第四十一話「掃除」

 仲間にって言ってもな。


「いいんじゃないかな?賢者っていうくらいだし、僕らと行動して力不足ってこともないと思うよ。それに悪意もこれっぽちも感じないしね」


 確かに、不思議なことに悪意は感じない。とは言えだ。


「こんな得体の知れないやつと行動して大丈夫なのか?」


「ははは、君がそれを言うかい?」


「ユウキ、あんた忘れてない?私とシオンはそれだけの理由であんたを信用したのよ?」


 そうだった。よくよく考えれば、俺の方こそ身元不明の不審者だ。転生者なんてふざけた称号より、賢者の方がまだ信用できるまである。


「よし、決まりだな!それで?オレ様は何をすればいい?勇者の言う通り足でまといにはならないし、なんでもできるぞ?」


 クロメリアは自信満々に笑う。





「おい、なんだこれは」


 クロメリアがピンク色のはたきを握りしめながら呆然とつぶやく。


 あれから場所を移して、現在は初代魔王城。


「なんだよ、賢者のくせにそんなことも知らないのか?掃除用具だよ、ほらこうやって」


 こういうのはやって見せたほうが早い。俺は手を動かしながらクロメリアにレクチャーしていく。


「そういうことじゃねー!なんでオレ様が掃除なんかしなきゃないんだ!」


「わがまま言わないの。あとでここの書斎は自由に見ていいから」


「ぐっ、確かに初代魔王が残した書物は気になるが」


 そうだそうだ、ありがたく思え。初代魔王の遺産を見れるなんてまずありえないことだぞ。俺も後で見に行きたいくらいだ。


「にしても、広すぎだろ。大昔の魔族の人口がどれほどか知らねーが、今じゃ考えられない構造だ」


「ああ、だからしっかり働けよ。ただでさえ人手が足りないんだからな」


 悪態ばかり吐くクロメリアに釘を刺す。こいつ目を離した瞬間にすぐサボりそうだな。


「人手が足りないか。仕方ねー、オレ様が一肌脱いでやるか。あ、本当に脱ぐ訳じゃないぞ☆ えっち♡」


「本当にひん剥いてやろうか?取り敢えずその脳みそとかどうだ?」


「いたい、いたい、いたいっ!美少女に乱暴するな!」


 俺のアイアンクローにクロメリアが悲鳴を上げる。


「ほら、何か便利なもんあんだろ。さっさと吐け」


「わかった、わかったから頭から手を離せ」




「はぁー、くそ!じゃあいくぞ。〈クローン〉!」


 クロメリアの声に反応し、周囲に魔法陣が浮かび上がった。その上に光の粒子が集まり人の形を成していく。


「な、なんなのニャ!?」


「これは!?」


 アーニャとメルキドが驚き後ずさる。

 しかし、自信満々に術を行使しているクロメリアには悪いが、俺とイブの《分身》を見ている他のメンバーはこの時点で何となく察しがついてしまっていた。

 あー、また増えるんだなと。


 思ったより数が多いな。周囲を見渡せば陣の数は三十はくだらない。


「瘴気で作った肉体に仮初の魂入れてある。簡単な命令しか聞けないし、喋れない。それにちょっとの衝撃で消えちまう」


 あまり戦闘向きではなさそうだな。

 というか、喋らないのか。口うるさいのがこれだけ増えたらどうしようかと思ったんだが安心した。


「だが、使い方次第じゃ便利な呪術だ。数が増えるってことは、出来ることが増える。とはいえ、オリジナルの技だからオレ様しか使えないんだがな」


「何体、出せる......?」


「周囲の瘴気がなくなるまでだ」


 実質無限じゃねーか。


「ほら、これで美少女ハーレムの出来上がりだぞ☆」


 術を行使し終えたのか、一層光が強く瞬くと、見た目は全く同じのクロメリア達が現れる。


「どうする?君らも増えとくかい?」


 シオンが半笑いで俺とイブにそんな事を言う。


「俺とイブの分身体には意思があるんだぞ。掃除のためだけに呼ばれるとか不憫すぎるだろ」


 イブも必死にコクコク頷いている。

 無制限に出せるクロメリアがいるのだ。わざわざ俺たちが分身体を出す必要もないだろう。


「これだけ人数がいれば大丈夫だろ。それじゃあ、オレ様は書斎を調べさせてもらうぜ」


「あ、おい待てよ。俺も行く」


 さっさと出ていこうとするクロメリアを慌てて追いかける。

 そんな面白そうな場所があるんだ。行かないわけ無いだろ。

 掃除?知るかそんなもの。


「なら僕も行こうかな。こんな機会なかなか無いだろうし」


「......」


 俺に続きシオンと、あと何故かイブも無言で後を着いてくる。ちゃっかり掃除をサボるつもりらしい。


 そんな光景を見ながらリリィーが呆れたように言う。


「あなた達、一切手伝うつもりないわね」


 いや、だってねー?掃除だよ?好んでやるものじゃないでしょ。


「仕方ないわね。私が監修として付いて行くわ」


「おい」


「リリィー......?」


 リリィーが目を逸らしながら軽く舌を出す。それで誤魔化しているつもりなのだろうか。


「だって、ほら。その掃除って大変じゃない」


 理由になってねーぞ。お前も手伝う気ゼロじゃねーか。

 見ろ、横の四天王連中も苦笑してるぞ。


 




