大食らい女児――MAYURI――
オブリガート
第1話
「お母さーん、おやつは?」
いつものように、酒井は母に聞いた。
「ないわよ。あんたが全部食べたから」
いつものように、母
「じゃあ買ってきてよ」
「そんなにおやつばっかり食べてると余計太るわよ。あんたただでさえ太ってんだから。3歳の健康診断で、お医者さんに太りすぎだって注意されたんだからね」
「クソババー!もういいよ!」
酒井は家を飛び出して行った。
「嘉子」
と、親子の様子を傍で見ていた酒井の祖母が言った。
「舞由李には厳しいしつけが必要じゃ。もう家に入れるな」
その頃酒井は広場の前を歩いていた。
その広場には大きなドカンがあるのだが、どういうわけか今日はそのドカンの上に、開封されていない新品のポテトチップスが置いてあった。
「あ!ポテトチップスだ!もらっちゃおうっと」
傍に誰もいないのをいいことに、酒井はポテトチップスに掴みかかっていった。
が、つかんだその時だった。
酒井は突如、つりざおに引っ掛かった魚のように、ものすごい力で引っ張られたのである。
酒井は転倒し、ドカンに激突してしまった。
「や~い、引っかかった、引っかかった!」
ドカンの後ろから笑い声が聞こえ、酒井はハッとした。
見ると、クラスの男子三人が、酒井を指差して大爆笑していた。
「なにすんだよ!てめーら!」
酒井は男子三人に飛びかかって行った。
逃げ回る男子二人に対し、うち一人は石をいくつか投げて酒井に当てようと頑張っていた。
三回目に投げた石が酒井の頭に当たり、「やったやった」と男子達は大喜びの様子だった。
酒井は激怒し、男子一人一人のズボンを脱がせていった。
「なにすんだよー!」
怒った男子の一人が突然鋏を取り出した。
そして彼は酒井の髪をむんずと掴み、根元からジョキジョキと切ってしまった。
「あー!何すんのさ!」
男子達は笑いながら広場から逃げて行った。
追いかけようとしたその時、ちょうど広場の前を母が通りかかった。
母は娘の姿を見つめ、眉間にしわを寄せた。
「舞由李、あんた何してんの?っていうか、その髪はどうしたの?」
「悪ガキに切られたんだよ」
「ふーん」
「“ふーん”じゃないよ!私の髪、今どうなってんの?変じゃない?」
ヘアスタイルを気にしている酒井の様子を見て、母は大変驚いた。
今まで見たこともない光景だったのだ。
「あんた、ようやく女の子になったわね」
そう言って、母は去って行った。
酒井は母がいなくなったことも気付かず、まだ髪を気にしている様子だった。
この時生まれて初めて鏡を見たいと思ったのであった。
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