5 案

 おい、ちょっと待て……。

 心の中で、おれが叫んでいる。

 が、実際に声は出ない。

 言葉を失ってしまった人のようだ。

 気が動転している。

 けれども、それ以上に、事件の展開に、おれは呆気にとられている。

 家に帰ると妻の死体があり、暫くするとそれが消え、次に電話がかかってきたと思うと、誘拐事件にしろと脅迫される。

 はあ、何の冗談なんだ。

「おい、ちょっと待ってくれ……」

 漸く口から声が出る。

 が、すぐに咳き込んでしまう。

 それでも気を取りなおし、

「勘違いだ。おれは妻を殺していない」

 と相手に主張する。

「大抵の殺人犯は、そう仰います」

「いや、本当なんだ」

「信じられませんね。では何故、毒物が……」

「違うんだ。あれは、おれのモノじゃない」

「……と仰いますと」

「とにかく、おれは妻を殺していない。信じてくれ……」

「証拠もありませんし、それは無理です」

「しかし……」

「山下さまが今仰ったことが、たとえ本当のことにせよ、死体が見つかれば疑われるのは山下さまですよ」

「……」

「その点は、ご理解いただけておられますか」

「わかっている。それは理解している」

「そうですか。それでは安心致しまして、私どものご提案を繰り返させていただきます。殺人事件を誘拐事件に摩り替えてしてしまえば良いのでございます。そうすれば山下さまが罪に問われることは一切ございません。山下さまは奥様を誘拐された可哀想な被害者なのです」

「が、その先は……」

「犯人は無謀にも、身代金を受け取りながら山下さまの奥様を殺害します。実際には誘拐と同時に殺害したことになりますが、そんなことは遺体が出てこない限り、警察にだってわかりません」

「それはそうだが……」

「殺人の罪を、たったの三億円で免れられるのですよ。お安いとはお思いになられませんか」

「いや、高いだろう。おれは無一文になってしまう」

「家賃収入があるではありませんか」

「妻の実家のことを知っているのか」

「ターゲットのことを詳しく調べるのは営業畑の山下さまだって同じではございませんか」

「この家から何を盗もうとしたんだ」

「いろいろ、とです」

「いろいろ、って……」

「ですが実際は何一つ盗んでおりません。私どもにとっても、それどころの話ではなかったわけですから……」

「いけしゃしゃと良く言うよ」

「お褒めに預かり恐縮です」

「……」

「とにかく脅迫状は今晩中、早いお時間にお届けいたします。山下さまには脅迫状が到着次第、警察にご連絡をお願いいたします」

「わざわざ公にするのか」

「どうも山下さまは、お飲み込みがお悪いようでございます。公にしなければ、そもそも誘拐自体が成り立ちません」

「しかし金の受け渡しとかがあるだろう」

「その辺りの細かい点は只今検討中です」

「おれはいったいどうすればいいんだ」

「私どものご提案にご賛同なられますか、あるいは警察に正直にお話になられるか……」

「事実、おれは殺してないんだよ」

「けれども毒物はございました」

「……」

「私どもの目に狂いがなければ、亡くなられた奥様のご尊顔のご様子から青酸系の毒物ではないかと疑われます」

「そんなことがわかるのか」

「はい」

「……」

「なお付け加えさせていただきますが、山下さまが私どものご提案をお受けになられない場合、奥様のご遺体はしかるべき場所で発見され、また山下さまが毒物を隠し持たれていることも警察に匿名通報されることになります」

「だが、おれは殺していない」

「ならば警察にそう仰れば宜しいでしょう。その際の責任は負い兼ねます」

「おいおい、おれには選択肢がないのか。それにお前さんたちは、いったい何者なんだ」

「ケチな泥棒集団ですよ。それ以上でも、それ以下でもございません」

「おれはあんたたちの提案を受けるしかないのか」

「その方が賢明だと思われます」

「わかった、少し一人で考える」

「ご連絡は、私どもから差し上げます」

「どうやって……」

「それはお任せください」

「……」

「なお、この通話は特殊な方法でかけておりますので、リダイアルされても、私どもとはコンタクトできません」

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