こんな所に。。。

紀之介

不機嫌になるでしょ?

「はー♡」


 1冊読み終えた和香さんは、満足の溜息を漏らしました。


 本を仕舞おうと、ベンチの右側のバッグに手を伸ばします。


 その時初めて和香さんは、空いていた隣に 誰かが座っている事に気が付きました。


「…ん? 何で、こんな所にいるの!?」


 驚きの声に、本から顔を上げた正也君が応えます。


「多分…和香と同じ理由。」


 自分が、公園でデートの待ち合わせしていた事を思い出した和香さん。


 バッグのポケットから、懐中時計を探り出します。


「─ もう、40分も過ぎてるじゃない!」


「約束の時間の5分前には、僕は ここに座ってたけどね。」


「え…?」


「本に没頭してた和香には、気が付いて貰えなかったけど」


 和香さんは、正也君の二の腕に手を伸ばして、軽く揺すりました。


「声、掛けてくれれば 良かったのにぃ」


「読書を中断させると、不機嫌になるでしょ? 和香は!」


「そ、そうかなぁ…」


「前回そうしたら…1日中不機嫌だったし」


 首だけ曲げた正也君が、和香さんを軽く睨みます。


「隣に座れば、流石に気配に気が付いて 読書を中断してくれるかと思ったんだけど…10分経っても そんな気配が微塵もなかったので……諦めて僕も本を読み始めた」


「ご、ごめん。。。」


----------


「ぎ、銀星堂に、寄らない?」


 公園から、いつもの喫茶店へ向かう道の途中。


 和香さんが口にしたのは、大型書店の名前でした。


 正也君が顔を顰めます。


「…帰りになら。」


「えー どうしてぇ?」


 いきなり立ち止まる和香さん。


 手を繋いでいた正也君は数歩先で止まります。


「さっきの本の続き…買うんでしょう?」


「そう♡」


「先が気になる本が手元にあったら、我慢出来ない人でしょ? 和香は」


 振り返った正也君に、和香さんは縋り寄りました。


「や、約束する! デート中には読まないし!!」


「─ ホントに?」


 首がちぎれる勢いで頷かれ、正也君は渋々折れます。


「仕方ないなぁ。。。」


----------


「…えーとぉ」


 いつもの喫茶店の、いつもの席


 注文の品がテーブルに揃うや否や、和香さんは上目遣いをします。


「お願いが、あるんだけどぉ…」


「『さっき買った本 読んでも良い?』なら、却下。」


「えー 何でぇ~」


「─ 今、デート中だって…認識してる?」


「でもぉ~」


「約束、したよね」


「ちょっとだけ! 10ページだけだから!!」


 正也君は無言で睨みました。


 唇を尖らせた和香さんが、身を乗り出します。


「声を上げて、大泣きするよ?」


 諦めた正也君は、渋々譲歩しました。


「本当に…10ページだけ、だからね。」


 満面の笑みを浮かべる和香さん。


 頭の中で口ずさみます。


(10ページだけで終わるなんて…あ・り・え・な・い♪)

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こんな所に。。。 紀之介 @otnknsk

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