第11話 猫又と遊ぼう!

 夏休みの宿題は決して家でやってはいけない。


 ペンを持っていたはずの手にはいつの間にかコミックがあるし、扇風機はいつまで経っても温風しか送ってくれない。自分の部屋というのは、どこよりも宿題を進めるのに非効率的にできている。誰だこんな部屋で宿題をしようとしたやつは。

 というわけで、今日も俺は図書館へと向かう。外へ出る、という第一関門をなんとか通過して、俺は熱気揺らめくコンクリートの上に立った。今日も太陽は絶好調で、立っているだけで汗が吹き出てくる。さっさと涼みに行きたいところだ。

 俺がいつも通っている図書館は、バスで20分ほどの場所にある。結構大きくて自習室もあるから、夏休みの間だけは贔屓にしていた。というか夏休みくらいじゃないと行くことはない。

 そうしてバス停へ向かう途中、俺は近道の公園で第二の関門に出くわした。

 出くわしたというか、見かけたといった方が正しい。いつもならスルースキルを全開にするところではあるけど、その光景はあまりにも異様で、俺の目を惹いた。

 猫が、すっごい飛び跳ねてる。

 よくある段差を超えるようなときの飛び方ではない。右へ左へ、縦横無尽に飛び跳ねているのだ。宙返りをしてみたり、それにひねりを加えてみたり、まるで体操選手のように公園の中を飛び跳ねている。

 そしてそれを近くで見ているのが、夏らしくTシャツとハーフパンツといった服装のみやびだった。

 俺はみやびに声をかけようか迷い、結局その足はみやびの方へ向いた。飛び跳ねている猫はあまりにも気になる。みやびがいるんだから、また猫であって猫じゃない何かの可能性も高いけど。


「みやび、なにしてるんだ?」

「……?」


 みやびは、自分が話しかけられたのかわかっていないような様子で、俺の呼びかけから少し遅れてからこちらを見た。


「……みやび?」

「ニャー」


 そのみやびの違和感を感じる前に、アクロバティックな動きをしていた猫が近づいてくる。俺はひとまずその猫を撫でてやった。首輪はないし野良だよな? その割には大人しい。


「はっ!……戻った」


 そうして和んでいると、みやびが一瞬ビクっと体を震わせた。


「あっ、秀一ぃ。どうだった、さっきの私のパフォーマンスは?」

「パフォーマンスって、みやびはここで突っ立ってただけだろ……お前は確かに凄かったけどなー」


 そうして猫を撫で回すと、その猫はさらに撫でるのを要求してきた。素直でよろしい。


「なーに言ってるの! さっきまでその猫に入ってたのは私なんだよ?」

「こんだけ暑いから、白昼夢でも見たか? なーにが私が――」


 ……いつのまにか、目の前の景色が変わっていた。


 見えるのは青いジーパンと、その股の間から見える公園の景色。ジーパンは俺が今日履いているものに似ていた。そいうかそのものだ。そして、かなり視線が下がった気がする。みやびがまたなんかしたのか、とりあえずみやびを……。


「ニャー」


 ……。


「ニャー」


 おかしい。これはおかしい。


「ニャー」


 声が出ない。いや、出てるんだけど、ニャーとしか言えない。なんだこれ、これじゃまさに……。


「あれー、今度は秀一が猫になっちゃったのかなー?」


 そんな声と共に、俺の体はひょい、と簡単に宙に浮く。そしてみやびを見上げるような感じで抱かれていた。そしてその隣には、突っ立ったままの俺がいる。


「ニャ、ニャニャー」

「おー、おー。なんか文句言われてるのはわかる! 流石秀一マイスター私」


 じたばたと手足を動かすけど、それはとっても小さな抵抗だった。みやびをパンチするにも距離が足りない。というかなによりこの格好は恥ずかしい!


「うわっ、わかったわかったからさー。暴れないでよ! そろそろ戻してあげてー」

「ふぁっ!」


 視線が、元の高さに戻った。横には猫を抱いたままのみやびが面白うに笑っていた。


「おかえり~、どうだった? 猫になった気分は」

「なんだ今の……」

「なんだって、秀一が猫になってたの、この子と入れ替わって。うりうり~」


 みやびが耳裏をくすぐると猫は気持ちよさそうに喉を鳴らす。


「その猫、なんなんだよ……そもそも本当に猫なのか?」

「猫は猫でも猫又って言うんだって。歩く図書室と呼ばれている秀一はもちろん知ってるよね?」

「いや、そんなの初めて呼ばれたし図書室って結構小さくないか……。って猫又かぁ、俺が知ってるのは百歳を超えた猫がそう呼ばれたり、霊的なものが取り付いて化け猫になったりっていう話だけど……」


