在るがままにその1
―――同日、午前中。王都アンバルシア北区、赤鳳騎士団寮
朝食を終えてそれぞれがそれぞれの余暇を過ごす為に解散する。マテウスもそうするつもりだったが、その前にヴィヴィアナに伝えたい要件と渡したい物があったので、彼女の姿を探していた。食事中にそれをしなかったのは、話の内容にまだ
だが、ヴィヴィアナが食事を終えてすぐに姿を消してしまったのは、マテウスにとって誤算だった。せめて、食事中に予定でも尋ねておけば良かったと、少し後悔していたが後の祭りである。それも、あのヴィヴィアナがマテウスの質問を素直に答える事が前提の話ではあったが。
「ほらっ、ウチが受け止めたげるからそんな怖がらんでも、だいじょーぶやよっ」
それは、マテウスがヴィヴィアナの姿をフラフラと探していた時の事だった。ちょっと鼻が詰まっているいるような、のんびりとしたバルアーノ
「あー、せやね。じゃあウチが
声の主はマテウスが予想した通りフィオナだった。セットの行き届いた背中まで伸びる巻き毛の茶髪を揺らして、木の上のなにかに向かって話しかけてるようだ。
これは余談になるが、彼女はあの髪のセットに
それで諦めてくれればいいものの、毎朝同じやり取りを繰り返し、訓練直後に気づけば髪型は直っていたりする。その並々ならぬ根性には、マテウスも少し感心していたりした。
「梯子、梯子~……あー、どないしよ。ウチ、梯子の場所が分からん~」
「梯子なら用具置き場の奥にあるぞ」
「ほーなん? じゃあちょっとウチ取ってくるから、ジッとしてなーあかんで? ええねっ?」
両頬を抑えながら右往左往と
「フィオナ、鍵だ」
「わっ、とっと。ありがとーなー」
マテウスが、自身の時間が空いた時に倉庫整理をしようと腰に下げていたのだが、ちょうど役に立ったようだ。鍵を受け取るやいなや、片手を振りながら駆け出すフィオナを見送ると、マテウスは木の上へと視線を上げる。そこには小さな子猫の姿があった。
登ったはいいが降りれなくなったという、よくある光景だろう。ただ、彼女は子猫に向かって真面目に話しかけていたのか? と、マテウスは心中を理解できなくて首を少し傾げた。
やがて身の丈より高い梯子を担ぎながら、小走りにフィオナが戻ってくる。彼女は息を少しだけ切らしながらも、すぐに木へと梯子を掛けて登ろうとするのだが、その様子は見ていて少し危なっかしい。
「変わろうか?」
「うーん、いうてもなぁ……マテウスはんだとあの子が怖がるんちゃうかなぁー」
「なら、梯子を支えておこう」
「えぇっ? 下でっ?」
梯子半ばで振り返ったフィオナは、膝上丈のスカートの裾を手で押さえながら、少し顔を赤らめて声を上げる。しばらく迷っていたようだったので、マテウスから提案した。
「下を向いているから、安心しろ」
「……覗いたら、めっ! やで?」
「分かったよ」
答えを返したマテウスが下を向きながら梯子を支えているのを確認して、フィオナは上へと登っていく。彼女は梯子の最上段まで登って、木に手を掛けながら限界まで背筋を伸ばして、子猫へと向けて腕を伸ばした。
「うーんっ、ほらっ、お願いやから、もう少しこっち来てーな。怖い事せんから、安心してえーで……っと、ひぇっ!?」
それこそ猫撫で声を作ったフィオナの片手に子猫が収まった瞬間、彼女が梯子から足を滑らせて自由落下する。両腕で子猫を抱えて、両目を
「「ふぅー」」「にゃー」
人間2人が思わず漏らした吐息と、子猫の鳴き声が重なる。子猫はフィオナにもう1鳴きして彼女の顔を舐めると、腕の中からスッと抜け出して何処かへ行ってしまった。それを薄情なもんだな、とマテウスは見送っていたが、フィオナは気にしていないようで片手を振りながら笑顔で見送っている。
「次は気をつけなあかんでー」
「君も余り無茶はするなよ」
「ふふっ、せやったね。ほんま……」
マテウスの腕の中、顔を上げたフィオナはなにか言葉を続けようとして目が点になる。その顔のまま、左右の状況を確認して、もう1度マテウスの顔を確認すると、顔全体を真っ赤にして先程の子猫よりも俊敏にマテウスの腕の中から飛び退いた。
「えぇっ!? マテウスはんっ! いつからおったんっ!?」
「そこかよ。最初からだよ。今更かよ。こんな長い前フリ初めてだよ」
思わずバルアーノのノリで次々と言いたい事を返してしまうマテウス。フィオナといえば真っ赤だった顔を蒼白にしてヨロヨロと倒れこんだかと思ったら、すぐに
「はぁ……終わった。普通に話せるようになるまでは、あんま人前で喋らんとこっていうウチの計画が~……」
「そう落ち込まなくてもいいぞ。前から気づいていたし」
「へっ?」
「前から気づいていたと言っている。時々ボロが出ていたしな……おそらくだが、ヴィヴィアナやロザリア辺りは気づいているんじゃないのか?」
「……それ、いつ頃の話なん?」
「2、3週間は前だな」
「そんなん出会ってすぐみたいなもんやんっ! ウチがアホみたいやんっ!」
「慣れない事をしようとすれば、そうなる事もある」
再び顔を真っ赤にして声を上げたフィオナが、両肩をしゅんっと落として額に両手を当てる。それを見たマテウスは梯子を担ぎながら、気づかわし気な言葉を掛ける。
「もう過ぎた事だ。これを反省にして次の機会があれば、上手くやればいい」
「そんな事いうても……あ、梯子持ってくなら手伝うー」
「別に気にするな。余暇を楽しめよ」
「あかんてっ。ウチがつこーたんやから、ウチが片付ける。当たり前やね」
「仮にも貴族とは思えない教育だが、まぁいいか」
そこまで言うならと、マテウスはフィオナに梯子を半分持たせて2人で抱える事にした。マテウスが前でフィオナが後ろ。2人は揃って歩きながら、用具置き場へと向かう。
「あんな? それでな? マテウスはん……」
「なんだ?」
「その、この事なんやけど……皆にはな? 内緒にしといて欲しいんやけど」
「この事ってのはどの事だ?」
「そんなん言わんでも分かるやろ?」
「思い当たると言えば、そうだな……猫に話し掛けていた事、結構なお喋りだった事、生地の少し透けたピンクという派手な趣味ぐらいだが」
「そんなんやなくてっ。このバルアー……ん?」
フィオナはマテウスの言葉をもう1度頭の中で繰り返し、スカートの上から自らの尻付近を撫でて、その存在に気づき、顔を真っ赤に染める。プルプルと体を震わせながらスカートの裾を掴んでいた手で
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