第9話 手紙


彩佳が亡くなったと、連絡が来た。



桜が舞っている。

色とりどりのランドセルがとなりを駆けていく。

悠真は_高校二年生になる。


「悠真くん、いっしょ帰ろ?」


「ああ、夏季」


高校一年となった彼女は、悠真の隣に立って歩きはじめる。


「…大丈夫か?夏季」


「大丈夫よ。・・・お姉ちゃんも、きっと天国で楽しく過ごしてるわ。・・・って、あれ!?」


夏季がいきなり大きな声を出したので、悠真は飛び上がる。


「な、なに!?」

「そこに、手紙が挟んであるよ?」

「ええ!?」


確かにスクールバッグの脇に。

一通の、手紙。

震える手で封筒を取り出す。


「ま、まさかそんな・・・」


「お姉ちゃん・・・」


声が重なって。

封筒の表には、『悠くんへ』。

そんな呼び方をする人物は、一人しかいなくて。


「彩佳、ちょっと時間あるか?」

「ええ。座りましょ、そこ」


ちょこんと少し距離を取って座る。

その距離、15センチ。


「・・・はは」


「な、なに??」


「僕たちと同じだ・・・。僕たちも、いつも15センチくらい空いてて・・・あれ?」


「そんな訳ないわ」


夏季が微笑む。

その閑雅な笑みは、彩佳に似ている。

どうしても、重なってしまう。


「お姉ちゃん、喜んでたもん。悠くんとの距離がだんだん縮まってきたの、って。肩が触れ合うのが嬉しくてしょうがないの、って」


たしかに、そうなのだ。

肩が触れ合ってびくっとすることが、何回あっただろう。

それでも__離れはしなかった。

意識せず、隣に居られるようになったのは__いつからだったのだろう?


「それより・・・開いて」


「ああ」


悠真と夏季は、滑らかに綴られる手紙の内容に思いを馳せる_。



##


悠くんへ。


ええと、病室でこれを書いてます。

君と一緒に夜桜を見て、そのすぐあとの今。

字が震えちゃう、笑っちゃうね。

ただでさえ字汚いのに、悠くん、読めてるかな?

君は覚えてますか?

君と初めて会ったのは、河原_河川敷だったね。

泣きながらボールで遊んでる子を見るのなんで初めてで、つい声をかけちゃいました。

なんで泣いてたのかは今でもよく分かりませんが、泣きたいのはあたしもでしたよ?

入院する一日前だったの。

最後だしなーって、親の反対振り切ってぶらぶら外歩いてたら、君を見つけたんです。

ごめんね。

勢いなんかで、ずっと隣にいるって言っちゃって。

でも、あの時のあたしは本気でした。

ずっと、この男の子を守っていこうって、決めたんだもの。

__あたしは、中二から入院してたの。

実を言うと、学校に行けてたのは、小学1~3年生と、中学一年間だけです。

何年間入院してきたんでしょうね、あたし。

ぜんぜん学校のことなんてわかんなくて、購買だって仕組み知らないし。

あのとき、嘘ついてごめんね。

ほんとは、高校でお昼食べるのなんて初めてでした。

ええと、あとファーストキス奪ってごめんなさい。

あたしのファーストキスは、悠くんにしたくて。

・・・ってああ、わがままですねあたしって、ほんとーに。

いっぱい謝りたいことあるんだけど、つらつら書いてると絶対行が足りないので省略します。

悠くんが、あの高校にいるってわかったのは、夏季からです。

あの写真、君は今でも持ってる?

君が泣いてて、あたしが笑ってる・・・河原で撮った写真。

あれを見て泣いてたら、夏季がこの人知ってるって。

そう思ったら、居てもたっても居られなくなっちゃって。

急いで制服借りて、学校行きました。

ほんと、ナースさんが良い人でよかったです。

今となっては、あたしがもうすぐ死んじゃうから、最後に・・・っていう配慮だったんだろうなって、ちゃんと分かってるけど。

それでも、また会えてうれしかったよ。

でも、悠くんったら全然覚えてないんだもん。

あたしは一目見たら分かったのに。

そのくせ彩佳って呼ぶんだから、笑っちゃいそうになりました。

覚えててくれてうれしかったよ?

あと、ごめんねと同じくらい、ありがとうも言いたいです。

あたしのわがままに付き合ってくれてありがとう。

キスしてくれてありがとう。

お弁当くれてありがとう。(すごく美味しかった。コンビニ弁当って初めて食べたの。それを 夏季に入ったら笑われました。えーと、美味しかったのはきっと悠くんにもらったからです)

思い出してくれてありがとう。

いっぱい、ありがとうって言いたかったけど・・・ごめん、もう時間がないみたい。

笑顔でお別れしたいね!

笑顔だけがあたしの取り柄なもんで。


ええと、夏季と幸せになってね!

夏季なら、君のこと、よく分かってくれると思います。

でも、あたしのことも忘れないでね?


大好きです。



彩佳


##



「__あの、ばかっ・・・」


滲みかけた涙を吹き飛ばしたのは、夏季の呻き声だった。

顔が真っ赤になっている。


「なによ、夏季と幸せになってね、って・・・!!何考えてんのよバカ姉・・・!!恥ずかしい・・・私、そんなこと・・・ッ!」


「ええと、夏季・・・?」


「ううう、気にしないでね悠真君!ああ、手紙なんて入れなくてよかったよー・・・」


「・・・それは、どういう・・・??」


「・・・もうッ、手紙を悠真君のところに入れたのは何を隠そう私なの!お姉ちゃんから頼まれて」


「あ、そうなの??」


「そうですっ。・・・それんしても、なんだか実感わかないなぁ」


「・・・想い出にはしないさ。彩佳は、僕の中でずっと生きてるんだから」


「・・・ん。私もだよ」


夏季も、朗らかに頷き。

桜が、二人の頭上を舞う。

その桜は、きっと彩佳が降らせている。

___思い出は、生き続ける。



彼女は、あの無邪気な笑顔で、ずっと笑ってくれていると、信じ続ける。

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