灼然たる朱き紅その4
「アンタ、なに考えてんの?」
「なにって……見れば分かるであろう? 囚われていた彼等の拘束を解いている」
ヴィヴィアナがエステルに対して、喰らい着くような剣幕で問いかける。彼女は笑顔や好意的な表情を作る事は苦手だったが、こういう場合の表情は
しかし、そんなヴィヴィアナを意に返そうともせずに、エステルは奴隷達を解放していく。比較的年齢の高い女達は小さく頭を下げて我が身可愛さに、すぐにこの場を離れたが、判断力の足りない幼い女子供は、自身になにが起こったのか理解出来ずに、呆然とするばかりだ。
「アンタのやってるそれは犯罪よ」
「犯罪? 弱き者が不当に拘束されている。それを助ける事のなにが罪なのだ?」
「彼等は奴隷よ。正式に商会が扱っている商品なの。アンタがやってるそれは、積荷荒らしと変わらないって言ってるの」
「奴隷? 商品? ヴィヴィ殿は目が悪いようだ。よく見ろ。ここにいるのは皆人間だぞ」
「は? いや、私が言いたいのはそういう意味じゃなくて……」
「どういう意味でも一緒だ。そこに弱き者がいるのなら、守るべく動くのが騎士だからな」
「なに馬鹿言ってんのよ。そんな理屈で罪が許される訳ないでしょ?」
「罪を犯すというのなら、それは己の内なる正義に反した時の事だ。彼等弱き者を
話している間にエステルは全ての奴隷の解放を終えていた。だが、子供達は動かない。売られた事を自覚している、ここが何処かも分からない……細かい理由は様々あろうが、大きく1つに纏めてしまえば、行く
「こんな場所に彼等を捨てておくのがアンタの言う正義なの? きっとこんな子供達、夜を待たずにまた
「よし、では貧民街を出るまで私が護衛するから、護衛して欲しい者は名乗り出てくれ。そこから先は自分の足で歩くといい」
「ちょっと正気? もういいや。行こう? 姉さん。付き合ってられないわ」
「なにを言う、ヴィヴィ殿。私1人だと帰れないと言ったのはヴィヴィ殿ではないか。それにお礼……頂けるのだろう? 協力してくれるのなら、これ程心強い事はない」
「は? アンタ本気で言ってるのっ? どうして私がそんな事まで手伝うと思ってるのよ。姉さんも黙ってないで、なんか言ってやってよ」
そうしてヴィヴィアナが視線を配った先、ロザリアは口元を手で押さえながら、肩を揺らして笑っていた。2人のやり取りの間、彼女はずっと声を殺しながらそうしていたようだ。
なにがそんなに可笑しかったのか。2人の噛み合わないやり取りが可笑しかったというのもあるが、それ以上にエステルの言葉が彼女の琴線に触れたのだ。子供っぽく、利己的で、無責任で、ともすれば反社会的な言葉の数々が、本当ならロザリア自身が口にしたくて、でも、理性がそうさせなかった言葉に近かったからだ。
前述したように、子供というだけでロザリアにとっては特別で……だから彼女の中では、答えが決まっていた。それを言葉にして伝えた時、ヴィヴィアナは信じられない物を見るような目で姉を見返して反論したが、結局は諦めてその言葉に従うのだった。
「ねぇ、騎士さん。この貧民街を抜けた後は、彼等に手を貸してあげたりはしないのですか?」
「ん? おぉ姉上殿か。名前は確か……」
「ロザリアです。先程はヴィヴィに手を貸して頂いて、ありがとう御座いました」
エステルの横に並んで歩きながら、小さく頭を下げるロザリア。貧民街の路地裏を子供をゾロゾロ連れ歩く集団は人目を引いたが、先頭で子供を背負いながら歩く不機嫌さを隠そうともしないヴィヴィアナと、
「なに、これぐらいは
「そうなの……ですか?」
「うむ。弱き者を守るのが騎士だ。弱き者に手を差し伸べるのは、別の者の役目であろう。だから、あの場に残ると言った者達にも、無理強いはしなかった」
エステルが言うように、馬車の中には半数近くの奴隷達が残されていた。彼等は自らが奴隷になった事を受け入れて、この場から去る事を拒否した。自らを受け入れ、選択する者をエステルは弱き者とは呼ばない。仮にあの場から攫われたり、殺されたりしようとも、それは彼等の選択の結果であるとエステルは考えていた。
「この場所が危険である事は私にも分かる。だから守って欲しいと申し出るのなら、力になろう。だが、平穏の中で生きていくのに騎士の力は必要ないだろう? だから力を貸すのはこの場所までだ」
「そうですか。騎士って難しいんですね……」
「うむ。道のりは険しく、厳しいのだ。勿論、力を貸す相手が生涯の
ロザリアとて聖人君子ではない。彼女とて、奴隷達の為に衣食住まで用意してやろうとは思わない。だが、それでもエステルのように突き放した考え方は出来なかった。それは本当に守った事になるのか? 問いかけてみたかったが、エステルの中で答えは完結してしまっているようなので、止めておいた。
「そういえばロザリア殿。貴女達に行く宛はあるのか? それともこの場所が過ごし易かったりするのか?」
「うーん。過ごし易いかどうかと問われれば、そんな事はないですね。特にヴィヴィと違って私は戦えないので。またこういう事が起きないとも言い切れませんし……」
「行く宛がないのであれば、私達の所に来ないか? 実は私はエウレシア王国第3王女、アイリーン王女殿下の親衛隊騎士として従事しているのだが……」
主という言葉に反応したのだろう。突然に始まった勧誘劇。勧誘されているヴィヴィアナ本人の耳に届かない場所で行われた事が、ヴィヴィアナにとって幸運であったか不幸であったか、後の彼女にしか分からない事だった。
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