両想い

南無山 慶

第1話

今年はちゃんとやろう。


桜も散り始めた校庭の隅で、俺は改めて決意を固めた。


「笑いはいらん。ウケたところで、何も得るものはないよな。そうだよな」

独り言をつぶやいた


体育館の中から笑い声が聞こえた。つい先日まで中学生だった子たちの、あどけない笑い声だ。


入り口の隙間から覗くと、ステージの上に柔道着姿が見えた。

なんだかわからないけど、どうやら体当たりなネタで勝負してるらしい


「柔道部、頑張ってるじゃん」

岡部が言った。

「アイツら、2人は入れないと廃部だからな」

「え? そうなん?」

「2年、2人辞めたよ」

「まじ?」

「新学期になってからね。突然。」

「なんでまた」

「アイツの話では、バンドやるって言ってたらしい」

「はあ、バンド、ねえ…」

「だから必死なんでしょ。でも、笑いとっても、なあ…」

「お前のせいだろ」

「バカ言うな」


ステージ上は、バスケ部がなにやらやっていた。ミツイ、とか、ルカワ、とか聞こえる。スラムダンクネタとは、なかなかやるな、と思った。

「俺達が求めてるのは、コグレ君です。一緒にやろうぜ、メガネ君!」

体育館にひときわ大きな拍手が響いた


「これは、バスケ部がもってくな。」

俺が言う。

「次がバレーだから、その次の次だな」

岡部が言った。


毎年恒例、春のクラブ説明会が、新入生を対象に行われていた。

各部とも、新一年生つまり、有望な戦力であって便利な後輩を多数獲得すべく、気合を入れて臨む日だ。

と言っても、ウチの高校は勉強も部活もそこそこ、ほどほどにやるばかりで、進学もスポーツ成績も、目を見張る活躍はない。

ぬるま湯のように平和な学校だったから、市内の南高校は、いつからか「南高温泉」と呼ばれていた。


去年、我が軟式テニス部は、ちょっとしたコントをやったらそれがヤケに新入生にウケてしまって、俺と岡部の2人だった部員が、15人にまで一気に増えて、女子マネージャーも4人になった。

クラブ説明会で笑いをとるなんて前代未聞だと教師からも釘を刺されたが、1年後の今日、去年のウチの部を見た各部が趣向をこらしたクラブ説明会(正確にはクラブ説明会用の出し物)を行なっていた


「しかし、みんな色々やってるな。ほんとになにもしないの?」

岡部が不安そうに言った。

「しない。もう、面白そうだから、という動機で入ってくる部員はいらん。どれだけ実力があったって、、、 ヤル気がなきゃ、いない方がマシだろ」

「ま、確かにな」


ある日突然、2人だった部員が15人に増えた軟式テニス部は、あっという間に空中分解した。

岡部は高校からテニスを始めた男、それも、無理矢理頼み込んで部員になってもらった奴だったし、4人いた先輩たちは、三年になる前に突然辞めてしまった。俺は、中学時代の経験者だったけど、高校レベルではまるで通用しないような実力だった。

顧問は、年配の教員で、テニスのルールも知らない。コーチなどいるはずもない。

南高が、南高温泉と呼ばれるのはこういうところからも伺える。


新入生が入らなければ廃部、という状況に追い詰められ、岡部と2人で破れかぶれでコントをやって部員は増えた。中には中学でかなり鳴らした奴もいた。しかし、そんな状態では全体を率いていくこともできず、夏になる頃には開店休業状態の部になってしまった。


