scene:01 査問会(その2)


 どうやら査問会は謁見室の一つを使うらしい。


 通されたのは王が個人的に貴族を呼び出すために使う場所だった。あまり広くはない。せいぜい馬車が八台入るかどうかといったところ。外に話が漏れては困るからだろうか、窓は無く、部屋は魔導灯で昼間のように照らし出されていた。謁見室の最奥の壇上には、大きく王家の紋章がつるされ、その下に玉座が鎮座している。

 玉座を仰ぐように左右へ広がった議席には、既に査問会の補佐役として呼ばれたらしい貴族たちが並んでいた。全部で8人――その内の一人はリーゼだ。椅子のサイズが合っておらず首だけが議席の机からのぞいている。背伸びしているようでわいらしい。本人が聞いたら怒るだろうけど。


 エリザの視線に気づいたのか、口元を真一文字に結んだまま軽く手を振ってきた。

 すがにエリザは手を振るわけにいかないので、軽くうなずくだけにとどめる。


「公女様、あちらへお願いします」


 そうこのへいが促したのは、貴族裁判でも使われる証言台だった。

 中央に二つ置かれた内の一つが、エリザの席ということだろう。


『どうだ、知ってやつはいるか?』


 マリナに言われ――エリザは案内された証言台の椅子に腰掛けながら、左右の貴族たちの顔を見やる。


『……顔くらいは。でも話した事があるのはリーゼちゃんくらい』

『おいおい、マジか』

『バラスタイン領は東方の国境に面していたし、あまり王宮には縁が無かったの。一応、名前くらいは分かる人はいるけど――ガラン大公が居たら助けになってくれたと思うんだけど』

『誰だか知らんが居ないもんは仕方ない。知ってるやつの名前は?』


 エリザは右側の議席に座る一人を見やった。

 ロジャーによって念話に〔感覚共有式〕を乗せられている今なら、こうしてエリザが見たものを同時にマリナも見る事ができる。

 エリザは口ひげを生やした黒髪の男に視点を合わせて説明する。


『あの右奥に座っているのがカスティージャ伯爵。戦争反対派のまとめ役のはずだから、味方になってくれるかも』

『なんだ戦争反対派もいるのか』

『少数派だけど。深大陸側に近い領地の人ほど、そういう傾向はあるかな』

『しんたいりく? ――あ、いや今は説明しなくていい。ともかく派閥争いがそれなりに存在するのは好都合だ』

『伯爵は味方になってくれそう?』

『いや、それはどうだろうな。派閥争いは裏工作をする時には利用できるが……』


 そうこうしている内に、背後の扉が開く音がした。

 カッカッカッと小気味よい足音を立てて、誰かが隣の証言台へと近づいて来る。武闘派の騎士を思わせる精力にあふれた力強い歩き方。

 ――それだけで誰が来たのか想像がついた。


 果たしてエリザの隣に座ったのは、50歳過ぎと思われる初老の貴族だった。

 金の髪にはいまだ艶があり、魔導灯が放つ光を浴びて輝いている。身にまとうのは騎士団統率者を示す黒い軍衣であり、彼がどういう立場で証言台に立つのかを示していた。


『エッドフォード伯よ。名前は確か……ヘンリー・ワルサウ・エッドフォード』

『なるほど。あのクソ野郎のおやか』


 どうやら査問会はエリザとエッドフォード伯に対して行われるらしい。

 召喚状は両騎士団の長を呼び出していたが、炎槌騎士団の団長であるリチャードはいまだ意識を取り戻していない。故に団長に代わって、その司令官代理――総司令官は名目上、当代の王だ――であるエッドフォード伯爵が呼ばれたのだろう。