「なんか思ってたより狭いな」


「そうだね、僕ももっと広いと思ってたよ」


 初代魔王が持っていたものだ。本の数は膨大でそれに見合う部屋もある。図書館とまではいかなくとも、図書室くらいの規模はあるだろうと勝手に思っていた。

 シオンも俺と似たようなものを想像していたらしい。


「だから言ったじゃない、書斎だって」


 蓋を開けてみれば仕事部屋みたいな場所に本棚が二つ程度。拍子抜けもいいところだ。


 これはクロメリアから文句がとんできそうだ。

 しかし、意外や意外。何も言わずに棚から数冊の本を物色するとソファーの一角に音を立てて座る。

 随分リラックスしているようで、ソファーの上で仰向けに寝転がる始末だ。

 え?なに?ここお前のうち?


 俺も何か読むか。魔法や呪術のような難しい本は読めないし、何かこの世界についての本、歴史書でもあればいいんだが。


 初代魔王は几帳面だったようで、ある程度ジャンル別にわけられている。その中から一冊ずつ吟味していき、比較的薄い本を手にとった。

 一ページに書かれている文字数も少なく、この分なら直ぐ読み終わるだろう。


『魔王と勇者』


 挿絵などはなく表紙もタイトルだけという実にシンプルな本だ。この本が原本なのか魔法で複写されたものではなく、実際にインクで書かれている。

 取り敢えずこれでいいか。


 クロメリアの反対側ソファーに座り本を開く。




 ---




 ———ある所に、魔族には黒の魔王と呼ばれるている者が居ました。


 ———そして人間界には、異界から召喚した白の勇者と呼ばれている者がいました。


 ———魔族と人間は戦争しています。魔王と勇者は戦わなければなりません。


 ———ですが、お互い戦いなんてしたくありません。


 ———話してみれば共通の話題もあり、話の合う良い人です。


 ———二人は戦争をやめようとみんなに呼びかけます。


 ———けれど、誰も話を聞いてくれません。魔族も人間も勝手に戦いを続けます。


 ———だから神様にお願いをします。どうか戦争を無くしてくださいと。


 ———すると願いは叶えられ、世界から争いが消えました。


 ———その後、魔王と勇者は平和な世界で幸せに暮らしました。




 ---



 最後のページまで読み進め本を閉じる。

 裏表紙には髪がぼさぼさの長髪のフニャフニャな棒人間が、二人仲良く手を繋いでいた。

 顔の部分が塗り潰されているものと、塗り潰されていないものがある。この二人が白の勇者と黒の魔王なのだろう。


 絵心の無さにちょっと笑ってしまった。この世界にイラストを描く文化は無いだろうし、仕方の無いことだろうけど。


 十分程度で読み終わる短い話ではあったが面白かったな。


 これはいつ書かれたものなんだろうか。本当に初代の二人は仲良くなれたのか。ただの創作物で夢物語なのか。


 まあ、何にしてもこの本を初代魔王の書斎に置いたのは随分と皮肉がきいている。



 元の場所に返そうと本棚に戻ると、イブが未だに何を読もうか決めかねていた。

 シオンとリリィーは既に腰を落ち着け本を広げている。シオンは魔法関連の本、リリィーは物語が書かれた本のようだ。


「イブ、何か気になる本でもあったか?」


 何やら一冊の本をじっと見つめている。棚の最上段にるためイブの身長で届かなそうだ。

 しかし、自身が飛ぶなり本を引き寄せるなり、イブには手にとる手段はいくらでもある。単純に迷っているのだろう。


「あの本、見覚えがある......」


 神が既視感を持つもの?何かなのか?

 取り敢えず見てみようとその本に手をかける。


 その途端、俺とイブの周辺を幾つもの魔法陣が浮かび上がった。


「そんな気はしたんだよなっ!」


 警戒して触れたおかげで少しだけ猶予がある。イブの腕を掴み即座にスキルを使う。


(スキル《瞬間移動》を発動しました)



「は?おい!うそだろっ!?」


 スキルが使えない。しかし、アナウンスが聞こえたから発動はしているはずだ。これは転移を阻害されている?


 周囲の魔法陣が一部激しく明滅している。直感的にそれが原因だと分かった。


(スキル《亜空間》を発動しました)


 亜空間を魔法陣に重ねるように出現させ空間を上書きする。


(スキル《陣破壊》を獲得しました)


 しかし、間に合わない。目を開けていられない光に目を瞑る。



 再び目を開けた時、そこはどこまでも緑が続く草原だった。目の前には真紅の髪を腰まで伸ばした女性が立っている。


「どこだ、ここは。強制転移?」


「転移じゃない......、きっと幻覚に近い......」


 掴んだままだったイブの腕を解放する。


「でもって、誰だ?」


「......」




 優しげに微笑んだ彼女が口を開く。


「久しぶりねシロ」

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