弱くてもいい。下手でもいいから、3年生のこの夏、せめてインターハイ予選に団体戦で出場したい。

それが、今の俺と岡部の願いだった。


今年のクラブ説明会は、岡部と俺が制服姿で壇上に上がり、ごく普通の挨拶をして、初心者でも歓迎するから、テニスが好きな人、やってみたい人を募集してます、と言った。


一週間後、顧問に呼ばれ、受け取った入部届けは、2枚だった。

その日の放課後、コートに行くと、制服姿の新入部員が2人いた。


岡部と俺と、1年生2人、軽く挨拶をしていると、マネージャーが4人やってきた

「ああ。これ、新入部員。2人とも経験者だから、部室とか案内してあげて。 っとあれ? そちらは?」

遠目にわからなかったけど、マネージャー4人ではなくて、マネージャー2人と、知らない女子2人だった


「この子たち、マネージャー志望の一年生です」

「はっ?」

「勧誘してきたんですよ!」

「え?」

「やっぱり、可愛い女子マネがいないと盛り上がらないでしょう?」

「いや、お前ら、マネージャーったって、やることないだろ、なにせ、部そのものが練習すら…」

「おい、山本っ!」

岡部がさえぎった

「ああ、いや、なんでもない。」

「いーじゃないですかなんだって。先輩最後の大会出るんでしょ? 私達だって、後輩がいてくれた方が安心だし。この子、私の中学の後輩で、テニス部だったんですよ。」

森田です! と、元気な自己紹介が聞こえた。

「ああそうですか。えと、とりあえず、部長の山本です。」

「それと、こちらは、森田の同じクラスの、ちひろちゃん、だよね?」


「え、あ、はい…」

小さな声だった。


「はあ。森田さんに、ちひろちゃん、ね。じゃ、あとで顧問に入部届け出しといてよ。今日は? 見学? 帰る?」

「2人とも今日は帰って、明後日から参加ってことになってます」

「なってますって、お前決めたの?」

「はい。」

「あそ。あの子らも何も持ってきてないから明後日からってことになってるから、丁度いいや。俺らランニング行ってくるから、部室案内して、あと頼む」

「先輩、コート借りていいですか?」

「シューズはちゃんと履けよ」

「はーい。では、行ってらっしゃい!」

「あと、2年男子、なんとか4人、声かけてくれ」

「あー、はい。分かりました」

「じゃ、頼むね。一年生、明後日からよろしくね」


新一年生を迎えた各部の様子を見ながらグラウンドを一周し、俺と岡部は校外のランニングコースへ出た


「マネージャーが一番元気だなうちは」

岡部が言った。

「マネージャー増やしたってしょうがねーよなあ。あいつら普段だって、たまに来て少し遊んで飽きたら帰るだけだしな」

「だって、部として練習してないじゃん」

「そりゃ、そうだけどなあ」

「出席率なら、男子よりよっぽどいいぜ」

「確かに。」

「それに、お前が言うより、2年が練習やる気になるには、あの子たちから言ったほうがいいんじゃない?」

「2年な。もったいないな。俺達に、教えてくれる人とかいたらいいのにな」

「コーチみたいな?」

「そーそー。」

「いまさら、だけどね。」

「まあな。そしたら岡部だってもっと上手くなってたよ。でも、高校デビューにしちゃ、かなり上達したよな。」

「そりゃ、山本コーチ直伝だからな」

「いやいや。先輩たちは偉大だった。」


学校の裏手が山に続く道になってて、ランニングコースはアップダウンが激しい。5キロのコースを、俺と岡部は毎日走っていた


「先輩たちもすごかったけど、山本の教え方、わかりやすいぜ」

「またまた。」

「いやほんと。なんで2年に教えないのか、不思議だったんだよ」

「10人以上いて、ヤル気ないのがいっぱいだったから、教えるも何も。それに、俺以上にうまい奴もいたしなあ」

「あいつら、ヤル気あったのにな」

「半年以上、練習来てないぜ。今は岡部の方が上手くなってるだろ」

「まさか。あいつら、中学で県ベスト16でしょ? とてもじゃないね」

「いやー、今試合したら俺達が勝つよ。間違いない」

「無理だろー。でもま、高校デビューの俺に負けたら、泣いちゃうかもな」

「プライド高いからな。泣いちゃうだろうな」

「勝てればな」

「いや、やれば勝つよ。間違いない。技術は高いけど、あいつら、あんまり考えないんだもん」

「作戦ってこと?」

「まあそうだね。」

「そーゆーの好きだよな、山本」

「いちお、勉強したからな。でも、大会どころか練習試合すらできなかったこの一年。実践経験ゼロだわ」

「ためしてみる、か?」

「ん?」

「実力のある2年生に、作戦で勝てるんだろ?」

「岡部…」

「いちお、俺も軟式テニス部の3年生だからな。団体戦にも出てみたい」

「お前、熱いね」

「最後の年だしな。お前の2年間も見てきたからさ。それに、お前が勝てると言うなら、俺は信じるよ」

「ん。やってみっかね。いっちょ。」


桜の花びらがところどころに残る道を、2人の3年生は走り抜けた。

部活はあきらめてた。でも、あきらめきれなかった2人。遅すぎる再スタートを切ることを決めた。

二人の表情に迷いはなかった。


よく晴れた、春の日の夕方のことだった

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