 ――と、

 どこかで証言台に二人がついたのを確認していたのだろう。壇上に一人の男が現れた。

 茶色がかった髪を短く刈り込んだ、愛想の無い顔をした男である。


『まさかあれが王様じゃないよな?』

『違う、宮宰のジャン・ガンドルプス侯。前に見たことある』


 ガンドルプスは壇上から謁見室を見回す。招集した貴族たちが全員そろっている事を確認したのだろう、このへいの一人にうなずいた。

 このへいは参列者の鼓膜を破らんが勢いで、王者の登場を告げる。


「偉大なる十三騎士の末裔にしてミッドテーレ大陸の守護者。汎人種ヒユーマニーの導き手たる我らがブリタリカ王国、シャルル七世陛下のご入来ッ!」


 その宣言に合わせて、謁見室にいる全ての貴族が立ち上がる。エリザも立ち上がり、壇上を見据えた。

 その様子を見たマリナがちやす。


『さすが王様、大仰だな』

『そう? 楽団の演奏もないし、随分とつつましやかだと思うけど』

『へえ、じゃあ王様としては。査問会は』

『……? まあ、そうね』


 何を今更とも思うが、マリナは異世界の人間なのだ。こうした決まり事が珍しいのかもしれない。エリザは意識を壇上へと戻す。


 そして、


「あーごめんごめん、遅くなってごめんねー」


 やたら軽いノリの声と共に、シャルル七世は現れた。


 ――誰?

 思わず、エリザは記憶に残るシャルル七世と、壇上の人物が同一人物かどうかを疑った。


 けれども――フワフワとした金髪、切れ長だがあいきようのあるタレ目、もうすぐ40歳を迎えようとしているとは思えない童顔は、確かにシャルル七世の特徴と一致する。何より、全騎士団の統率者の証しである白の軍衣をまとっている事からも、壇上の人物が当代のブリタリカ王であることは疑いようがない。


 だが、


「いやあ、あはは……ちょっと今日は朝が遅くてさ。ご飯食べてから来たんだ、これから頭使わないといけないし。だからごめんね、許して」


 ヘラヘラと笑いながら、シャルル七世は壇上の王座につく。そして「あ、もうみんな大丈夫だよ。座って座って」と手をヒラヒラさせた。慣れているのか貴族たちは表情一つ変えずに席に腰を下ろす。エリザも内心ぜんとしながら席についた。


『なんだあれ。売れないコメディアンか?』


 マリナからあきれた感情が流れてくる。「こめでぃあん」が何かは知らないが、何となく道化師に似たニュアンスが念話から伝わってくる。恐らくそう間違っていないだろう。少なくとも今のシャルル七世から受ける印象はそういったものだ。


「じゃあガンドルプス、始めちゃって」

「はい、陛下」


 そんな軽い指示で、査問会は開始された。


 まず宮宰のガンドルプスが語ったのは査問会の招集までの経緯だった。

 ――昨日深夜『炎槌騎士団がバラスタイン辺境伯領チェルノートを襲撃、団長であるリチャード・ラウンディア・エッドフォードが町に【断罪式】を放った』との報告を王政府は受け取った。

 即座に、王政府は事実関係の確認のため、シュラクシアーナ子爵へ状況の確認を要請する。


 騎士団長の権限は司令官代理たる領主が管轄する土地でしか及ばない。他の領地、国家への派遣は王政府の承認が必要であり、やむをえない場合のみ事後承諾が認められる。また、領主ないし騎士同士での問題解決のために決闘制度を利用する場合にも、王政府への事前報告が必要となる。

 王政府公認の見届け人が派遣された後でなければ、決闘は単なる私闘に堕するのだ。


 つまり騎士団は、総司令官であるブリタリカ王が認める『正当な理由』がなく戦ってはいけない。

 ――が、逆に言えば『事後承諾』が明文化されている以上、正当な理由さえあれば罪に問われないのだ。実際、そうして貴族同士が殺し合う事も珍しくない。貴族騎士大国であるブリタリカでは、決闘は政治の一部として受け止められている。


「――よってたびの査問会は、炎槌騎士団と竜翼騎士団との戦闘がいかなる理由をもって行われたのかを明らかにするためのものである。ではシュラクシアーナ子爵。まず双方の被害の報告を」

「……はい」


 宮宰に名を呼ばれ、リーゼがゆるゆると立ち上がった。相変わらず金の仮面を付けたままで、小さな身体からは「めんどくさい」というオーラがにじている。


「――まず炎槌騎士団の戦闘行為によって出た損害は、バラスタイン辺境伯領チェルノート市街地の破壊、及び領民300名余りの死傷者。固有の財産として――」


 だがそれでも貴族としての義務を忘れてはいないらしい。リーゼの口から紡がれる言葉はしっかりとしたものだった。あれでも神童と呼ばれ、10歳にして三重偉業の再現者ヘルメシアの称号を継承するほどの天才。むしろ子供らしいワガママを見せる方が珍しいのだ。

