らのべろのべらべのらべのら文芸部

いぬぶくろ

1、 この文芸部員、アクが強すぎ

「はい! この部室に居る無能どもよく聞けッ! いつまで経っても小説を賞に送らないお前たちのために、私みずからめっちゃ良さげな賞を見繕ってきた!」


 ドンだかバンだか、とりあえず机がぶっ壊れるんじゃないかってくらいの勢いで、部長がノートパソコンを置いた。


「えーと、なになに?」


 僕を含めて部員4名しか居ない文芸部の部室で「何もそこまで大声出さなくてもいいんじゃ」と思いつつも、反論されると困るからとりあえず無視してノートパソコンのモニターを見てみる。

 あっ、文芸部って言っても、小説を読んで意見を言い合うんじゃなくて、実際に書いて賞に応募したりするタイプね。


「はい、遅いー。しゅーりょー!」


 バムン! と募集要項の欄を見る前に、部長がノートパソコンを閉じやがった。


「遅い、遅い! 文芸部だったら、見た瞬間に、一瞬で理解しないと!」

「そんなの、無理に決まっていますゾ! 島崎しまざき氏! 今日こそ、ガツンというべきですゾ!」

「ぞいぞいうるさいゾイ、汁だけデブ!」


 横暴な部長に反論してくれたのは、同じクラスの加松かまつくん。太っちょでいつも汗を拭いているイメージばかり付きまとうけど、この部では一番の速筆。内容が色々な意味で濃すぎるのが珠に傷。

 ちなみに、島崎ってのが僕の名前。


「ムキー! 今日という今日は許しませんゾ! いざ成敗!」


 「ハイハイハイハイーーーー!」と威勢の良い掛け声と共に、いつも汗を拭いているタオルをヌンチャクよろしく振り回し始めるヌンチャク黒帯の加松くん。

 若干、湿り気を帯びているタオルが力強く振り回される度に、気化熱で冷えた汗臭い風が流れてくる。


「先輩、今の内に確かめておきませんか?」

「せやね」


 ズズイ、と僕の前に身を乗り出して、先ほど部長が閉じたノートパソコンを引き寄せているのは、後輩の脇坂さんだ。

 人懐っこいのか、パーソナルスペースが極端に狭いのか、彼女はほとんど肌が触れ合うくらいの近さでパソコンを見るために並んで座る。


「あっ、これ知ってる!」


 パソコン画面に表示された、小説の見出しを見て脇坂さんが弾むように言った。彼女がいつも元気いっぱいなおかげで、僕も元気です。


「え~となになに?」


 それは、大手出版社のKADOKAWAが作った小説投稿サイト『カクヨム』で行われる、コンテストについて書かれたページだった。

 ファミ通文庫が主催していて、『15センチ』と『男と女』をお題にした内容であれば、ジャンルは問わないというものだった。


「これって、やっぱ恋愛ものを投稿してくれってことですよね?」

「字面だけ見たらそうだけど、ジャンルは問わないって書いてあるし、何でもいいんじゃない?」


 「ふ~ん、ほ~、へぇ~」と、僕からマウスを奪った脇坂さんは、募集要項のページを上から下まで読み始めた。


「脇坂さんは、参加する?」

「う~ん……どうかなぁ? 私は別にラノベを書きたいってわけじゃないし……」


 この部に所属している4人の中で、ラノベ作家を目指しているのは加松くんだけだ。

 部長は、文章を書いてコンテストに応募して賞を取りたいだけ。僕は純文学まではいかないけど、文芸ジャンルで本を出したいと思っていて、脇坂さんは童話作家になりたくて勉強中といった感じ。


「ハァ!? なに人の心配ばっかしてんのよ!」


 加松くんの体を覆う肉の壁を、なんちゃら百裂拳で無効化して打ち倒した部長が、お行儀悪く事務机の上で仁王立ちしながら吠えた。

 そこに立たれると、新潟の女子高生バリに短くされたスカートの中身が、ポロリしてしまう可能性がある。


「アンタの大賞童貞を捨て去るために探して来てやったんでしょ!」

「ちょっ、部長! なに大声で――」

「シャーラップッ! 賞を取ったことがない人間の人権は、ここでは認められていない!」

「横暴だ!」


 民主主義など鼻で笑わんばかりの勢いだ!


