scene:06 主人と従者
「
以後、お見知りおきを」
――何とか間に合ったか。
マリナは肩越しに、万槍を
しかし、無事だったのは良いとして、あの構えは何なのだろうか。マリナは内心で嘆息する。あれでは重心が低すぎて
が、そんな内心はおくびにも出さない。
ここで従者が
マリナは意識をエリザの奥にいる三人組へ飛ばす。
――あれが皇帝陛下、か。マリナは丸眼鏡の下で目を細めた。
眼帯をした青髪の男と、魔導士風のマスク女、そして修道女。エリザと聴覚共有をした際に皇帝が女二人連れの男だとは知っている。青髪とは随分とパンクな皇帝だが、自分も人のことは言えない。この
ガラガラと
視線を正面に戻すと、メタルジェットで頭から胸まで串刺しにされたはずの
こんなのに関わっている暇はない。
「それでは、急いで回廊へ向かいましょう」
「マリナさん、」
途端、腕を
エリザだ。
「町の人を放っておけない。何とか逃げ道くらいは作ってあげないと――」
「それには僕も同意だ」
眼帯の男――ルシャワール皇帝が、エリザの言葉に賛同する。
確か『ヒロト』とか名乗っていたか。
そんなマリナの品定めするような視線に
「民草が
――民草が
マリナは芝居ががかった態度に面食らうが、同時にその言葉の意味を
民草を大切にしているとアピールしつつ、終わりを意味する二つ名を自称するという事は、『民の幸せを願い、貴族の支配を終わらせる皇帝』とでもプロパガンダを打って戦争を行っているのかもしれない。国家を率いる独裁者に必要なブランドイメージというやつだ。似たような組織に身を置いてその
「ご心配には及びません、陛下」
そんな内心を隠し、マリナは皇帝に
皇帝はともかく、エリザが『民草を放っておけない』と言い出すのは想定の範囲内だ。
マリナは空いている方の手で、天を指す。
「上空を御覧ください」
宿屋に居た四人が星空を仰ぐ。
視線の先、光の粒子が流るる天の川。
その星の流れを
影はぬるりと星を
やがて、その全身を見せた影は――巨大な鳥の形をしていた。
皇帝が
「あれは――航天船か」
◆ ◆ ◆ ◆
時を少し戻す。
エリザが
『余計な色気は出すな』
そう念話を飛ばした時、マリナはシュラコシアの艦橋に居た。
だがそこはマリナの知る軍艦の艦橋とも、飛行機の操縦室とも似ても似つかない場所だった。
――ひと言で表すなら、巨大な球体の内部である。
全天を〔遠見式〕の窓が囲み、外に広がる星空を描き出している。この様を何かに
そして内壁の一部からは中心へ向けて通路が伸びており、中心に浮いた皿のような足場へと
その隅で降下手順を確認していたマリナは、家臣団に指示を出していたロジャーを呼ぶ。
「ロジャー様、ガルメンに
「――! すぐに調べます」
ロジャーが艦橋の機械を操作し、新たに天球の一部に〔遠見式〕の窓を開く。
表示されたのは二次元地図。チェルノートでも見たガルメンの町のものだ。
その地図に次々と赤い光点が浮かび上がり、水に垂らしたインクのように広がっていく。
ロジャーが息を
「〔死霊術式〕らしき反応が多数確認できます。これは……町中に
「えッ!?」
耳に突き刺さる甲高い声。リーゼだ。
リーゼはつまらなさそうに揺らしていた艦長席を蹴飛ばして立ち上がり、指示を飛ばす。
「なら早くエリザ
途端、足場がぐらりと揺れた。
背後へ倒れかけたマリナは、慌てて手摺りに掴まって体勢を立て直す。艦橋の家臣団がシュラコシアを加速させたのだ。慣性はある程度、魔導式で抑えているらしいが、それ以上の加速を行ったのだろう。マリナとしてもシュラコシアを早く回してくれるのはありがたい。さっさとエリザと皇帝を助けて町から逃げるのは大賛成だ。
大賛成なのだが――
ふと、脳裏にエリザの顔がよぎる。
マリナは誰にも分からない程度に肩をすくめると、家臣団の間をパタパタと走り回るリーゼへと歩み寄った。
「リーゼ様、」
「ん?」