 自分にそうした態度を見せてくれるというのは信頼の証しなのだろう。エリザはそううぬれることにしている。


「最も大きな損失としては、チェルノート城の魔導干渉域発生器でしょう。こちらは地脈との魔力経路も断絶したため、復旧のが立ちません。しばらくはチェルノートにおいて地脈を利用した魔導干渉域発生器の建造は不可能です」

「うわあ、発生器壊れちゃったんだ。そりゃ大変」


 残念そうなシャルル七世の言葉に、エリザは奥歯をみしめた。

 内心の感情が表へ出てこないよう必死で押さえつける。

 町の人間が300人殺された事よりも、魔導干渉域発生器が壊れた事の方が大事だと言われて頭が沸騰しそうだったのだ。


 ――とはいえ、貴族の価値観からすれば正しいのも理解している。


 貴族からすれば領民は財産であり、金や物を産む家畜。300人死んでも600人残っているならば、また繁殖させて増やす事は可能。それよりも、高額な上、国防に密接に関わる要塞用の魔導干渉域発生器が向こう百年は建造出来なくなったことの方が一大事――ということなのだ。


 理屈は分かる。

 だけど……


『大丈夫だ』


 エリザを気遣うような念話。


『エリザ、オレは分かってる』


 メイドの言葉に『うん』と返しながら、エリザは心が少し軽くなるのを感じた。

 わたしは一人じゃない。

 その事実が、エリザの心を支えになっていた。


 リーゼの報告は続いて炎槌騎士団側の被害へと移る。


「対して炎槌騎士団側の被害は幻獣4頭の消滅、不滅剣デュリンダーナが全損、輝槍カインデルが紛失、魔導士20名が行方不明。――また、


 途端、それまで静かだった議場がにわかに騒がしくなる。


 騎士三名の討ち死にと、十三騎士の末裔ラウンディアひんの重傷を負ったという報告は、居並ぶ貴族たちから沈黙を守るだけの余裕を奪った。


 炎槌騎士団はただの騎士団ではない。他国にも知れ渡っているミッドテーレ大陸有数の騎士団だ。大騎士と二つ名持ちの騎士で構成され、王国内で三指に入る戦闘能力を誇っている――いや、今となっては“いた”というのが正しいのだが。


「――それは、本当か?」


 信じられないという表情で、カスティージャ伯爵がリーゼへ確認する。

 リーゼはため息混じりに「はい」と肯定し、


「正確に言えば遺体が確認できたのはアンドレ・エスタンマークのみです。ニコライ・ジャスティニアン及びガブストール・アンナローロに関しては、身体の一部が見つかったにとどまります」

「それなら何故なぜ、死亡したと言い切れる?」

「見つかったのが身体の無い首と、首の無い身体だったからです」

「――、」

「一応つけ加えますと、首と身体はそれぞれ持ち主が異なります。それぞれ――」

「いや、もういい子爵。理解した」


 言って、カスティージャ伯爵が自分へ視線を向けたのをエリザは感じた。

 いやそれだけではない。およそ議場にいる全ての貴族の視線がエリザへと集中している。炎槌騎士団を撃退――いや、壊滅せしめた公女への畏怖と好奇心に満ちた瞳。ヒソヒソと貴族たちが交わしているのは、その真偽を疑っているからだろう。

 そしてそれは、壇上の玉座にいるシャルル七世も例外ではなかったらしい。


「エリザベート嬢、いったい――」

「ちょっといいかい?」


 カスティージャ伯がエリザへ更に問いかけようとしたのを、シャルル七世は手を上げて遮って、エリザに問いかける。


「本当に、君がリチャードくんたちを倒したの?」

『エリザ』


 マリナからの念話。


『ここはどうやって倒したかは出来るだけ話すな。相手の想像に任せろ』


 エリザは『でも』と抗議する。倒したのはマリナだ。その手柄を横取りするような気がしてしまう。チェルノートを守った英雄はマリナさんなのに、と。

 そんなエリザの考えを、マリナは『馬鹿言え』と否定した。


『エリザ、これは領民みんなを守るためだ。お前の爪が見えない内は周囲のやつらも警戒して手を出してこない。そうすればチェルノートに居るやつらを守る事にもなるだろ? この査問会の後のことも考えるんだ』

