第四十話「賢者」

「見事に真っ黒ね」


 感心したようにリリィーが呟く。


「ああ、黒いな。服が」


「ユウキ、流石にその言い訳は無理があるよ。君が黒焦げにした事実は消えないからね?」


 シオンが呆れた様子で肩を竦めた。


 いや俺だってね?黒焦げにしたかったわけではないですよ。うん。でもこれは正当防衛というか、なんというか。身を守るための攻撃であって実は攻撃じゃないみたいな。そう、そんな感じで――


「ったく、こんな可愛い女の子に乱暴するなんて気が知れねーぜ」


 今までピクリとも動いていなかったそいつは唐突に立ち上がった。

 聞き覚えのない女の声が、荒い言葉遣いと共に投げかけられる。

 雷によって焦げたフードが耐久に限界を迎え、一部が崩れ落ちる。中からは口を歪め獰猛に笑う少女の顔が伺えた。


「お前どうやって」


 誰も回復なんて駆けていない。こいつは間違いなく気絶していたはずだ。

 身体はボロボロになり、そう簡単に復活できる状態には無かった。


「この人...... 気配察知に引っかからない......」


 気配がない?感知系の能力に引っかからないって事はまさか......

 先ほどイブが説明してくれたアンデットの特性を思い出す。


「おっ、気付いたか? そう、オレ様はアンデットなのさ!」


 少女は手を広げ仰々しく無い胸を張る。

 すしざんまい......。

 というかオレ様って。そんなの漫画やアニメの中だけにしとけよ。現実でそれをやられるとギャップで脳がバグるわ。


「お前今失礼なこと考えなかったか?」


「さてどれのことやら」


「複数かよ!考えてるじゃねーか!」




 とりあえず道端で出来るような話では無さそうなので、空き家に勝手にお邪魔して腰を落ち着ける。


「アンデットってこんな知能のある奴がいるのか?」


「いや、あり得ないはずだよ。アンデット化すれば生前の記憶の残滓を残しただけの人形になる」


「それはお前の中だけの知識だろ、。生前の記憶の残滓にも個人差が出る。それは何故か。お前らは調べた事があったか?」


 ないだろう。そんなことを調べる者など世の中の一部の変態だけだ。


「記憶を保持したまま貴方はアンデット化できるって言うの?」


「そうだな。それを説明するには色々順序立てて説明する必要がある」


 まるで教師が生徒に授業をするかのように、そいつは楽しそうに教鞭を握る。


「まず、呪術ネクロマンスはアンデットを作るためのものじゃあない。肉体から離れてしまった魂を元の器に戻す、というのがこの術の本質だ」


《再生》が傷を癒すのでは無く、元の状態に戻ろうとするように。

《瞬間移動》が移動するのでは無く、自身を他の座標上書きするように。

 結果では無く過程を見ろという事か。


「そして、失う記憶ってのは、死後アンデット化するまでの時間が長くなればなるほど多くなる。魂が肉体を離れ輪廻の輪に戻されると、記憶のリセットが始まるからだ。お前たちの知る一般的なアンデットは、この記憶の劣化が進んだ者たちに該当する」


 輪廻の輪に記憶のリセット、何故そんなことをこいつは知っている。そして、何故シオンが勇者だとばれている。


「なら、単純な話。輪廻の輪で記憶が失われる時間を極力無くせばいい」


「そんな簡単な話なのか?」


「いいや、違うな。記憶の劣化ってのは、想像以上に早い。術の発動は限りなく繊細で、死後コンマゼロでも遅れば、膨大な量の記憶を失ってしまう。それに、もともと呪術は発動が遅い。オレ様に合うよう専用の術式にしたりと、課題は山積みだったさ」


「とは言え、今のお前があるってことは成功したんだろ?」


「まあ、一応な。それでも限界があった。可能な限り死んでからネクロマンスの発動まで時間を縮めたが、オレ様でも少なくとも百年分の記憶はとんだからな」


 自信満々に記憶がとんだと言う。やはり狂ってらっしゃいますね。


「お前いくつなんだよ」


「ああ、自己紹介がまだだったな。オレ様の名はクロメリア。【賢者】クロメリアだ。乙女に年齢は聞いちゃダメなんだぞ☆」


「うぜぇ......」




「賢者......。聞いたことがあります。世界で最も知識を持つもの与えられるとされる《賢者》。四百年前まで確かに観測されていました」


「僕も本で読んだ事があるよ。けれどその四百年前を境に賢者を見たとされる記録はない。おとぎ話かとも思っていたけど」


 遠い昔話でも思い出すかのように、メルキドとシオンは天を仰ぐ。それほどまでに目の前にいるクロメリアは途方もない存在だった。


「オレ様が生きてるからだろうな。いや、アンデットだし死んでいるか。だがオレ様は確かに存在してる。ユニーク称号は所有者が消滅しない限り次に受け継がれないからな」




「アンデット化は自分で......?」


「まあ、手伝って貰うような奴もいなかったからな」


 またぼっちキャラかよ。

「お前もぼっちかよ」


「ユウキ、心の声が漏れてるよ」


「は?殺すぞ」


「あんた死にたいの?」


 前後から殺意の波動に襲われる。それ自覚してる証拠じゃねーか。


「さてさて、ここまでオレ様のアンデット化の話を聞いて何か思うことないか?原理は違うが、そう例えば......、転生者みたいだとか」


 背筋に悪寒が走る。なんなんだ、この全てを見透かされているような感覚は。

 何か言い返してやろうと思うが言葉が何も出てこない。


「君は人のステータスが見えているのかい?」


 シオンのこクロメリアは二ヤリと笑いながら片目にピースを持っていく。

 その片方の目が淡く黄色く発光していた。もとから光っていたらしいが、言われなければ分からなかったろう。


「《魔眼》つってな。オレ様はちょっとばかし目がいいんだ」


「チート野郎が」


「野郎じゃなくて美少女だぞ☆」


「いっぱい生きてると大変そう......」


「イブ頭に特大ブーメラン刺さって――痛っ!」











「いやちょっと待て。結局なんで攻撃してきたんだよ」


「こんだけ面白い集団がいたんだ。ちょっかい掛けてみたくなるだろ」


「ちっ、殺しておくべきだった」


「はははっ。人との会話ってのは久々だったがやっぱり面白いな。ってわけでオレ様も仲間に入れろー!」


 盛大な溜息が漏れる。頭痛がしてきた。数百年間ひっそり生きてたんだろ。なんで今更になって......

 ぼっちを拗らせるとこうなるのか。


「〈ファイアー・ランス〉」


 後方から火の槍が飛んでくる。


「のわっ!なにしやがる!」


「なんだか必要に駆られて?」


 リリィーが首を傾げながら答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る