「一つお願いがございます」
「な、なんだよ……」
リーゼは
「お前、なんか口調が変だぞ?」
「そうでしょうか? メイドとして、当たり前の話し方だと思いますが」
「いや、最初会った時と全然――――あ、なんでもない、です。どうぞ」
視線をスッと
マリナは
「エリザを助けるついでに、町の住民も助けてくださいませんか?」
それは、エリザの思考を先読みした故の結論である。
エリザのことだ、自分だけ助かるなど認めないだろう。「町の人たちを助けなきゃ」とか言い出すに決まっている。だったら最初からそれを想定して行動した方がいい。
しかし、当然ながらリーゼの方はあからさまに渋い声を出した。
「えー、そんなのガラン大公の仕事じゃん。なんでリゼの大切な
まあ、そう来るだろうと思った。
マリナは自身の口角がいやらしく上がるのを自覚する。
当然、騙――交渉のネタは考えてある。
「リーゼ様、
「――ッ!」
食いついた。素直で扱いやすい子だ。
マリナはリーゼへ更に近づくと、片ひざをついて金仮面に視線を合わせる。
「ご
リーゼは一瞬、喜びに口を開きかけ、すぐに何かを思い出したのか頭をブンブンと横に振った。
「いやいやいや。
つまり、崖っぷちから落ちないように踏みとどまろうとしているのだ。崖の下にあるものが気になって仕方がないが、落ちたら死んでしまうと自分に言い聞かせて好奇心を抑え込んでいる。
なんとも
ああ、なんとも
マリナはそっと、リーゼの
そのマシュマロのように柔らかい肌を優しく
「リーゼ様」
「な、なんだよ」
「騎士を倒した武器――見たくないですか?」
「ッ! それって、炎槌騎士団をやった!?」
「はい」
もう一押しだ。
マリナは、葛藤のあまり固まっているリーゼの背中に手を回すと、抱き留めるように身体を寄せる。
そのまま耳元に口を近づけ――
「……もし
「リゼの、物……」
「それだけじゃありません。何でも見せてあげますよ?」
「なんでも?」
「はい、好きなようにして頂いて構いません。触り放題です」
「触り放題……」
「アレもコレもソレもどれも――山ほどお渡ししましょう。
「――、」
リーゼの身体がビクリと震える。
今までで一番大きい手応え。
ここがリーゼという少女の急所という事か。
「
トドメだった。
「――――ぅぅぅぅぅううううううううううッ!」
リーゼは
ぐるん、と勢いよくロジャーの方を向いて、
「くそッ! ロジャー、全
「はい、リーゼ様」
ロジャーは苦笑しながら、伝声式具で指示を飛ばしていく。
それを見届けたリーゼは、
「ほんとに、絶対だからね! 約束だから、破ったらもう二度と身体を直してあげないから!! てゆーか、
マリナは「はい」と
こんな小さいのに当主としての責任を果たそうと、筋を通そうと努力している。自分自身の好奇心を抑え込んで、家の事を、自身の立場を優先して考えている。ワガママを言えば通る立場であるのに、だ。
いや――だからこそ自制する事を覚えざるを得なかったのかもしれない。頭が良いこの娘は、自身の行為がどれだけ家や家臣達に影響を与えてしまうのか分かってしまう。それを無視できるほど、リーゼという少女は利己的になれないのだろう。
なんであれ、責任感の強い子という事だ。
マリナは、家臣たちがこの少女を慕う理由を
そういう
そんな
そう心に決めて、マリナは立ち上がってリーゼから離れる。
だが、まずはこの場を乗り切らねばならない。
一週間ぶりの死地。それなりの装備が必要だ。
マリナが「ロジャー様」と声をかけると、ロジャーは操作卓から顔を上げ「はい」と、金仮面をマリナへ向けた。
「例の装備はまだ使えそうにありませんか?」
マリナはメイド服が再生した段階で、ある兵器を生み出していた。ロジャーにはそれを扱えるようにと改造を頼んでいたのだ。
だがロジャーは「申し訳ありません」と金仮面を
「機構が複雑でして。今しばらくかかるかと」
「無理を言っているのは