『……わかった』


 確かにマリナの言う通りだろう。

 エリザは証言台に立ち、シャルル七世の問いに答える。


「はい。――わたしが、倒しました」

「……そうかあ」


 エリザの簡潔な答えに、シャルル七世は、腕を組んで「う~ん」とうなった。


「まさかバラスタインがそんなに強かったなんて」

「陛下」


 途端、シャルル七世の言葉を宮宰のガンドルプスが訂正する。


「エリザベート嬢は『辺境伯』ではございません。あくまで竜翼騎士団の団長でございます」


 宮宰の指摘に「え? そうだっけ」とシャルル七世は驚く。


「僕、爵位の継承させたと思ったけど。……ていうか、もしそうなら、ただの女の子が炎槌騎士団を――」


 議場に響くせきばらい。


 シャルル七世の言葉を遮ったのは、エリザの隣の席に座るエッドフォード伯だった。

 伯は「失礼」と小さく謝罪すると立ち上がり「陛下にお伝えすべき儀がございます」と切り出した。


「なんだい?」

「バラスタインの国家反逆罪の疑惑です」

「――ッ!?」


 再び、議場は騒然となる。


 エリザは天を仰ぎたくなる衝動を必死に抑えつけた。


 やっぱりそうくるのね……。


 分かっていた事ではある。少なくとも炎槌騎士団のリチャードは、領民にそう言って「裏切り者の仲間と思われたくなかったら殺せ」と脅したのだ。恐らくエッドフォード伯は、エリザが帝国とつながっていたから炎槌騎士団が攻撃したと説明する気なのだろう。


 それに対してエリザがどう弁明しようと、金も立場も権力もないエリザの言葉を信用する貴族はいない。多少疑わしくとも、エッドフォード伯の言い分を認めるだろう。エリザは必死に頭を回転させるが、何を言っても逆効果になる気がして口を開けない。


 だが、


『ふーん……』


 念話の向こうにいるマリナは落ち着いたものだった。

 どこかつまらなそうに、


『コイツ、エリザが『辺境伯』だって認めやがった……小娘に負けたって思われるよりはマシってことか?』

『ちょっと、それどころじゃないでしょ? このままじゃ――』

『なに、間抜けが何を言おうと気にする事ねえよ』

『――間抜け? まさか、』


 そういえば、査問会が始まる前もマリナは『間抜けの内の一人は既に分かってる』などと言っていた。その“間抜け”がエッドフォード伯だと言うのか。


『そうだ』


 あっさりマリナは認めた。


『何もかも全部、力でたたきのめして事態を進めようとしてたくせに、武力制圧に失敗した挙げ句、言葉で争う場に連れ出された時点でソイツは大間抜けだ。なのにまだ同じ理屈で事態を切り抜けようとしてる。なんでエリザを悪者にすれば解決するのか、その前提を理解してない証拠だろ』

『前提ってなに?』

『殺しちまえば真相を確かめるのに時間がかかる。その間に本格的な戦争が始まれば、誰も始まった理由なんか気にしなくなるって事だ。そんな事より……』


 そこまで言って、マリナは黙り込んでしまう。


『ちょっとマリナさん? だからって放っておいて……マリナさん?』


 そう念話で問いかけても、返ってくる言葉はない。

 途端、世界が自分を押し潰そうと迫ってくるような錯覚がエリザを襲った。


 エリザ一人が窮地に取り残されたように思えたのだ。隣ではエッドフォード伯がとうとうとバラスタイン辺境伯が帝国とつながっていたとする証拠がうんぬんとまくし立てている。ここで反論するべきなのだろうが、何を言っても言い訳にしか聞こえないように思える。むしろ貴族やシャルル七世陛下の心証を悪くするのではないか。そもそも反論などと言っても、何を語るべきなのか。そんな思考が脳内を駆け巡る。


 ジットリと冷たい汗が、背中を流れた。



    ◆ ◆ ◆ ◆



 何かが引っかかる。


 マリナは念話から垂れ流されてくるエッドフォード伯の告発内容を聞き流しながら、必死に違和感の糸を手繰り寄せていた。エリザは何やらテンパっているようだが、今はまだ『崖から突き落とすぞ』と脅されているだけ。落ちてはいないのだから、慌てるにはまだ早い。それよりも崖から突き落とされる瞬間に、相手の足をひっかける方法を考えるべきだ。そのヒントが、この違和感にあるはずだ。


 ――そうか。

 マリナは自身の違和感の理由に思い至る。

 誰も、エリザがのだ。


 無論、気になっていないわけではないだろう。カスティージャ伯爵とやらはリーゼに確認した後、エリザへ問い詰めようとしていた雰囲気があった。だというのに、話題はエリザが帝国とつながっているだのとしょーもない告発へ移っている。


 どうしてそうなった?

