禍々しき黒衣の騎士その3

 右手で短剣を横にして握りながら、左手を短剣の腹に添えて、そう唱え終えていたドミニクの周囲から、黒い炎のようなモノが噴き出して、彼女の身体を一瞬にして包みこむ。


 パメラの死出の銀糸オディオスレッドがドミニクの影を捕らえるが、それは彼女に届く前に黒い炎にさえぎられて、あえなく弾かれた。今、ドミニクの身になにが起こっているのか? 攻撃手段もなく、踏鞴たたらを踏むだけのパメラもよく分かっていた。


 ドミニクの持ち出した短剣は、騎士鎧ナイトオブハート端末デバイスのようなモノだ。<ランスロット>以降、短剣とプロダクトキーの代わりに使用者の身体に刻まれる刻印。この2つがそろえば、承認用の文言を唱えるだけでどんな場所に置いても騎士鎧を纏える、第4世代騎士鎧<ランスロット>以降、汎用される事になった理力付与技術エンチャントテクノロジーの1つである。


 やがてドミニクを覆っていた黒い炎は、消えるのではなく、彼女の身体に纏わりつき、変化し、鎧を形成していく。騎士鎧でありながら、薄ぼんやりと黒く輝き、間欠泉かんけつせんのように時折黒い炎が噴き出して形が崩したり、両肩後ろから触手のような黒い炎が垂れ続けるその姿は、幽鬼のようでもあった。


 短剣だった筈の端末も、長くて黒い刀身が特徴の両手剣ツヴァイハンダーへ変化しており、それを軽く手首を返しながら振り回し、剣先をパメラに向けて構えなおした。


「さぁー、こーこからが本番だかんねー?」


 黒い騎士鎧から、ドミニクの挑発するような甘えた声が発せられる。そんなギャップにもパメラは笑み1つ零さず、死出の銀糸を右腕から放って、ドミニクを縛り付けて拘束する。そのまま絞め殺そうと銀糸に力を込めるが、<パロミデス>の装甲にはそれが届かない。


「無駄、無駄ーっ」


 ダイヤランス……理力解放。


 パメラの足元から、突然硬化した土の槍が幾本も生えて襲い掛かってくる。それをパメラが後ろに下がって回避する隙に、ドミニクは力付くで死出の銀糸を引きちぎった。


 幾本いくほんにも重なって追いすがる土の槍から逃れる為に、死出の銀糸を手近な家屋ののきに伸ばして、上空へと移動するパメラ。そんなパメラの思惑を遮るように、突然ドミニクは彼女の目の前に現れた。騎士鎧特有の高速移動。当然<パロミデス>もそれを有していたのだ。


 しかし、ドミニクの高速移動をパメラの瞳は的確に捉えている。カウンター気味に相手の腹部を狙って右のミドルキックを放つが、ドミニクは僅かに体勢を崩しただけで、構わずにパメラを両手剣で斬り付けてきた。


 パメラは両手剣の横腹を殴りつける事によって、それを受け流した。死出の銀糸を巻きつけて硬化させた両腕は、鋼のような硬さを実現する。その両拳を使って数度殴りつけ、ドミニクを踏み台にするようにして腹を突き飛ばす蹴りを放つと、更に上空へと舞い上がった。


「どーしたのー? それが本気ー?」


 パメラの蹴りによって地面に叩き落された筈のドミニクは、次の瞬間には、再び上空を舞うパメラに追いすがった。パメラは死出の銀糸を伸ばして、家屋の屋根の上に逃れるが、上から隕石のように降下してきたドミニクが振るう両手剣によって弾き飛ばされる。


 パメラが弾き飛ばされている間に、ドミニクはその勢いのままに家屋を貫いて地上へ達して、再び家屋を貫いて通りに姿を現して上空を見上げた。ドミニクの視線の先でパメラは体勢を立て直して、滑るように家屋上空を移動していた。ドミニクから十分に距離を取る為に移動し続けながら、様子を伺うような怜悧な視線でドミニクを睨み返す。


「逃ーげてんじゃないわよーっと」


 リキッドシュトローム/レイグレネード……並列理力解放。


 パメラの行く手を覆い尽くさんとする無数の水球に、彼女は両手で死出の銀糸を振るって対応する。全てをさばき切りながら地上へと降り立つが、その上から放物線を描いて水球よりも一回り大きな火球が、次々と彼女に向かって降り注ぐ。


 逃げ場を誘導された失態。パメラがそれに気付いた時には遅かった。降り注いだ火球がそれぞれ着弾と共に爆発して、パメラは巻き込まれる。市場全体に届くような爆音が響き渡り、市場の通りごと、家屋が数軒半壊した。