とは言っても――正直“あれ”無しでこの世界の存在を相手にするのは、少し
まあ、敵には騎士が居ないようだし何とかなるだろう。
「
「こちらに」
言って、ロジャーは
〔衝撃低減装具〕、と言うらしい。
聞けば、魔導神経を持たない者でも蓄魔石の魔力を消費して〔重力制御式〕を使用出来る装置だという。
但し効果時間が非常に短く、あくまで着地の衝撃を和らげる程度のものとのこと。
だがマリナの場合は、予定とは異なる場所での降下であり調整をしている余裕も無いので、手動で起動させなければならない。
ロジャーは、ブローチの側面を指差し、
「降下後に頃合いを見てこの飾りを回して下さい。重量を10分の1まで減らせます。現在の高度とナカムラ様の重量から考えると、高度250メルトから200メルトで起動をお願いします」
「……高度計はありますか?」
「残念ながら――目測でお願いします」
「目測」
「起動が速すぎると風に流されますし、着地より前に式の効果が切れると、重量と速度に応じた衝撃を受けますから良くてバラバラになります」
「バラバラ」
「そうならないよう頑張ってください」
「一応、伺いたいのですが、他に方法」
「ありません」
マリナが言い終える前に、ロジャーの言葉が
反論は許さない。そんな強い意志を感じた。
もしやリーゼを泣かせたささやかな意趣返しだろうか。そもそもリーゼへ提示した条件は、マリナの身体を直す交換条件としてロジャーと取り決めていたもの。それをリーゼがまだ知らないからと恩着せがましく提案したのだ。
マリナのした事はまさしく詐欺である。
ロジャーの口元は笑っているが、果たして金仮面の下は一体どんな顔をしているのだろうか……。
やはり素直な子を
内心の後悔を隠しつつ「わかりました」とだけ答えて、マリナは艦橋を後にした。
カッ、カッ、カッと、ブーツの足音が誰も居ない通路に反響する。
その音が闇に
いやもう、笑うしかない。
身体を取り戻したばかりで、いきなりの
一応、
だが、やるしかないだろう。
そろそろエリザに「持ちこたえろ」と言った10分だ。
「まったく、病み上がりには厳しいリハビリになりそうだ……」
◆ ◆ ◆ ◆
そうして投下管から滑り落ちたマリナは、高度500メートルからの
正直、死ぬかと思ったし、こうして
――二度とやらねえ。
そう、マリナは上空の航天船を見上げて固く誓った。
その航天船からは次々と黒い影が放出されている。マリナと同じ方法で投下されている
マリナは皇帝一行へ視線を戻し、
「町のことはシュラクシアーナ子爵に任せましょう。この大きな方は
「いや、君も来るんだ」
マリナの言葉を否定したのは皇帝だった。
「
「ヒロト!」
なるほど、と納得しかけたマリナを遮る怒声。
アトロという名の魔導士然とした毒マスク女だ。
「貴様、またそんな事を言ってるのか!?」
「アトロ、僕は出来るだけ多くの人を助けたくてここまで来たんだ。それは、君が一番よく分かってくれているはずだろ? ラキスもきっと――」
「
怒声を放ちながら、再びアトロは
ぐらりとよろめきながらも
「……森まで行ったら最大火力でお見舞いしてやる」
「助かるよ、アトロ」
「陛下、よろしいのですか?」
二人の会話の隙間に滑り込んで、マリナは念押しする。
たしかに
しかし、だ。
一国の国家元首を
そんなマリナの意図を知ってか知らずか、皇帝はこちらを気遣うような笑みを浮かべる。
「ああ、言っただろう? 僕は貴族の圧制から民草を救う皇帝という事になってるんだ。
言って、ヒロトは眼帯を指で
――修羅場、とやらで負った
まあ、覚悟が決まっているのなら何だって良い。マリナはエリザを見やり
その意図を察したエリザが、全員へ向けて号令を出す。
「では、回廊へ向かいましょう」
◆ ◆ ◆ ◆
「あのメイドは――」
ガルメンの東方、
あれは確かチェルノートで炎槌騎士団と戦っていたメイドだ。事の