 簡単だ。

 あの王様のせいだ。


 シャルル七世がただの公女であるエリザを『辺境伯』と呼び間違えた。

 挙げ句、訂正されたにも関わらず「継承させてなかったか」と反論した。

 途端、クソ野郎の親父エツドフォード伯がエリザを『辺境伯』と認めた上で、話の流れを無視して根拠の無い告発を始めたのだ。


 クソおやがわざわざ『辺境伯』と付けてエリザを告発したのは、王様の「もしそうなら、ただの女の子が炎槌騎士団を――」という言葉が理由だろう。ただの女の子に秘蔵の戦力が打ち負かされたとなれば派閥争いに大きな影響を及ぼす。その印象を上書きするためにエリザを『辺境伯』という立派な貴族だと言って持ち上げ、更に話題をらそうと段階をすっ飛ばしてエリザの告発を始めた。――恐らくそういう話だ。


 馬鹿な王様が余計な事を言ってくれたせいで、話がい方向に流れたとも取れる。

 だが――本当にそうか?


 あの王様はエリザが炎槌騎士団を倒した方法をかなかった。


 そもそもそれがオカシイのだ。王が爵位の継承をつかさどっているならば、エリザが武器の類いを一切持っていなかった事も承知しているだろう。あの見た目通り軽薄な馬鹿野郎だったとしても普通はそこを問い詰める――というか馬鹿ほど気になって仕方がないだろう。だからこそ自分はエリザに『爪を隠しておけ』と忠告したのだ。


 それに宮宰とやらの訂正の仕方にも違和感がる。

 他に重要な事項は幾らでもあっただろうに。こっそり耳打ちするのでもなく、皆に聞こえるようハッキリと訂正した。だからこそ、エッドフォード伯も話をらさざるを得なかったのだ。


 マリナの中で、ある疑念がむくむくと育っていく。

 ――全部、あの王様が意図したんじゃねえか?


 もしそうなら、王様はエリザがどうやって炎槌騎士団を倒したのか隠しておきたかった事になる。そのためにエッドフォード伯を利用したわけだ。


 では何故なぜ、エリザの戦い方を隠しておきたかったのか。

 戦力を隠す理由は一つしか無いが、なぜエリザの戦力を隠そうと――


「ロジャー様」


 マリナは自身の意識を、航天船シュラクシアーナの工房へと戻す。

 手元で何かの作業をしていたロジャーが興味深そうに「はい?」と顔を上げた。


「一つ伺いたいのですが、子爵は王に私の存在を報告しておりましたか?」

「はい。――そもそも私どもは魂魄人形ゴーレムの起動を確認したからチェルノートへ向かいたいと説明して、航天船を飛ばしておりましたから。何も言わずに他の領地へ踏み込めば、騎士団を率いてなくても問題になりますからね。炎槌騎士団を止めろという命は、空の上で受け取ったのです」


 やはりそうか。

 あの何もかもテキトーそうな王様は、全て承知の上なのだ。

 マリナは自身の考えの正しさを確信する。


「もう一つ、伺いたいのですが」

「なんでしょう?」

「あのシャルル七世という王様は、どういった人物なのですか?」


 問われたロジャーは「そうですね……」と顎に手を当てて悩み、


「私としては信頼のおける方だと考えております。ただ――」

「ただ?」

「リーゼ様は合成獣キメラみたいだと言って嫌っておりますね」

「きめら?」

「いくつもの魔獣の身体をつなわせて作る獣ですよ」

「……なるほど」


 合点がいった。

 あのリーゼとかいうクソガキ子爵――なかなか人を見る目があるらしい。

 マリナは意識を議場にいるエリザへと戻す。


「エリザ、この査問会の落としどころが見えたぞ」



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