世界樹物語~滅びゆく世界で~

東西南喜多

第1話:予兆


 森は静かに謡っている。

 鳥が、木々が、優しく穏やかに響く森の『声』は世界を癒していく。


「今日もいい天気だね」

「そうね。気持ちいい風が吹いてるわ」


 優しい声が返ってくる。

 隣で微笑んでいるのは、幼なじみのユズ。

 青く長い髪が風に揺れ、優しく細めている瞳は薄い緑色。

 スラッと伸びた鼻に、綺麗なピンク色をした唇。

 とても綺麗で、二つ年上の姉みたいな存在。


「なに、見ているの?」

「……空だよ」


 同じように木の切り株へ腰を下ろし、ユズは空を見上げる。

 木々の間から見える空をゆっくりと雲が流れていく。

 青い空には空気が色付いたように輝きを放つ『もの』が浮いている――。


「今日も空は綺麗だね」

「そうね……。空の石板も綺麗に輝いているわね」


 ユズは楽しそうに僕を見つめて微笑む。

 空に浮かぶ鏡状の物体は『空の石板』と呼ばれるもので、この世界が生まれた時から存在する五〇枚の浮遊する石板。

 何の目的で存在するのかは分かっていないけど、あの石板のおかげで、この世界は緑豊かな大地と実りが約束されている。……と、偉い偉い賢者様が言っていた。


 きらきら……


 空に浮かぶ石板は規則正しく並んで、綺麗な光の粒子が舞い落ちてくる。

 あの光には、この土地に更なる安息をもたらしてくれる力があるらしいけど、僕には難し過ぎて分からない。


「ねえ、ユズ。何して遊ぶ?」

「そうねえ……森の奥に行ってみましょうか?」

「うんっ」

「クスッ、じゃあ行きましょ」


 僕の手を握って立ち上がるユズは空いている手で服に付いた木屑を払い落とし、楽しそうに笑みを浮かべている。

 そんな笑顔を見て僕も楽しくなり、自然と笑顔が漏れる。

 今日はどこに行って遊ぼうかな?

 いつもと同じ事をしても面白くないし、違う事がしたいな。

 僕も立ち上がり、同じように木屑を払い落として一緒に歩き出そうとした。


 瞬間――


「うわぁ」

「きゃっ」


 突然、激しい地響きと共に大地が揺れ始めた。

 耳をつんざく破壊の音が容赦なく辺りのものを巻き込み、身体は宙に舞っているように重みを感じない。

 揺れは収まるどころか更に激しさを増し、木々が悲鳴をあげて軋み、鳥の鳴き声、獣の雄叫び、色々な音や声が入り混じり、まるでこの世のものとは思えない地獄を味わっているような気がする。

 終わる事がないように思えるこの大地の揺れに飲み込まれないように、ただ過ぎるのを待つ事しか出来なかった。


「……止まっ、た?」

「じ、地震……なの? でも、大きかったわね。カムロ、大丈夫?」

「僕は大丈夫だよ。ユズは怪我してない?」

「私も大丈夫よ」


 暫く揺れていた大地は次第に揺れの幅を小さくして、眠るように小さく収まりをみせていた。

 しかし、辺りは今までの様相を一辺させいた。

 幹の途中から折れた木、地面に散乱する木の実。木々から飛び立ち、空を埋め尽くす鳥の大群に僕達の近くを通り過ぎていく森の動物達。

 そんな光景を見ながら何が起こっているのか分からないけど、ただ肌に刺さるように感じているのはとてつもない恐怖だけで、風が吹き抜けていくが先ほどまでの爽やかな風ではなく、妙に重苦しく肌に纏わりつくように感じた。


「カムロ! あ……あれっ」


 僕があたりの様子を見ていると、上ずった声を上げて僕の方を揺するユズが震えている指を空に向けていた。

 不思議に思い、空を見上げると――


「な……何、あれ」


 空は今までの綺麗な色を無くしていた。


「ねえ、ユズ! あ、あれ……何っ?」

「空の石板が……砕けてる」


 空にあった石板が一枚だけ粉々に砕けて割れていた。

 欠片だけが空に浮かぶ何とも異様な光景に言葉を無くし、呆然とした顔をユズと見合わせていた。

 何故、石板が割れているのか分からない。

 どうしてなのか考えても分からない。


「ユ……ユズ」

「カムロ……大丈夫よ。大丈夫だから、ね?」


 困惑した表情を浮かべるユズがそっと抱き締めてくれた。

 優しく、しっかりと、その腕に包んでくれる。

 ユズの匂いがする。

 いつもの優しいユズの匂い。

 それだけで不安に押し潰されそうな僕の気持ちは次第に落ち着いていった。


「カムロ、帰りましょう」


 僕の背中を撫でながら優しく諭すように話し掛けていたユズは、抱き締めていた腕を解き、僕の手を握り歩き出す。


「カムロ――行きましょう。村が心配だわ」


 そうだ――母さんや村の皆が心配だよ。

 あれだけ大きな地震が起きたのだから、村は大変な事になっているはず。


 そして、村に帰った僕達を待っていたのは『絶望』と言う名の悲惨な現実だった……。

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