第2話 宣戦布告
「あ、あははは……」
この状況はまずい。非常にまずい。
何がまずいって、未知との遭遇が重なって俺の思考が追いつけていないのだ。
「人の話を盗み聞きとは、折乃君は悪い人ね」
そうクスクスと一ノ倉が笑う一方、尋常でないほどに折乃を睨みつける人物がいた。
そうだ。上門真弓だ。
「折乃……!!」
そんな上門は今にも噴火寸前。顔は真っ赤である。
「し、失礼しましたあああ!」
傘のことなど完全に忘れ、全力で来た道を駆け降りる折乃。
しかし、上門は逃がすまいと追いかけてくる。
「待てやゴラアアア!!」
捕まったら死ぬ……!!
まさに山姥に追われている気分だ。その山姥は老けてシワの寄った婆ではなく美少女なのだが。
美少女に追いかけられるなら、来世では違うシチュエーションを願いたい!
☆☆☆
「おっせーな、折乃の奴。傘取りに行くのに何分かけるんだ」
あと一分で来なかったら帰るかと、敷町は腕時計をちらっと見る。
「敷町いいいい!!助けてくれえええ!!」
なんだなんだと、折乃を見ると、今日転校してきたばかりの上門に鬼の形相で追われているではないか。
「捕まえて全裸画像をSNSで公開してやる!!」
「ひいい!!」
何をしたのかは知らないが、親友である折乃を見捨てることはできない。
折乃の下駄箱から革靴を取りだす。
「お前の靴ここに置いとくから、さっさと履いてずらかるぞ!」
やたらと、楽しそうに言う敷町。
「悪者みたいな言い方するな!」
☆☆☆
校門を出て少し走ると、彼女は追ってこなかった。
結局、敷町の傘に入れてもらうことになってしまった……。厄日だ。
「お前、何したんだよ。女子を怒らせるってどれほど怖いか想像できるだろ」
呆れた顔をする割には声が弾んでいる敷町。
「人の一番無防備で、純粋な場面を目撃してしまったんだよ。まあ、悪気はなかったんだ」
告白に聞き耳たてたなんて言えないので、濁して答える。
「着替えの覗きか。犯罪者はよく言うな。悪気はなかった、ほんの出来心だった、と」
敷町はもう信じる気がないようだ。
「覗きなんかしてねえよ!?」
「じゃあ、何だよ」
「いや、それはちょっと……」
「やっぱりな」
「やっぱりってなんだよ!?」
弁明が通るまでずっとこんな会話をつづけていた。
☆☆☆
「ただいま」
しんと静かだ。家に誰もいないのだろうか。
リビングに行くとテーブルに書置きと千円札があった。
なんとなく読まなくても察せる。
『今日は遅くなるので、夕食は好きなものを買ってきてください』
後でコンビニでも行くか。
料理なんて、やる機会がほとんどないので、スーパーで材料を買うという案は考えもしない。
自室に戻り、着替え、ベットに転がる。
「はあ、疲れたー」
勉強なんて心身ともに疲労でやる気も出ない。
そんな疲れた体を優しく受け止めてくれるベットはまるで殺人兵器で、俺はゆっくりと瞼を落としていた。
☆☆☆
「はっ!!」
上門さんに全裸を無理矢理撮られる悪夢で目覚めると、すでに窓の外は暗くなっていた。
帰宅時より雨の勢いは強くなっている。
八時を過ぎてる……。二、三時間ほど寝てていたようだ。
「寝過ぎた……。飯買いに行くか」
☆☆☆
コンビニに入ると、今日という厄日の原因である人間とバッチリ鉢合わせてしまった。
「「あ」」
今日は外食にしよう。
出入り口でまわれ右をして、一目散に逃げる。
「ま、待ちなさい!!」
彼女の大声で体が止まる。
「な、なんですか……?」
恐る恐る尋ねると、意外にも可愛らしい反応が返ってきた。
「その……、今日見たことは他言しないで……欲しい」
顔を真っ赤にして目をそらしながら彼女は言う。
完全完璧な彼女でも恥ずかしいなどと人間らしいことを感じるのは当然だ。
一体、一日で彼女の何が分かるだろうか。
彼女をどこか、化け物のように考えていた自分を殴りたくなった。
ここで今日のことを謝ろう。
それで、友達とはいかなくても、友好的な関係になろう。
「ごめんなさい!本当は聞くつもりはなかったんです」
深くお辞儀すると傘も一緒に傾き、背中に雨がかかる。
しかし、そんなことを気にしてはいられない。誠意をみせるのだ。
「悪気がないのは分かっていたわ。私こそ、ごめんなさい。変なこと言って」
彼女は少し笑みをこぼす。
「いや、悪かったのは俺ですから」
俺もそれにつられ笑う。
「一つ、いいかしら」
唐突に話を切る上門。その表情は先ほどの赤面とは打って変わり、覚悟を決めたような雰囲気だった。
「はい」
「あなた、一ノ倉さんのことが好きなんでしょう?」
なぜばれているんだ!? 平常心を保つんだ。そう、素数を数えて……。
「な、なんのことですかね……」
とっさに目をそらしてしまう。
しまったああ!!素人でもわかる嘘のつき方をしてしまったああ!!
「とぼけたって無駄よ。まあ聞きなさい。私は一ノ倉さんが好き。だから宣戦布告よ。私は絶対に一ノ倉さんを手に入れるわ。絶対によ」
とぼけたって無駄か……。なら、男らしく腹をくくるしかない!
「お、俺も一ノ倉さんのことが好きだ。だから、上門さんに渡したりなんかしない!!」
彼女のまっすぐな言葉、表情に感化され言ってしまった。
だが、後悔はしない。むしろスッキリした。
嗚呼、彼女、いや、恋のライバルとの一ノ倉さんをかけた戦いが始まるんだ。
正妻戦争ならぬ、俺と彼女の正夫戦争が。
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