まあそれはいい。
問題は、どういう意図で航天船を連れて来たのか、だ。
「先任導士、」
別の場所の様子を見守っていた部下が先任導士を呼んだ。
「シュラクシアーナの
「……ふむ」
どうするべきか。
先任導士は顎を
そう悩む先任導士の前で変化が起きた。
〔遠見式〕の窓に映る、皇帝一行が潜む宿屋。
その宿屋から、一台の
そして、わざと
「ふふん」
先任導士はマスクの下でほくそ笑む。
どうやら皇帝一行は、
ここまで思い通りに進むと、少し
皇帝の気質からして、こうした行動をとることは予想されていた。事前に想定した幾つかのパターンの一つである。場合によっては
先任導士は部下の
「あの馬車を
「了解」
部下が手際よく念話を飛ばすのを確認すると、先任導士は〔遠見式〕の中へ意識を戻す。
映るのは
それを眺めて、先任導士はマスクの下の口角を上げた。
「これで休戦協定も終わりだ」
◆ ◆ ◆ ◆
ダガンッ、と馬車が跳ねる。
もう何度目か分からない。ガルメンの石畳が、自身を乱暴に踏みつける車輪へ抗議を繰り返しているのだ。しかし、御者台に座るエリザにその抗議を受け止める余裕は無い。体長10メルトの
石畳の段差どころか動く死体すら踏みつけて、
「マリナさん、
エリザは馬車の幻獣の手綱を握りながら叫ぶ。
「ぴったり食いついてきてるよ! くそ、結構やっかいだな」
返ってくる声に余裕はない。途端、〔爆裂式〕のような音が連続する。チラリと荷台の方を見やると、マリナは
しかし、
マリナが
「エリザぁ! もっと速度出せないのか!?」
「これ以上は馬車が倒れます! さっきのアレは使えないんですか!?」
「アレ!?」
「
「こんな車内で使ったら全員
マリナの悲鳴にも似た叫び。その響きが変わった。
馬車が町の石畳を抜けて、山道へ突入したのだ。
途端、マリナの視界がガタガタと輪をかけて揺れ始めた。踏み固められただけの道を全力で駆けている以上仕方ない。
ふと、
「あれは――機関銃か?」
エリザのすぐ後ろの荷台に腰掛けていた皇帝だった。
「陛下、何か仰いましたか?」
「いや、なんでもない辺境伯。――それより回廊にはどれくらいで着くのかな?」
「もうすぐです。――皆さん左側に寄ってください!!」
エリザはそう叫ぶと同時、一気に片側の手綱を引いて幻獣に方向転換させる。
しかし無理に突っ込んだ車体は大きく慣性に流され、荷台が傾いて車輪の片側が浮いてしまう。左へ寄るよう言ったのは、その慣性を抑え込む為のもの。
が、エリザの忠告もむなしく、馬車の荷台は慣性に負け――
「まったく、お
――そうになった所を間一髪、アトロが魔導式を起動させ車体を元に戻した。
恐らく〔力量操作式〕の類いだろう。
だが驚くべき技量だ。魔杖も無しに移動物体の力量を、しかも自身も移動しながら操作するなど、とても人間技ではない。
と、幌馬車から少し遅れて、バリバリと木々がなぎ倒される音が闇に
追いかけてきていた
エリザの心に、ほんの少しだけ余裕が生まれる。
そして、
「見えましたぁ~、回廊の『門』ですぅ」
エリザの隣で御者台に座っていたケイトがユルい声を上げた。
なるほど、あれが『門』か。
エリザの視線の先に待っているのは、崖にぽっかりと空いた洞穴だった。半月型に開いた入り口は随分と大きく、馬車程度ならそのまま中へ入れそうだ。人工的な造りだし、大昔に蓄魔石を採掘していた跡なのかもしれない。
「それでは皆さぁん、もっと近くに寄って下さ~い」
そう言って、ケイトがエリザの肩に手を置く。
『門』は『銀鍵』を持つ者のみを、別位相の空間へと誘う。それ以外の者にとって『門』は単なる洞窟でしかない。
そして複数人で回廊を進む場合には、銀鍵の効果範囲内に全員が収まっている必要があった。とはいえ効果範囲は、馬車一台くらいは丸々と収まる程度には大きい。ケイトの言葉は心構えをしろという程度のものだ。
と、一度は
「エリザぁ!
