逃走への経路その1

 ツバキは自身の実力が、マテウスに届かぬ事を既に肌で感じていた。正攻法では歯が立たないであろう事も、予想出来ていた。だがそれでも、刃1つ通す隙さえ見出す事が出来れば、どんな実力差をも覆す事が出来るのが実戦だ。


 そして彼女は、それを成し遂げるに相応しい上位装具を扱っていたし、そもそも愚直に正攻法で挑むつもりは更々なかった。


 1つツバキが懸念しなければならないとすれば、マテウスという男が、そうした彼女の持つ優位性を、戦場のことわりとして全て理解しているという事だ。だからこの男は、どんなに圧倒的な実力差があろうとも、一瞬たりとも慢心や奢りといった心の隙を見せないのである。


 まず、右手に短刀型の上位装具オリジナルワンイマノツルギを持つツバキが、マテウスが背後にして守ろうとする者達に向かって駆け出す。マテウスはその進路を遮るように動き、片手剣型装具ズィーデンブレードを振り抜く。


 同時に左手に短刀を有するツバキがその逆から、マテウスの背後に抜けようとするが、マテウスは後ろに下がりながら回し蹴りを放って、彼女の前進を抑え付けた。


 それは、右手に短刀を有するツバキに対しては、片足立ちになるという大きな隙を見せる行為になったが、彼女はそれに対して迂闊に切り込むような真似はせずに、自身の間合いに詰めるだけに留めて様子を伺う。マテウスが時折り見せるあからさまな隙に着け込もうとして、1度手痛い反撃にあっているので、慎重になっているのだ。


 そんなツバキに対して、両足を地に着け直したマテウスは、その直後に振り返る隙を惜しんで、背中を向けたままお構いなしに体当たりをちかます。刀剣を持つ相手に対して、常識外れの意表を突いた攻撃に、ツバキは右手に持つ刃を立てる事も出来ずに、弾き飛ばされる。


 相手が慎重に、動きが硬くなっているとみるや、強引に自身の目的を果たす為の動きに移る。マテウスは、押し込まれて下がった防衛ラインを再び上げる為の最短の選択を通したのだ。


 右手に短刀を有するツバキが、弾き飛ばされた先で、後方の死角から隙を伺っていた無刀のツバキと身体がぶつかり合うが、無刀のツバキは冷静にぶつかって来た自らの分身の背中を押して、強引に体勢を立て直させる。


 そんな彼女達が見せた大きな隙に、マテウスは追い打ちを掛けるのではなく、左手に短刀を有するツバキを攻め立てる時間に費やした。体当たりで右手に短刀を有するツバキを弾き飛ばした反動を利用して、目の前のツバキに迫りながら、片手剣で相手の左腕を削ぎ落すように、浅く切り払う。


 左手に短刀を有するツバキは、2人の味方がもつれ合う最中、無茶な反撃に出る事が出来ず、むしろマテウスを引き込む為に小さく体勢を崩してみせながら後退するが、マテウスはその誘いには乗らずに、再び3人の行く手を阻む為の位置取りへと移動する。


 この段階でのマテウスの目的は、あくまで彼の背後で脱出を試みる皆に、危害を加えさせない事であった。だから、瞬間的な1対1の状況を作って相手を倒しに動くよりも、その間に3人のツバキのいずれかに、背後へ抜けられる事態を嫌い、深追いをしなかったのである。


 だが、その動きからマテウスの意図を察したツバキ達は、同時に上と左右へ極端に散開して、マテウスの背後へ抜けようとする。相手に弱味があるのならそこを突くのが基本。


 付け加えて語るならば、ツバキはそういう時に見せる、相手の苦々しい表情にこそ悦びを感じる性質たちだった。


 初めて目の前の男を出し抜いた。そう確信しながらマテウスの脇を掻い潜るツバキ達だったが、マテウスはこの孤立した瞬間こそを狙っていたとばかりに、無刀のツバキに一気に間合いを詰める。


(話が違うじゃねーかっ)


 短刀を携えた2人がかりですら、抑える事が出来なかった相手に、素手の上に単独での抵抗など長くはもたない。この事態に、残りのツバキ達も目的を修正し、反転せざるを得なくなる。何故なら、無刀のツバキこそが彼女達の本体だからだ。


