言霊町のおきつねさま

神水紋奈

序章

 堪えようと思っても止まらない涙というものはある。私は夜道をすすり泣きながら歩いていた。ずっと好きだった先輩と付き合うようになった矢先、私は遊ばれていたことを知ってしまったのだ。悔しくて苦しくて、気絶しそうだった。

 会社帰りに仲のいい先輩に呼び止められ、真実を教えられた。帰り道を泣きながら歩く私はさぞかし異様だったに違いない。それでも、泣くのをやめられなかった。

「どうしたんだい、人間の御嬢さん?」

 うつむきながら歩いていた私は、声をかけられたような気がして顔を上げた。そして、言葉を失った。人間、本当に驚きすぎると言葉が出ないということを、この時初めて知った。

「そんなに泣いていては、可愛いお顔が台無しだよ」

 目の前でにっこりと笑う青年の耳はどう見ても狐の耳で、どう考えても人間じゃない。白と赤の和装をしている男の人にも見える。しかし、その髪は銀色にきらめいているし、どう見ても尻尾が生えているように見える。

「……っ!」

 草香真琴くさかまこと、28歳。人生で初めて気絶した。

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