第十話「勇者」

 一応スキルを使って見ておくか。


(スキル《集中》《観察眼》を発動しました)


 2人とも真正面から突っ込み、あっという間に距離を詰めた。ボルガーの勢いに任せて打ち込んだ拳をシオンは左手で受け流し、かわりに蹴りを繰り出す。

 その蹴りをボルガーが躱し、しゃがみながらシオンの足をはらう。今度はそれを、シオンがジャンプで躱した。


 お互いが武器なしでの殴り合いを求めたせいで武器を使う暇がない。格闘術だけで接近を続けていく。


「すげー」


 あれが俺にできるだろうか。無理だろう。俺には技術がない。動きは見えるので食らいついていけるだろうがフェイントなんか入れられたらそれだけで詰んでしまう。

 これは今後の課題だな。あとで教えてもらわないと。


 両者一歩も引かぬまま超接近戦を続け19手目。

 ついにシオンが後ろをとった。手刀がボルガーの首筋に吸い込まれるように撃ち出され鈍い音を響かせる。


 手刀!?


 ボルガ―は下を向いてピクリともしない。二人とも態勢はそのままに硬直した時間ができる。


 首トンだ。あいつ首トンで終わらせに行った。


 え?まさか終わった?とその場の全員が思ったころ。

 ボルガーはおもむろに動くと、シオンの蹴りを入れた足を掴み宙吊りにした。


「ふざけてんじゃねーぞ!!」


 ボルガーはピンピンしていた。ここにきて首トンで気絶を狙ってきた相手に怒りで硬直していただけのようだ。


「あれ、思ったより丈夫だ」


 宙吊りにされたシオンは自分の今の状況をわかっているのかいないのか、そんな呑気なことをいう。焦っている様子も見せず、あくまで余裕の態度を崩さない。


「くそがぁーーーーー!」


 なめられた態度に激情し、怒りに任せたパンチが、宙づりになって動けないシオンの無防備な腹に撃ち込まれた。


「シオンっ」


 リリィーが小さく悲鳴を上げる。


「うわっ」


「いたそ...」


 衝撃を殺せず、もろ攻撃を受けたシオンは吹っ飛ばされ、後ろにあった塀にぶつかりようやく止まった。塀がなかったら城につっこんだ形になっていただろう。


 飛んでいったシオンの状態を確認すると、いつも着ていた服は破け、剥き出しになった腹は肉がえぐれている。昨日の俺みたいに風穴が開いていないだけましか。

 だが、腹から何かこぼれ落ちてるぶん、こちらの方がグロい。


 俺が昨日イブに治して貰えたように、この世界には瀕死になってもスキルや魔法で回復する術がある。先ほどまでのシオンの態度からして大丈夫なんだと思うが。

 まあ、大丈夫じゃなくてもイブに治してもらえばいいのか。


「あー クソッ!、なんだよこの終わり方は!」


 ボルガーは追撃しようとしない。シオンの状態を見て勝負はついたと思ったのだろう。リリィーの方を向き声をかけようとしたその直後――








「気持ち悪っ!?」


 それはいったい誰の言葉だったろうか。


 おそらく魔族の誰かだろう。気持ち悪いなどと、普通失礼なことだが誰も彼を責めることはできない。きっとこの場にいた全員が同じことを思ったはずだ。

 かくいう俺も全く同じことを考えてしまった。


「なんだよ、それは...」


 思わず顔が引きつってしまうのが自分でもわかる。


「ひどいなー、気持ち悪いはないんじゃない?」


 シオンは苦笑しながら、ふらふらと立ち上がる。その場の全員の視線がシオンの体に釘付けとなった。




 抉れた腹からはボコボコと筋肉が隆起している。無くなった肉の部分を生成しているらしい。こぼれ落ちていた何かは腹に引きずり込まれ完全に塞がった。あらぬ方向折れ曲がった腕は変な音を立て、無理やり正しい方向へ曲げられていく。