 無刀のツバキは、マテウスから繰り出された斬撃を、全力で後ろに下がりながら回避し、同時に建物が崩れた際に落ちた破片を拾いげ、投げつけて牽制する。更に建物奥から立ち込める黒煙に自ら突っ込んで、身を隠す事に専念する。


 そこまでする事で、救援は間に合った。2人がかりで同時にマテウスの背後から斬りかかるツバキ達は、相手が背中を向けているからと無警戒に踏み込む。相手がどこにでもいるような戦士であれば、それがトドメに繋がる事もあろうが、今回の相手はマテウスだ。


 彼を前にしてこういった行為は手痛い反撃を喰らう事になる。これを彼女は戦いの序盤で警戒していたにも関わらず、焦りからか、またミスを犯したのだ。


 今回の場合もマテウスは、当然背後を警戒していた。むしろ、刀を有するツバキ達が救援に来ると確信を持っていた。左背後から迫る斬撃を回避する為に左半身を深く沈めながら、同時に彼の右背後から迫る斬撃の持ち手を狙って右肘を喰らわせる。


 短刀を握る右手の指と、マテウスの右肘が正面からぶつかり合い、当然の結果として、ツバキの右拳が音を立てて壊れて、短刀が地に落ちる。マテウスは彼女に対しての追撃はせず、振り向きざまに斬りかかって来たもう1人、左手に短刀を有するツバキを狙って、右肘に受けた衝撃を乗せながら左回りに反転。振り向きざまに鋭く片手剣で斬りつける。


 その一刀を左手に短刀を有するツバキは余裕を持って切り払うが、今までマテウスが見せ続けた慎重さとは対極とした、嵐のような追撃に、溜まらず後ずさっていく。


 余裕がなくなるに連れて、顔を歪ませながら息を荒くしていく彼女へと、マテウスは大きな一歩で更に踏み込み、互いに必殺を繰り出せる間合いへと強襲して、鋭い突きを放った。


 それならばと、右手を潰された分身が刀を拾って体勢を立て直す時間を稼ぐ為、マテウスを引き込むように更に後退しようとした瞬間、発砲音と共に彼女の腹部右に風穴が広がった。


 マテウスは、突きを繰り出す事で片手剣を使って死角を作り、相手が後退する為に動き出した瞬間を読み切って、左手に握る銃型装具を使って撃ち抜いたのだ。よろめいたツバキに胸部にもう1発銃撃を浴びせて銃型装具を放り出すと、前に突き出していた片手剣の返す刃で斜めに胸部を切り裂き、心臓の位置を狙いながら、自ら前進して再度突き刺す。


 ツバキの身体を貫きながら前進を続けて、彼女を壁に叩き付けながら左手から短刀を奪い取るマテウス。そこまでした所で、パメラがツバキを倒した時と同様、彼女の身体がかすみのように姿を消す。


 後に残るのは、本体である無刀のツバキと、右手を砕かれて、拾い直した短刀を左手に持ち替えたツバキ。彼女達は壁を背にしたマテウスを取り囲むようにして、ジリジリ距離を詰めるが、マテウスは悠々と彼女達の前でイマノツルギを理力解放インゲージしてみせる。


「まぁ、こういうカラクリだろうな」


 マテウスは自身の分身を眺めながらそう呟いた。理力解放する事によって、短刀を握らせた自身の虚像を創り出し、自由に操る事が出来る。それこそが、イマノツルギの能力。


 戦闘中のツバキの動きに、何度かあった無刀のツバキを優先して守るような動き。そこからマテウスは彼女の本体を導き出し、イマノツルギの能力を看破したのだ。


 自身とは違う意識を操るという奇妙な感覚を初めて体感しながら、確かめるように手足を動かして見せ、殺意の混じった苦々しい表情を浮かべるツバキ達を見やる。


 付け加えて語るならば、マテウスは相手が浮かべるこういう表情にこそ、心に落ち着きを見出す性質だった。


「ほら、取りに来いよ。どこまで出来るか、試してみたいんでな」


「やっぱり、テメェだわ。テメェだけ殺せるなら、後はどうでもいいぜ」「お望み通り、テメェのきたねぇ腕ごと、さらってやらぁ!」


 挑発的なマテウスの発言に、ツバキの中から他の者を狙うという選択肢が消える。2人のツバキは同時に、虚像のマテウスへと飛び掛かった。

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