在るがままにその3

「マテウスはん、聞いてるのん? ウチと話すの退屈?」


「聞いてるよ。別に、退屈だとも思ってない」


「せやったらええんやけど……そんでな、そんでな?」


 再びフィオナが口を開き始めると、彼女の話は止まらない。久しぶりの自由に出来る会話? に飢えていたのだろう。マテウスは退屈こそしてなかったが、話が長いな……とは、心の中で思っていた。しかし、流石にああ話した手前は、黙って付き合うより他はない。


 今、2人は赤鳳騎士団寮から少し離れた、王国第2厩舎きゅうしゃへと向かっている最中であった。その名の通り王国が管理する厩舎で、王宮への送迎。儀典ぎてん。衛士達の移動、訓練……そして、王都に駐屯ちゅうとんする騎士達の馬などを預かって、世話をしているのだ。


 ただ、マテウスは目的の場所に用事があるのではなく、そこにヴィヴィアナが馬を借りに行ったという情報をフィオナから得たので、向かっているだけだ。用具置き場の片付けが終わったマテウスが厩舎へ向かうと告げると、フィオナも彼女が赤鳳騎士団名義で預けた馬の様子を見に行くと、着いて来たのである。勿論、彼女にはマテウスと話し足りないという気持ちもあったのだろうか……


「ウチって丸顔やん? 顔も大きいから小顔に見せる為に色々やってんねん。前髪を目の少し上に合わせたりして、顔の輪郭隠す髪は少し暗めにしたり、広がらないように巻いたりしてな? このロールも後ろで髪を広げてから、下の方にボリューム持たせる為に毎日セットしてん。こう、ひし形っ。このライン、分かる? めっちゃ苦労して毎日セットしてんのに、マテウスはんが訓練で兜を押し付ける度にそれがグチャグチャになってまうんよっ! ウチ、これだけはめっっっちゃ怒ってんのっ! 聞いてるっ?」


「聞いているよ。しかし何度も言っているが、頭を無防備に訓練など許可出来ないな。それに、他の皆は嫌がってないように見えるが」


「それなっ! 皆、無頓着むとんちゃくすぎなんよっ! あんな可愛い子ばっかやのに勿体ないいうか、卑怯っていうか……エステルちゃんなんかこの間、肌をな? 触らしてもろうたんやけど、つるっつるやねんっ。赤ちゃんみたいな肌やってんっ。あんな汗だくになってんの、水被って流すだけで、他になーんもケアしてない言ってんのに、信じられるっ?」


「あぁ、確かに肌は綺麗だったかもな」


「ちょっと腹立って、そのままつねってもうたわ。ヴィヴィちゃんも髪とかあんな長いのに枝毛1つ見つからん綺麗な髪しとるんよ。なにかしとるんか聞いても、特になにもしてない言うし。いっつもキツイ目付きしてるけど、笑うとめっちゃ可愛くて、ウチ同じ女なのにドキッてしてもうてんっ。それにスタイルもいいから、どんな服でも似合う体のラインしてるんよねぇ……まぁ、この2人はまだ100歩譲って許せるとしてもやっ。アイリちゃんとレスリーちゃんっ! あの2人はもう、なんか次元が違わへんっ!? 同じ女の子と思えへんのやけどっ!」


「あの2人はそういう扱いが苦手そうだから、止めてやってくれ。そう言えば、君はレスリーを見て特になにも言わないんだな」


「えっ? あぁー、ベルモスク人の事? うーん、あれなぁ……田舎でも確かにベルモスク人は奴隷なんやけど、都会ほど扱いが酷くないっというか。普通に酒場でお酒を一緒に飲んでたりするんよねぇ。都会だと、ベルモスク人は入るのもお断りやーって店、結構あるやん? あれ、初めて見た時はちょっとびっくりしたわー」


「確かに、レスリーと出かけた時は店選びは気を使ったよ。それにしても、田舎はそんな事情なのか……俺もエウレシアじゅうを転々としていたが、気づかなかったな」


「えっ? えっ? マテウスはん、レスリーちゃんと出かけたりしたんっ? ウソっ、ほんまっ? キャーッ! 今度レスリーちゃんにどんなデートしたんか、聞いてみないとあかんねっ。それにしてもウチ、マテウスはんはアイリちゃん狙いや思うてたわぁ……エウレシア男はアイリちゃんみたいなスタイルが好きな奴、めっちゃおるもんなぁ。マテウスはんも時々アイリちゃんに抱きつかれて、やらしー顔してるし?」


「……そんな顔をしてはいないだろう? それに、彼女のは娘が父親に対してする我が儘みたいなもんだ。それを勘違いしたりはしないさ」


「またまたー。満更まんざらでもないくせにっ。でも、女の子の目からすると、やっぱレスリーちゃんのが羨ましいかなぁ。ベルモスク人って事を除けば、レスリーちゃんはスタイル完璧なんよねぇ。胸もそこそこあって、ぷにぷにお肉なんかどこにもなくて、腰の位置がめっちゃ高いから、足なごうてあんなに細いやろ? そのうえ目は大きくて可愛いし、まつ毛は長いし、鼻も唇も形が綺麗で、めっちゃ小顔ってもうなにあれっ? 無敵やんっ! そんでな? 他にもあるんよ?」


 と、終始こんな具合に喋り続けていた。それに対してマテウスはここまで頭の中に根付いていると、直すのに苦労しそうだなと思う反面、オフの日ぐらいは好きなように楽しめばいいと、時々相槌を打つ程度の事をしながら、対応するのだった。


「はぁ~、やっぱここはえぇなぁ~」


 2人が厩舎に着くとフィオナは開口一番、勝手知ったる様子で自身の馬の元へと走っていく。自身の馬というのは、彼女が赤鳳騎士団に入団する際、彼女の父親から贈られた馬の事だ。どうやらその馬に会いに、ここへは何度も訪れているらしい。


 マテウスはそんなフィオナを一先ひとまず置いておいて、ヴィヴィアナの姿を探す。だが、見つける事が出来ない。だから、近くにいる作業中の馬丁ばていを捕まえて尋ねると、どうやら既に馬に乗って出て行ったという話だった。行き先に心当たりはあるかとも聞いてみたが、今日中に戻るとしか情報は得られなかった。


 マテウスは無駄足になってしまったが、仕方がないな……と、気を取り直してフィオナの元へと戻るが、彼女は自身の馬の顔を撫でながら、ボソボソと会話をしていた。


「そーなん。優しい人が担当になってホントに良かったなぁ。なんか辛い事あったらウチに言うてな?」


「猫の次は馬か? そうやって動物相手に話し掛けるのは、君の癖なのか?」


「癖って言うか……話せるから話してるだけやもん」


「話せるって……動物とか?」


 なにを言っているんだ? と、露骨に眉間に皺を寄せるマテウスに対して、フィオナは視線を落として答えを返そうとしない。暫く待っても答えが返ってこないので、マテウスは待つ事を諦めた。


「まぁいい。俺はもう戻るつもりだが、君はどうする?」


「うーん。ウチはもう少しここにおる。この後も、市場に行くつもりやし……」


「では、ここでお別れだな。余り遅くなるなよ?」


「だいじょーぶやよ、安心しとき。もしヴィヴィちゃんを見つけたら、マテウスはんが探しとったって声掛けとくわ」


「助かるよ」


 マテウスがきびすを返して厩舎を去ろうとすると、ほなな~、と後ろから手を振るフィオナ。声の大きさに周囲の馬丁の視線を集めてしまっている。君はそれでいいのか? とも、思うのだが、やはりマテウスはそれを口にしようとはしなかった。

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