殆ど表情を変えない彼にしてはとても珍しい……。そうさせたのが自分の絵だと思うと、とてもこそばゆかった。

 「大丈夫。君が好きな本はきっと私も好きだから」何故かそう思えた。

 彼は驚いた様子で数秒私を見つめると、話し始めた。彼の1番好きな本の話を。


 「ヒーローのお話なんだ。2人の両極端なヒーローの。そのお話は彼らの出会いから始まる。1人の男のヒーローが、自分に絶望して、ヒーローを辞めようとするんだ。彼は、とても強かった。力を持っていた。でも、臆病だったんだ。それはヒーローにとって致命的な欠点。自分には誰も守れないと思った。でも、その時子供を助けるもう1人の女のヒーローに会ったんだ。自分とは真逆の力が弱く、ただ正義感だけは誰よりも強いヒーローに。子供を背に庇い、血だらけになりながらも悪と戦う彼女を、彼は無意識に助けるんだ。それから、彼らはタッグを組んだ。お互いが持っていない物を持っていた相手に惹かれてね。類稀な力を持った彼と、誰よりも強い正義感を持った彼女。互いを補い合い悪と戦う彼らは、最強だった」

 彼はそこで一息おいた。

 「彼女はよく言った。“私は世界中の人を助けたい。だけど私には力がない。だから君と戦うんだ。君と一緒なら何でも出来そうな気がする。私達は最強のタッグだから!”彼も、同じ事を感じていた。だけど、最後の敵との戦いで彼女は彼を庇って毒をあびてしまう。彼女のだんだんと小さくなっていく鼓動、細くなっていく息。それを感じながら、彼は気が付くんだ。彼が本当に守りたかった者に。彼が守りたかったのは、救いを求める人々ではなく、いつも隣で戦っていた正義感の強い彼女だったんだ」

 彼は言った。「この考えは、ヒーローとしては間違っているのかもしれない。でも、僕は大切な者に気が付けたヒーローを、かっこいいと思った。」スピーカー越しに聞こえる彼の声は力強く、その瞳はキラキラと輝いていた。

 「ごめん、いきなり話しちゃった……。もとに戻すね。」彼は謝りながら、本の内容に話を戻した。

 「彼女のだんだんと消えていく温もりを感じながら、彼はそれまでの事を思い返す。彼女との思い出を1つずつ。楽しい事ばかりでは無かった。でも、彼今思えば全てが楽しい事の様に思えた。1歩、1歩と迫りくる敵を見ながら彼は思い出した。彼女がよく言っていた言葉を。“私達は最強のタッグ……”ここで負けたら、最強では無くなってしまう。体はまだ動いた。でも、彼の心は、体を動かす部分は、彼女の死と共にバラバラに砕け散っていた。砕けた心をく掻き集めて、繋げて、彼は言葉を紡ぐ……。終わりの言葉を。それは彼が消える代わりに人々から記憶を消す言葉だった。記憶を消すということは、その者の存在も消すという事だ。彼は消した。悪の記憶を、彼と彼女の正義の記憶を。彼が消えると同時に、人々は記憶を失った。世界からは悪と正義が消えた。そこから、また新しい悪が生まれるまで、世界は平和だった。」

 話し終えた彼はこちらを見る。そして、私に言った。

 「昔から、憧れてたんだ。ヒーローに。中でも、このお話のヒーローは格好いいと思った。でも、でも……僕は化け物だから」

 そう言った彼の瞳には先程までの光は無く、黒く虚ろで、でも泣き出しそうな瞳がこちらを見ていた。

 きっと、彼にも有るのだろう。昨日、彼から絵を隠した私の様に……。だけど、私は彼に伝えたかった。彼の話を聞いて、思った事を。

 「君は、私にとってのヒーローだよ!!」そう言うと、彼は驚いた様子でこちらを見た。「君のお陰で毎日が楽しいんだ。楽しくて仕方がないんだ。だから、君は私のヒーローなんだ」自分でもハチャメチャな事を言っていると思った。だけど彼は、暫く私を見つめてから言った。「それなら、君も僕にとってのヒーローだ」そう言って笑った彼の顔は今までに見た彼のどの笑顔よりも、輝いて見えた。


 その日はずっと電話で話して過ごした。彼の言った“化け物”という言葉が気になったけど、昨日の私の絵に関しての行動を彼は何1つ聞かなかった。だから、私も彼の深い部分には“まだ”触れないことにする。だけどいつかはお互いに話せる時が来ると思う。私達の間にはたった15cmしかないのだから……。

 

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