 レイグレネードによる爆発が収まった後、周囲に立ち込める粉塵を貫き、ドミニクはパメラの姿を求めてその中心へと突進する。彼女が突進した先では、それが当然であるかのようにパメラは健在で、女使用人メイド衣装をズタボロにしながらも、反撃の機会を伺っていた。


 ドミニクの動きを想定していたかのようにパメラが放った死出の銀糸が、彼女の首を絡め取ろうと閃くが、それは僅かに届かない。ドミニクは両手剣を使って銀糸を切り払いながら直進して、正面からパメラを切りつける。


 パメラはその一撃を、死出の銀糸を厚く巻きつけた両腕でもって、それを交差させながら受け止めた。圧し掛かる力に、パメラの体中の骨が軋みを上げる。彼女はなんとかそれを耐えきって両手剣を絡め取ると、それを蹴り折らんとハイキックを剣の横腹に繰り出す。しかし、彼女の蹴りは虚しく弾かれた。


(本体である剣を折れば、騎士鎧化は解けると聞きましたが……これも難しいですか)


 パメラが胸の内でそんな感想を零す間に、両手剣を右片手に持ち直したドミニクが、パメラを捕まえようと左手を伸ばしながら距離を詰めてくる。


 それに対してパメラは、ドミニクに背を向けながら地に伏せる程に身を縮めて腕を掻い潜ると、相手の間合いの内に入って、更に一歩大きく踏み込み、全身のバネを使って力強い両掌打をドミニクの下腹部へと喰らわせる。


 理力の装甲を貫いて、ドミニクの全身に直接衝撃を叩き込む為の強烈な一撃。パメラは追撃の手を緩めない。衝撃に弾かれるように空へ飛んだドミニクを、彼女の両手から放たれた死出の銀糸が、ドミニクの全身に絡みついて捕らえた。


 死出の銀糸でドミニクを捕らえたままパメラは、自ら独楽コマのように回り始める。数十回ドミニクを振り回して、パメラに出せる最高速まで加速させると、両足を開いて急停止。同時に死出の銀糸を背負うように持ち直した後、その全身を使って力任せに振り下ろし、ドミニクを地上へと叩き付けた。


 ドミニクが叩きつけられた瞬間、辺りは地盤ごと崩れたかのような大音響に包まれる。ここに来てようやく周辺住民がなにごとかと、顔を出し始めた。それは市場に面した店舗と居住空間が一緒である者達の姿だ。


 しかし、顔を出して全ての光景を目の当たりにした所で、彼等は一様いちように理解を示せずにいた。半壊した命の次に大切な店舗の数々、所々掘り返された中央通り、その中央通り真ん中で壊れて立ち往生した馬車、その騒動の中心にいるかのような若い女使用人メイド


 それらを見た誰もが係わり合いを持とうとせず、この場から離れて治安局への通報に走るか、窓を閉めて家屋の中へ引きこもるかの選択をした。彼等の選択は正しい。感情こそ表に出さないが、戦闘時の気が立っているパメラに近づけば、問答無用で敵と見なされて殺されていただろう。


 そして当のパメラといえば、死出の銀糸オディオスレッドの先へその全神経を注いでいた。地上から地中まで貫く勢いで叩き付けた筈のドミニクの姿は、粉塵の向こうにあり、パメラの肉眼では確認出来ない。


 まだドミニクの身体を繋がっている筈の死出の銀糸を理力解放して、強く締め付ける。対象が生身の人間であれば、細切れの肉片にでも変える事の出来る締め付けだが、次の瞬間、死出の銀糸の先からドミニクの反応が消える。


(糸を切られましたか。これが騎士鎧ナイトオブハート


 パメラはその16歳という年齢で、様々な生死を賭けた闘いに身を費やしてきたが、騎士鎧との戦闘はこの日が初めてだった。脅威の回復力と理力の装甲に身を守られ、理力解放を撒き散らし、人の身を超えた動きを体現する最終兵器。


 額に汗をにじませて呼吸を整えるパメラには、これ以上に騎士鎧を相手に出来るほどの攻撃手段を持ち合わせていなかったが、リネカーの末席に名を連ねる者として敗北は許されないという教えが、なんとか彼女の足をこの戦場へと踏みとどまらせていた。


