第23話 小栗さんと遊ぼう! ②

 決まった、とばかりに真っ直ぐ俺に指を向ける小栗ことこっくりさん。


「んー、でも私、幽霊はさすがに範囲外なんだけど」


 みやびは話にならないとあきれ顔でその宣言を拒否した。しかしこっくりさんもそう簡単には引き下がらない。


「なにも付き合ってくれ、と言っている訳ではない、僕達MFCに女神として参加してくれればいいのさ。それに、僕がカッコ良いからってそんな恥ずかしがらなくてもいいんだよ。僕は女性の好みに合わせて作られたんだから、きっとみやび様も僕の事を気に入ってくれるはずさ」

「作られた……? ちょっと待て、こっくりさんって幽霊的なものじゃないのか?」

「ふん、君みたいな頭が足りない人に格の違いを見せつけるためにも、仕方なく僕の作られた経緯を教えてやろう」


 こっくりさんは相変わらず俺だけ気に入らないみたいだ。だけど、人じゃないとわかっていればこっちとしても少しは強気に出れる。なんていっても俺はみやびのせいで変なものと対峙する場数だけは踏んでいるのだ。相手のペースに巻き込まれてはいけない。


「他のファンクラブ会員17人の意識が儀式によって実体化したのが僕さ。その意識とはもちろん、みやび様へ対する好意、敬意、好奇心。あとは君、秀一に対する羨望、悪意など……でも会員達一人一人の勇気はみんな小さく、素直に好意をみやび様へと伝えることはできなかった。だが、各会員の想いはつもりばかりで、発散することも難しい。だから彼らはテーブル・ターニングを通して僕にどうすればいいか尋ねてくれたのさ」

「テーブル・ターニングって?」

「こっくりさんを呼び出すときに使う占いだ。みやびもテレビとかで、文字とはい、いいえが書かれた紙の上で10円玉が勝手に動くの見たことあるだろ?」

「あぁ、よくあるやつ」


 俺の説明にみやびは納得してくれたようだ。ちなみに、みやびは覚えていないかもしれないが、小学生の時に俺とみやびでやったことがある。その時はあからさまにみやびが十円玉を動かして、アイスを奢らせようとしてきただけで、特になにも起こらなかった。


「その会員達の願いが僕を作り出したんだ、それも会員達が持っていない、会員達の理想の形で。つまり、イケメンで、性格が良くて、運動が出来て、頭が良くて、背が高くて、センスが良くて、気遣いが出来て、親が金持ちで、格闘ゲームが上手くて、頭が薄くない、そんな会員達の願いを全て引き受けた、完璧な人間が僕なのさ!」


 ……いくつか会員の悩みが見えたような気がしたけど、何も言うまい。


「そして完璧な僕は、会員を率いるリーダーになって、みやび様をMFCに迎え入れるための役目を負ったのさ。実際に見て改めて感じたけど、みやび様は魅力的すぎる。その整った容姿、にも関わらずどんな人にも平等に接してくれる美しい心。それは秀一とかいうなにもないつまらない男の隣にあっていいものではない」


 その発言にはさすがの俺もカチンときた。なんで会ったこともないようなヤツにそんなことを言われなきゃならない。それにみやびのことをこれっぽっちも理解していない。みやびは会員が考えているような人物ではないし、誰かが手綱を持ってやらないととんでもないことをやらかす。その苦労を少しでも知っているのかコイツは。


「小栗君、さすがに秀一に言い過ぎじゃ――」


 安倍君を責めた時のように、冷たく問いかけるみやびを俺は手で遮った。そして俺はこっくりさんをまっすぐ見て対峙する。


「こっくりさん、あんたは俺の苦労を少しもわかっちゃいない。いろいろみやびの綺麗なところばかりを並べてくれたようだけど、それ以外の要素を全て無視するのなら、みやびはこっくりさんの手に余る」

「ほう……この完璧な僕の手に余る、と? みやび様は僕達の常識の範囲外にいるからその通りだとは思うが、その目は気に入らないね」

「こっちは碌にみやびと一緒に過ごしてねぇんだよ。どれだけ驕っても所詮は17人の弱い意志の詰め合わせだ。1人じゃみやびに声をかけることもできないんじゃないか? そんな内気なファンクラブにみやびを任せてもファンクラブが潰されるだけだ。そうなる前に解散させた方がこっくりさんのためになる。そして単純に、そんな怪しいファンクラブにみやびは渡せない」

「……ずいぶんと言ってくれるじゃないか。MFCの会員までバカにしてくれるとは……すぐに後悔させてやるからな」


 怒りに震える腕をなんとか収めるようにして、こっくりさんは席を立った。俺をひと睨みしてから早歩きで去っていく、こっくりさんが見えなくなると、張り詰めた空気が弛緩し、勝手に体の力が抜けて椅子に倒れこむように座った。……疲れた。


「秀一君、やるじゃないか。あれほどの相手に一歩も引かないとは、いい忍者ソウルを見せてもらった」

「忍者ソウルってなんだよ……まぁあれだけ言われればな」

「秀ちゃん!」

「うぉっ!」


 みやびが隣の席から飛び込んできた。俺は慌ててそれを受け止める。


「秀ちゃん、超カッコよかったよー。痺れた!」

「わかった! わかったからどいてくれ」

「うふふ、私を受け止めることができるのは秀ちゃんしかいないのだー!」


 みやびも相当嬉しいのか、なかなか離れてくれない。俺は恥ずかしいのとみやびの体温とで大変だ。


「しかし、あのこっくりさんはなかなかの手練れだぞ。一対一じゃ私も勝てるかわからない。明日からが心配だな」

「そうだよ! 秀ちゃんは私が守るよ!」


 がばっと起き上がるみやびの眼は使命感に燃えている。しかし、俺はみやびや不知火に頼る気はあまりなかった。


「みやびも不知火も違うクラスだし、そんな気合入れなくていい。それにこっくりさんが仕掛けてくるならおそらく俺一人の時だ。……みやびが関係するとまた会員の腕が外されたりするかもしれないし、それはあっちも避けたいだろ。俺が対抗すること言っちゃったし俺がなんとかするよ」

