トイレの水を流したら、三十年前にタイムスリップしてしまいました

オブリガート

酒井、はじめてのタイムスリップ!

酒井舞由李さかいまゆり。17歳。身長170cm、体重75キロ。ピチピチの女子高生。


ある日曜日、酒井はポテチを買いに地元のコンビニへ行きました。

ところがその帰り道、突然トイレに行きたくなってしまいました。

家まで我慢できなかった酒井は、たまたま通りがかった家に押しかけていき、トイレを貸してくださいと頼みました。

すると偶然にも、その家は中学時代の担任教師、堀川権蔵ほりかわごんぞうの家でした。


「おーい酒井!まだトイレから出てこないのかー!」


中々出てこない酒井にしびれを切らし、堀川はドンドンとトイレの戸を叩きまくりました。


「おーい!早く出てくれよー!俺もトイレ行きたいんだよー!」


堀川はつるっぱげの頭に玉のような汗を滲ませ、大声で叫びました。


「うるせーな。少しは我慢しろよ、ハゲ」


人の家のトイレを借りておきながら、酒井は実に偉そうでした。

しかし堀川はそれでもドアをドンドン叩き続けました。


「酒井ー!早くしてくれー!早くしないと漏れるよー!」


「そんなにしたいなら外でしてくれば?」


「そんな汚いことできるわけないだろー!」


「男のくせに何言ってんの!男なら堂々と外でするだろ、普通」


「わ…わかったよ~」


堀川は外へ出て行きました。


「あ~スッキリした」


酒井はホッと一息つき、トイレの水を流しました。


ジャー。


酒井はトイレの水が流れていくのを見るのが好きなので、ここでも真剣にそれを眺めていました。


と、その時でした。


突然酒井は、流れていくトイレの水に物凄い力で引きつけられたのです。


「うわ~!なんだこりゃー!」


酒井はそのまま便器の中に吸い込まれてしまいました。



どれくらい時間が経ったのでしょう。

気がつくと、酒井はトイレの便座に座っていました。

ちなみに、ズボンはちゃんと穿いたままです。

しかし、そのトイレは堀川の家のものではないようです。


酒井は扉を開け、外に出てみました。

そして、目の前の光景に、あっと息をのみました。

なんと、そこは公園だったのです。


酒井は驚いてトイレの扉を振り返りました。

すると、どうやらそれは公衆トイレのようでした。


「えっ?なんで?なんで?」


酒井はまったくわけがわかりません。

周りを見渡してみましたが、まったく見覚えのない風景です。


「ここは一体どこだろう?」


酒井がきょろきょろしていると、突然後ろから走ってきた誰かがぶつかってきました。


「痛って~。なにすんだよ…」と、酒井は怒りながら振り返りました。


すると、坊主頭の小さな男の子がいました。


「ボケっと突っ立ってるから悪いんだろ、オバサン!」と言い返されてしまいました。


「ねぇ、あんた誰?」


いきなり酒井は男の子に聞きました。この少年の顔に、どこか見覚えがあったのです。


「僕、ゴンちゃん」と男の子は答えました。そして、


「あんたこそ、誰?」と聞いてきました。


「私は酒井舞由李。舞由ちゃんでいいよ」


「誰が呼ぶかよ!」


「まっ、生意気~!」


「生意気はそっちだ!」


「うるさい!このガキ!」


「うるせぇ、ババァ!」


ゴンちゃんと名乗る少年は、そのままどこかへ走り去って行きました。


ふいに、酒井はあることに気付きました。


「そうか!誰かに似てると思ったら、堀川に似てるんだ!しかもあいつ、ゴンちゃんって言ってたし…。えっ…?まさか私――」


酒井は公園の真ん中で驚きの雄たけびを上げました。


無理もありません。三十年前にタイムスリップしてしまったのかもしれないのですから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る