桜の代わりに消えてしまった君へ

沖伸橋

桜が散らない世界

 桜が散らなくなって、一年が過ぎた。

 駅前はいつもひらひらと、桃色の花びらが舞っている。

 だからといって、一年の動きが何か変わるわけではなかった。

夏になれば暑いし、秋は紅葉もする。冬もやっぱり寒い。ただ、どの季節も桜が咲いている、それだけのこと。

皆が異変に気づいたのは、去年の五月のおわりぐらいだった。地球温暖化の影響だろうか、なんて連日テレビで学者たちが言っていて、家庭やクラスでも、その話ばかりしていた。


「このまま桜が散らないといいのに」

彼女がそういったのは、何気ない、五月おわりの放課後だった。

うちの高校は校門のまわりにたくさん桜が植えてある。その目は校門の方向、とおくを見つめていた。

「どうして?」

「時が止まっているように感じるじゃない」

そうだろうか。

「でも桜以外の全部は普通なんだよ」

「そうなんだけれどね、でも、桜はいつも始まりを示してくれるでしょう。はじまりがいつもあるみたいで嬉しい」

「でも何も続かない」

「続いてほしくないからね」

少し悲しそうにそういうと、彼女は自分の荷物をカバンにまとめた。



家に帰る途中にも桜はある。児童公園だった。

一年中桜がさいていると、日本にはどれほど桜の木が植えられているのかがよくわかる。あんなところやこんなところに、どこを見ても桃色。


ぼくは公園のベンチに腰掛けて、コーヒーのプルタブを引く。

上を見上げた。


こんなに桃色が溢れた世界。僕は少し飽き飽きしてきた。そしてすこし寂しさも。


それは、彼女があの五月以来、姿を消してしまったことも原因だと思う。

彼女を探したいと強く、思う。

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