 確かに気持ち悪い。趣味の悪いB級映画を見せられているみたいだ。


 あれはたぶん、俺の《再生》とは全く違う。もっと別のおぞましい何かだ。魔法ではないだろう。しかし、スキルだとも思えない。




 そして、ものの数秒で何もなかったかのように全てが元どおりとなった。ただ、シオンの破けた服だけが、これが現実だと訴えている。


 何が勇者だ。まるで怪物だ。




「お前人間じゃねーのか」


 ボルガーが目を細める。


「人間だよ。僕は人間の勇者だ。ところで」


 シオンはそこで言葉をくぎり歩きだす。


「どうして僕になら勝てると思ったのかな? 勇者っていうのは魔王と戦うための存在だよね? そのためには少なくとも魔王と同格でなければならない」


 言葉をかさねる度に、また一歩、また一歩と歩を進める。シオンは最初の戦闘開始地点まで戻ると歩きを止めた。そして、最後に一歩ゆっくりと前に踏み出す。


「もう一度聞こう、どうして僕になら勝てるなんて思ったのかな?」


 その場の全員身動き一つできない状況が続く。


 ただ一人ボルガーが自分に向けられる得体のしれない恐怖に、半歩だが後ろに後ずさった。


「だめ... もうあの人に勝ち目はない...」


「ああ、そうだな」


 イブの言葉にユウキも同意する。


 今彼は気持ちで負けてしまった。たとえ半歩だろうと後ろに下がって仕舞えば、自分で勝てないと認めてしまったことになる。


 すでに勝負は決っした。


 シオンが最初の時と同じように真正面から突っ込んでいく。ボルガーが慌ててそれに合わせるが、確実に迷っているのが伝わってくる。


 ボルガーが自分の不安をかき消すために声を上げた。


「あ"ーーー!!」


 両者の距離が0になりボルガーが先ほどと同じように右拳で全力のパンチを放つ。

 が、シオンはもうそこにはいない。すでにボルガーの後ろをとり手刀を構えている。


 かかったのは僅か1手。


 速い。今のが見えたやつは何人いるんだ。スキルを使っていたのにギリギリ目でおえるくらいだったぞ。


「そんな!さっきまでと全然ちがっ――」


 ボルガーの驚きの声は最後まで言うことができず、シオンの手刀によって潰された。


「そりゃ、さっきまで全部のスキルと称号を切ってたからね。ってもう聞いてないか」


 まじか。だったらさっきの超回復はスキルじゃない。いったい何なんだ、あれは。




 魔族たちのほうからざわめきが聞こえる。自分たちのリーダー格が倒されどうしたらいいのかわからないのだろう。それにシオンを見ての困惑という部分も大きそうだ。


 スキルなしであの身体能力。そして、あの超回復。まだまだ隠している事も多そうだし本当に得体が知れない。


「これが勇者か」


「...」









 朝の日差しに照らされながら中央に立つのは人の勇者。彼は天を仰ぎ一つ大きく息を吐く。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 やってしまった...


 彼のパンチがここまで強いと思っていなかった。もしかしたら魔族の幹部だったのかもしれない。おかげで見せるつもりのないものまで見せてしまった。これからなんて説明しようか。




 戦闘が終わったのを確認しユウキ達が駆けつけてきた。


「お疲れ、いろいろと参考になった。あれが《勇者》の力なのか?」


 ユウキがつとめて軽い口調で聞いてくる。気を使っているのか、それならありがたいな。


「うん、まあそんなところかな」


 詳しいことは言いたくないので適当にごまかしておく。ユウキもそうかとだけ言い、あまり追求してくる気は無いみたいだ。


 ユウキの隣にいるイブは無言だが、こちら見つめる目は変わらない。あれを見て平然としている少女っていうのも違和感があるな。

 神様だから当然かもしれないけど。


「すごいわね、シオン! あんなに強いとは思ってなかったわ!」


 リリィーは興奮したように話しかけてくる。なんだか嬉しそうだ。


「あ、ありがとう。リリィーは僕のこと、気持ち悪いとか思わないのかい?」


「別に? 魔族にはシオンみたいな体の特性をもった人もいるしね。まあ、シオンほどひどくはないけど」


 いや、ひどいってひどくない?


 あと、僕は人間なんだけどなー。


 ちょっと以外だった。もっとみんな、得体のしれない僕を不気味がると思っていた。




「さあ、早く人間界にいこうぜ。気絶したあいつはしばらく起きないだろうし、城にでも待機させとけばいいだろ」


「そうね、じゃあそう伝えてくるわ」


 ユウキの提案にのり、リリィーが魔族たちの方へかけていった。




 みんななんかずれているなーと思いながらも、それは自分もかと苦笑する。

 だからこそ仲間になれたのだろう。少しでもこの時間が長く続けばいいなと思ってしまった。








 本当はこの時間を早く終わらせなければならないのに。

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