 そんな話をすると、その猫又は一鳴きした。


「違うって言ってる」

「言ってることわかんの?」

「猫マイスターでもある私にわからないことはないからね!」


 ふふん、と胸を張るみやびだったが、抱かれている猫又はその拍子にするりとみやびの腕を抜け出し地面へと降りる。


「ニャニャイ」

「ついて来いって」


 猫又はそうして公園を出て行く。みやびもその後をなんの迷いもなく追った。俺は右手に持った勉強道具を見たが、結局みやびの後を追うことにした。

 でも、それはすぐに後悔することになった。

 なにせ頭が入ればどこにでも入れる、と言われる猫について行くのだ。その難易度は予想していたよりもずっと高いものだった。塀の上はもちろん、雑木林、フェンスの穴、意味もなく木に登っては降りる。俺は正直何度引き返そうかと思ったが、みやびは服が汚れるのも構わず何処にでも突っ込んでいくもんだから俺が先にリタイヤ、というのはプライドが許さなかった。

 そうしてやがて辿りついた場所は、住宅街に四方を囲まれた小さな空き地だった。ここは廃屋になった家の横の狭い道を通らなければいけないので、普通の人では絶対に来ない場所だろう。

 息を切らす俺達を横目に、猫又は空き地にある大きな石の上に乗る。


「ニャイ」


 そして、小さく鳴いた。


「待てって言ってる」

「待てというか……もうあんまり動けねぇ」

「体力ないなぁ秀一は、男のくせに。男は100キロバーベルくらい持ちあげられないと、リンゴジュースを絞るときに困るよ?」

「バーベルに握力は関係ないし、リンゴ絞るときなんてそうそうないと思いますがね……」

「ニャニャイ」

「ん? えーと……、私、ニャリイは日本猫族の長である。猫又は猫族長の別名であり、その集められた猫パワーにより会話、念話、变化、幻影、移り変わりなどが可能になる」

「なんだそれ? またみやびの妄想か?」

「失礼な! それではまるで私が妄想ばかりしている恥ずかし女子になってしまうじゃないか!」

「違うの?」

「違わない! 妄想楽しい! けど、今回はちゃんとニャリイが言ってるよん」


 あのニャニャイ、にそんだけの情報量が入っているとは考えづらいけど、みやびの口から念話とか幻影とかそんな単語が出る方が考えにくいから、そのとおりなんだろう。


「ニャイ」

「続き。私達猫族には共通の敵がいる。猫族は今この瞬間にもその敵を討ち果たすために戦略を練り、戦闘をしている。今回、私の声が聞こえるお前らには見どころがある。敵を倒すために協力して欲しい……って秀一、周り見て!」

「周り? ……ってなんだこれ!」


 いつの間にか、その小さな空き地には数えきれないほどの猫がいた。黒猫、白猫、ブチ、野良から首輪がついた飼猫まで、この近辺全ての猫を集めたのではないかというほどの数が、そこに集まっていた。


「すごーい! 猫天国だ!」

「確かに凄いけど……こんだけ集まると少し怖いな」


 どこを見渡しても、猫、猫、猫。それもどの猫をこちらを見つめている。それはまるで品定めをしているような目だ。


「ニャー」

「どうする?ってさー」

「どうするって言われてもな……とりあえず一回ここから出ないか?」

「私は猫派だけど、秀一は犬派だもんね。犬だったら秀一にとっては天国だったのかな?」

「いや犬でも、この数はこわ……い……」


 その言葉、いや、その単語を言った瞬間、空気が変わっていた。

 品定めするように見ていた猫は、今やほとんどが明らかな敵対を持って俺の事を睨んでいた。爪を立てて手入れづするように舐めている猫、コンクリートをひっかいて爪の鋭さを確かめる猫、そして、友好的だったはずのニャリイさえも。


「ニャニャーニャイ」

「今の言葉は、翻訳してくれなくてもなんとなくわかる、み、みやび、俺は逃げるからな」

「あー、敵対してるのって犬又属って言うのねー」


 みやびは関心するように言うが、俺はそれどころではない。命の危険さえ感じているんだから。


「まぁ、猫又さんも黒猫だし、今回は不運だったっていうことで。私は猫派だからなにも言えない! また無事に会えることを願っているよ……」


 俺はみやびの言葉が最後まで耳に届くより早く、踵を返し逃げ出した。

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