 リネカーとしての最優先事項は、その力を知らしめる為に敵を殺す事。王女親衛隊としての最優先事項は、アイリーンを安全な場所へ連れ帰る事。理力付与技術の最先端たる第5世代騎士鎧<パロミデス>を前にして、前者の道を塞がれかけているパメラは、頭の中で後者の選択を実現出来る可能性を探し始めたが……


 フラムショットガン/ヴェノムフレイム/ペークシスコフィン……並列理力解放インゲージ2


 その甘い思考は、すぐに掻き消される。粉塵の向こうから青い火球が、パメラの視界一面を覆うような数で放たれたのだ。彼女は、死出の銀糸を網のように自身の前に張り巡らせてそれを防いだが、次に迫ってくる炎の渦を見て、すぐさま横に走り始めた。


 ヴェノムフレイムの炎がパメラが先程までいた位置を舐めるようにして焼き払い、石造りの路面をも溶かす。しかし、パメラにその光景を確認するいとまはない。息を継ぐ間もなく、彼女の頭上に狙いを定めて、次々と氷塊が降り注いだからだ。


 パメラはそれらを身を捻り、踊るようなステップで、身体にかすませながらも回避。幾度もバク転を繰り返して距離を取る度に、追いすがるように氷塊は放たれ続ける。


 仕切り直す為に、死出の銀糸を使って家屋屋上まで逃れるパメラ。そうする事でようやく氷塊の追撃は収まった。彼女も、両手足を屋根へと着いて動きを止める。


「いーい反応ー。それに、さっきの攻撃なにー? 理力の装甲を貫いて、内臓潰すとかー、洒ー落になってないんですけどー。リネカーって、みーんなそんな事、出来るワケー?」


 粉塵の中から現れたドミニクに、外見的ダメージは見当たらなかった。だが彼女の言葉を信じるならば、パメラの一撃は内臓を捕らえたらしい。ただこの言葉は、既に騎士鎧の性能によって治療されているからこその余裕、とも解釈出来た。


 裏当て、鎧通し。パメラの放った掌打はそんな呼ばれ方をする技だ。パメラの義兄であるオースティン程の技量があれば、この技でもって素手で騎士鎧を制圧する事も出来るそうだが、未熟なパメラの腕では限定的な大きな隙を作らねば、放つ事も出来ない。それ故に、騎士鎧の回復力を上回る事が難しいのである。


「ふーん、教えてくんないんだー……まっ、いいや。そーろそろ、終わろう?」


 そうして左肩に両手剣ツヴァイハンダーを担ぎながら、右の掌を真っ直ぐ明後日の方向に向けるドミニク。その先にはまだアイリーンが残されている客車があった。パメラの背筋に、自らを狙われた時以上の寒気が走る。


 フラムショットガン……理力解放。


 パメラは葛藤も一瞬、すぐさま行動に移していた。無数の青い火球が客車に高速で迫るが、彼女はその間に立ち塞がり、死出の銀糸を使って全てを打ち払う。パメラの判断が少しでも遅ければ、火球は客車を貫いていたに違いない。


 だが、それはドミニクの想定内だ。ドミニクは既に、パメラの背後を取っていた。高速で飛来する青い火球よりなお速く動けるドミニクは、パメラの腰辺りを狙って両手剣を横薙ぎに振り抜く。


 パメラはその一太刀を、振り向きざまに対応して見せる。右肘を振り下ろし、右膝を浮かせて両手剣を挟み込んでの武器破壊を試みたのだ。ドミニクの動きを事前に予測したその動きは、戦闘経験レベルでパメラがドミニクを上回る事を示していた。


 しかしそのレベル差も、騎士鎧の前では無意味となる。騎士鎧<パロミデス>の両肩後ろから垂れ下がっていた黒い触手のような炎が、自らの意志で動く生き物のようにして、パメラの右肩と右太股を貫いたのだ。


 肉を抉られる痛みに、パメラの表情に初めて苦悶の色が差す。両手剣を挟んでいた右腕と右足の力は緩み、武器破壊はおろかドミニクの一太刀を防ぎきる事も出来ない。


「さよーなら、リネカー」


 両手剣はパメラの腹部を捕らえ、彼女を大きく弾き飛ばした。抉られた腹部と、触手に貫かれた右肩、右脚から血飛沫ちしぶきを撒き散らしながら空を舞う彼女は、家屋の壁に受け身も取れずに叩きつけられ、地上へと落下する。


(アイリ……様)


 それでも僅かな力を残したパメラが、地面に突っ伏しながら左腕を伸ばした先は、アイリーンが眠る馬車客室。しかし、遠く離れた彼女の手がそこへ届くわけもなく……それを最後にパメラは意識を失った。

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