「たしかに秀一君の言うとおり、みやびと一緒にいるときに手を出すのは、みやびにも悪く思われてしまうからな」

「私は秀一が危なくなることを考えるだけでイライラしちゃうけど。私だってなんとかしたい」

「みやびは大人しくしてるのが仕事だ。みやびが出てくるとややこしくなる」


 俺はブーブーと文句を言うみやびの頭を押さえる。


「私がみやびを押さえておこう、でも危なくなったらすぐに頼ってくれ」


◇  ◇  ◇


 そして次の日の朝から、早速俺に対する嫌がらせが始まった。

 でもその嫌がらせはみやびのことをよく考えている嫌がらせだった。つまり俺にとって嫌がらせでも、みやびにとっては嫌がらせではないラインのものだったのだ。ファンクラブも意外とよく考えているな、と不覚にも俺は思ってしまった。

 例えば……。

 朝、俺が登校すると上履きが新しいものに変わっていて、履きなれた感じがなくなって少し歩きづらかった、とか。

 筆箱のボールペンが無くなっていて、インクと万年筆が入っていた、とか。

 昼食の時、俺がトイレから戻ってくると、俺の机の上には綺麗なテーブルクロスが敷かれ、ワイングラスと高そうな食器の上にまるでコース料理かのようにスープが用意されていて、しかもどこから雇ったのか給仕までいて、俺はとても恥ずかしい思いでお昼をとることになったとか。

 放課後、その話をみやびと不知火に聞かせると、みやびからは案の定予想通りの答えが返ってきた。


「えーいいじゃん! 靴は新しくなっていいし、万年筆はカッコ良いし、お昼も豪華だったんでしょ?」

「みやびはそう言うと思ってたよ……、あんな注目されながらお昼を食べるのはゴメンだ。周りでひそひそ噂されながら食べるんだぞ」

「なにも食べなくても逃げ出せばよかったじゃないか」

「不知火の言うことを、俺がしなかったかと思うか?」


 俺がその場から逃げ出そうとすると、給仕が泣きついてきたのだ。どうやらちゃんと仕事をしないとMFCに酷いことをされるらしい。


「んー、なんというか、俺にとっても嫌がらせに入るか入らないかみたいな微妙なラインの嫌がらせだから、一回くらいはいいかと思ったんだけど、毎日となると少し厳しいと食べ終わってから気付いた」

「一回許してしまえば、次が断りづらくなる、秀一君の判断は悪手だな」

「じゃあお昼は私達と食べればいいんじゃない?」

「明日も同じような感じになったら、そうさせてもらうか」


 みやびと不知火は学食派だ。お弁当派な俺と食べることはあまりない。


「やったー、秀ちゃんとおっひるー」


 嬉しそうなみやびをよそにちょいちょいと不知火に制服の袖を掴まれる。どうやらみやびには聞かれたくないらしい。


「秀一君がみやびにさっさと告白してしまえばいいのではないか?」


 確かに聞かれたくはないな、俺の方が。


「……不知火、なんで知っている」

「忍者には有用な情報網が必須だからな。それ以前に態度でもわかる」


 そんな分かりやすかったか……。


「そういっても心の準備が」

「準備もなにも、みやびが断るわけがない。さっさと決めて、こっくりさんを牽制しておくのも一つの手だ。まぁ、逆に炊きつけてしまうかもしれないが」


 俺はどちらかと言うと炊きつけてしまい、報復を受ける確率の方が高い気がする。今はこんな間接的で微妙な嫌がらせだけど、直接となると18人には勝てる気がしない。……決して告白するのが恥ずかしいとかそういうことではない。


「なに二人でこそこそ話してるのー」


 俺が不知火と考え込んでいたらいつのまにかみやびが隣にいた。少しムスッとしているのは気のせいだろうか。


「いや、根本的な解決方法をどうすればいいかと思ってさ」

「そんなの私がファンクラブを直接叩くのが一番じゃない? 私が行って、こんなファンクラブの枠に収まるほどの私じゃないって言えば大丈夫でしょ」

「ますますファンクラブを炊きつけるような……」

「いや、でも結局本陣を叩くのが一番早いのは事実だ。なんなら今から突撃してもいいと思う。長引かせても秀一君が負担を強いられるだけだ」


 みやびの提案に、不知火が同意してしまった。俺は正直MFCとはあまり接触しないで、こっくりさんとの間だけで解決したいと思っていたんだけど……だってなにされるかわかんないし。


「でも、本陣って言ってもどこでなにやってるかもわからないだろ。こっちからこっくりさんにも連絡取れないし」

「いや、今日の16時から、理科準備室でMFCの会合が行われる。今から行けば十分に間に合うだろう」

「おー、じゃあ突撃しよう! 私の偉大さを見せつけてやるのだ!」


 みやびはさっそくと鞄を持って走りだした。俺たちもみやびを追うために鞄を持つ。


「にしてもよくそんな会合の日程なんて知ってたな」

「さっきも言ったろう。忍者の情報網を甘く見てもらっては困る」

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