焦りの混じる声に、エリザは手綱を鳴らして幻獣を
だが、
「大丈夫、」
もう洞窟の入り口は目前だ。
「入ります!」
その
あまりの気持ち悪さに思わず目を閉じる。そもそも何も見えない。腐った血液を
だが幸いにも、その感覚は長く続かなかった。
恐る恐る、
アイホルト回廊へ入ったのだ。
「……ふう」
エリザは
アイホルト回廊は外部と隔絶した空間だ。
「何とか、逃げ切れましたね」
「ああ、間一髪だったな」
エリザの言葉に、ヒロトがため息混じりに同意する。
エリザも背後を振り返って「陛下も無事で何よりです」と言いかけ――――途端、言葉を失った。
振り返った荷台には
そして――――――他には誰も乗っていなかった。
それどころか、エリザと共に御者台に座っていたはずのケイトも居ない。残されているのはマリナが使っていた『キカンジュウ』と『万槍』のみ。魔導士アトロ・パルカも、
エリザの
「辺境伯、彼らはどうした? まさかどこかで落ちたのか?」
「わ、分かりません――」
自分でも馬鹿みたいな返事だと思う。
あまりの事に思考が空回りしているのだ。可能性は幾つも思い浮かぶが、それら全てが最悪過ぎて直視できない。結果、論理的思考が検証すべき対象を見つけられずに足踏みしていた。
「うちの魔導士に念話で呼びかけてみよう」
そんなヒロトの言葉に、エリザの思考が飛びつく。
すぐに「わたしもやってみます」と答えて、意識を集中させた。
『マリナさん。今どこですか? マリナさん、』
しかし、念話は何も返さない。
そもそも声が
それでもエリザは意識を集中して、呼び続ける。
「マリナさん! マリナさんッ!!」
答える者はない。
僅かに返ってくるのは、耳鳴りのような雑音だけ。言葉が話せなくとも、感情の色くらいは届くものだが、それすら感じ取る事ができない。
だが、それはあり得ない事なのだ。
念話に距離の概念はない。そもそも世界の法則に干渉して動作する念話に、そんなものは意味を成さない。遮るには強力な魔導干渉域か、念話を壊す複雑な
それでも念話が使えないという事は、
念話を行う両者がそれぞれ別の世界に居るとしか考えられない。
つまり、
「
こうなっては疑いようもない。
理由は分からないが――エリザとヒロトは従者を残し、二人だけでアイホルト回廊へ転移したのだ。外界と完全に隔絶し、位相どころか時間の流れすらも違うアイホルト回廊では、外と念話など通じようもない。
同様の結論に達したらしい皇帝が顔を上げ、エリザは皇帝と顔を見合わせる。
と、
――ヒュオオォォォォ……
二人の耳に、風鳴りのような音が届く。
ヒロトが「はは」と、苦しげに笑った。
「なんだろうね、今の。風なんか吹いてないけど」
「アイホルトの魔獣、かもしれません」
「ほぉ……。そいつぁ、興味深いね」
皇帝は冗談めかしたように言ったが、自分すら
アイホルト回廊には本来、多くの魔獣が
だというのに魔獣が居るという事は、ここは本来の護送経路ですらない。
つまり、この先に広がるのは地図に載らない迷宮であり、そこには魔獣で
それらこの先に遍在するあらゆる死の危険を、エリザベート・ドラクリア・バラスタインは、ルシャワール皇帝ヒロト・ラキシア・ヤマシタ・ルシャワール陛下を
だがそれは『わたしとマリナさんなら乗り越えられる』という前提の話だ。彼女とならどんな困難も乗り越えられる。そういう確信にも似た信頼があった。
――ヒュオオォォォォ……
鳴き声が近づいてくる。
すぐさま行動を起こさなくてはならない。戦わなくてはならない。
――だというのに。
エリザの
【第5話へつづく】
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