勇者が始める魔王道(マスターロード)

五五五

第1章「お前が魔王になれ!」

第1話

「――お目覚めですか、〈魔王様〉」

 目の前の女は、アルフレッドに声をかける――だが、彼は女の言葉が理解できない。いや、言葉の内容は把握できたが、その意図が測れなかった。加えて、自分の置かれている状況もわからない。見たことがないほど大きなベッドの上、豪華な調度品に囲まれた部屋は、アルフレッドの記憶をさらに混乱させた。

「お前は……ここは一体どこだ!!」

「ここは魔王様のお部屋で、私はルミナリアですよ……大丈夫ですか?」

 あっけらかんと言ってのける――ルミナリアと名乗る女。その姿に、アルフレッドは違和感を覚える。なぜなら、その腰には、翼のようなものが生えている。オシャレというには奇抜だし、彼の知る限り、そんなものを身につけた人間は見たことがない。決定的だったのは、額にある石。赤く輝くそれは、アルフレッドに彼女が人間でないことを教えていた。〈魔晶石〉と呼ばれる石をその身に宿す存在――魔族だ。彼が女の正体に気づいた次の瞬間、女は静かにお辞儀をした。

「今回の件、私の見通しが甘かったようです。何なりと処罰を――〈魔王様〉」

 女の言葉は、やはり意味がわからなかった。アルフレッドは必死に、自分の記憶を掘り返す――どうしてこんな状況になったのかを知るために。


 静かな城内。倒すべき敵を見当たらず、アルフレッドは肩透かしを受けた気分だった。「死力を尽くした戦いになる」――そう覚悟して、彼は敵の本拠地に乗り込んだからだ。

 ――これは太陽神さまの加護だ! ここで全ての決着をつける!

 予想外の展開に戸惑っていたアルフレッドだが、気を引き締めて足を進める。すると、目の前に大きな玉座が現れた――そこに座る影と共に。

「お前が、〈魔王〉か?」

「そうだ……と言ったらどうする?」

「神の――そして人間の敵であるお前を、勇者の名において、討ち滅ぼす!!」

 答えを返すと同時か、それよりも一瞬早く、アルフレッドは踏み込んでいた。

 一瞬にして距離を詰め、右手はすでに剣の柄にかけられている。魔王の体は手を伸ばせば届く距離。あとは彼が剣を抜き、振り抜けば決着である。


〈勇者〉アルフレッドは躊躇うことなく、渾身の一撃を放った!


「お前は一体何を言ってるんだ!! 魔王は……俺が倒しただろうが!!」

 ハッキリと記憶が戻ってきた。アルフレッドには、たしかに魔王を斬りつけた覚えがある。その時の手応えまで。

「一体、何を言って……」

 ここにきて、魔族の女はようやく相手の様子がおかしいことに気がつく。目の前の男が、混乱しているという状況を。どうにか相手を落ち着かせようと、女性はアルフレッドに近づこうとする。

「来るな……近寄るな!!」

 そう叫んだ時、アルフレッドはこちらに近づく女性の向こうに鏡があるのが見えた。いや正確には、鏡に映る自分の姿を見たのだ。そこにいたのは、見ている者を吸い込んでしまうほどの黒い髪、そして黄褐色の肌の男。額には、燃え盛る炎を彷彿とさせる、真っ赤な石が映っていた。さらに胸には大きな傷……アルフレッドはその姿が、自分が切り捨てたはずの、魔王のものであることに驚愕する。

「う、うわぁぁあああ!!」

 大声で叫ぶと共に、アルフレッドは寝ていたベッドから落ちてしまう。動転しながらも、彼は改めて自分の体を確かめる。それは明らかに彼のものではない。腕や足は長く、それでいて痩せていて弱々しい。これまで幾多の戦場を超えてきた、自慢の肉体とは似ても似つかない。

「俺が……魔王???」

 魔族の女はようやく事態を飲み込む。腰の翼を瞬時に剣のように変形させ、瞬時にアルフレッドの喉元まで伸ばし、突きつけた。

「お前……魔王様じゃないな? 何者だ!!」

 アルフレッドは状況が飲み込めていない。しかし、質問にどう答えるかで、自分の命が消えることはわかる。うまく言い繕うか、誤魔化すこともできた。しかし、それが最期の言葉になるとすれば、彼には嘘など口にできなかった。

「俺は――勇者だ!」

 少女は険しい表情を浮かべる。必死に現状を把握しようと努めている様子だ。

「お前の姿は、私の知る魔王様のものだ。だが、お前自身は……勇者なのだな?」

「どうしてこんなことになったのか……それは俺にもわからない。だが俺は間違いなく、勇者だ」

 少女は必死に考えている様子だ。しかし、アルフレッドの顔を……瞳を見つめた瞬間、何かに気づく。彼の瞳が、力強く輝く〈碧〉に染まっていたからだ。

「微かな煌きすら帯びぬ黒。虚ろな闇を湛えた瞳こそ、双頭竜を統べる我が主――その証」

 瞳の色の変化――そこに輝く信念は、自分の知る魔王のものとは違うことを女は見て取る。そして、アルフレッドの言葉を信じさせる十分な理由となった。

「お前が勇者だというなら、選べる道は二つに一つだ」

 女の鋭い翼は、さっきよりもさらにアルフレッドの首に近づいた。彼女の眼光が、鋭く彼を射抜く。

「ここで私に殺されるか、それが嫌ならば……」

 アルフレッドは息を飲んだ。

「お前が魔王になれ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る