「でもそしたら、他のみんなも同じじゃないですか! そもそも、僕は学生短編集で佳作を取ったじゃないですか。部長はプロだから、賞なんてどうでも良いかもしれませんけど」


 学生短編集とは、小説雑誌で年二回に行われる賞で優秀だった作品を集めた雑誌のことだ。アマチュアオンリーの賞だけど、そこで僕は佳作を取り、その雑誌に載ったことがある。

 部長みたいに色々な賞を取っている訳じゃないけど、僕としてはちょっとした自慢だ。


「おかしな話を言うのね? この教室で、プロじゃないのはあなた以外に居ないのよ?」

「ははっ、何を馬鹿な――?」


 部長は地元の新聞のコラムを担当して、少ないが賃金も発生している。お金を貰っているということは、プロと言って良いだろう。

 でも、他の二人はそんなことはしていなかったはずだ。しかし、先ほどの部長の一言で加松くんと脇坂さんの空気が微妙におかしくなった。


「まずそこの――」


 ピッ、と部長に指さされた、床に転がされていた加松くんは、脂を汗のように大量に流しながら、ばね仕掛けの人形のように立ち上がった。


「やっ、止めるですゾ! 何を話そうとしているのか全く分からないけど、世の中には言っていいことと、言ってはいけないことがありますゾ!」

「そそそそそ、そうですよ! みんなで心機一転、頑張りましょうよ!」


カロ・・松は、『触手人間ブルブル太郎』って名前でエロゲシナリオ書いているし、脇坂さんは『話狂幼人わきょうようじんまんじ』って名前で童話を書いているし」

「マジでッ!?」


 すでに二人ともプロで通用する力を持っていたなんて……。

 ってか、『触手人間ブルブル太郎』ってなんだよ……。触手でブルブルとか、どう考えてもエロゲライターにピッタリの名前じゃないか。濃すぎて、ついて行けないよ……。

 しかも、『話狂幼人卍』とか、葛飾北斎のパクリじゃん!


「早まるでないですゾ、島崎氏! それがし、シナリオは書いているといっても、弱小サークルのような会社。それに、年齢が年齢だから表に出られない儚い存在!」

「わわっ、私だって、お父さんが私の作品はなしを勝手に出版社に持って行っただけで、名前だってお父さんと編集さんが酔っぱらった状態で決めた名前ですから!」


カロ・・松ダウト。その老け顔を駆使くしして、普通に会社の人と打ち合わせしてた。脇坂さんダウト。編集から『先生』って呼ばれてまんざらでもない顔してた」

「「はうぅ!?」」


 図星だったのか、部長から指摘された二人は鉄砲玉に撃たれたマフィアのボスのようなうめき声をあげて膝まづいた。


「ちっ、違うんですゾ、島崎氏! 別に裏切ろうとか、そんなつもりはッ!」

「体ですか!? 先輩の許しを得るためには、体を差し出さないといけないんですか!?」


 「うわーん」と、僕は何も言っていないのに、勝手に話を進めて勝手に泣き始めた二人。

 収拾がつかないこの終末に、僕は悪鬼羅刹も裸足で逃げ出す部長に助けを求めることしかできなかった。


「ちょっと、部長。どうすんですか、この状況?」

「だから、さっきから言ってる通り、あなたの賞童貞をここで捨てればいいのよ」

「だから、童ぅんんっ! とか言わないでくださいよ。そもそも、部長、女の子なのに」

「女だからって下ネタ言っちゃダメなのか? 性差別か? 小説書くのに、恥ずかしがってちゃ始まんないのよ!」

「もうヤダ、この部活……」


 早くも心が折れそうだ。

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