鋼鉄の恋愛マニュアル

キチゴエ

鋼鉄の恋愛マニュアル

■ソビエト高校 新学期初日


ここに、一人の新入生がいる。


母「ハンカチ持った?」


彼の名は五郎。


五郎「うん……大丈夫……」


小・中と地味キャラだった彼は、高校生活に淡い期待を抱いていた。


五郎(もしかしたら、好きな女の子とかできちゃったりして……彼女とか、できちゃったりしてー><)ドキドキ


五郎「行ってきます!」ガチャァ(ドアを開ける音)


ドガゴォッ!(バイクが五郎に当たる音


超大型バイク・ライトニング・ファントムが五郎に激突!


コンクリに叩き落ちる五郎!


???「チッ……よくも共産党の所有物であるバイクを傷つけたな!強制労働200年!」


朦朧とする意識の中で、妙に幼い舌打ちだけが五郎の脳裏に残っていた。



■数ヶ月後 ソビエト高校


新学期開始から数ヶ月、ソビエト高校は鉄の規律に支配されていた!


遅刻は即退学、課題未提出は強制労働、部活動は毎日9時間!


この狂気の支配を実現したのが、ある1年生の風紀委員だ。


鋼鉄の体を持つそのサイボーグは、対象をどこまでも追いどこまでも壊す!

顔のガスマスクから漏れ出る排気音は破壊の旋律!

愛馬の超大型バイク・ライトニング・ファントムの遠吠えが響く時、学生生活は終わりを告げる!


生徒は彼を、恐怖をこめてこう呼んだ。


”鋼鉄五郎”。


誰も、彼には逆らえない。


■ある放課後  ソビエト高校 中庭 


放課後のソビエト高校。

その中庭に、怪しげな影が一つ!


マサ吉「よし……誰もいない!」


1年F組、マサ吉少年が花壇に近寄り、ケシ科の花・ハナビシソウに手を触れた。


その時である!


ブォオオオオオオオオオオオオオオオンッ!


校舎の屋上から、でかいバイクが落ちてきた!


ズドアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!(着地する音)


マサ吉「7000CCの排気音…まさか……」


鋼鉄五郎「貴様、共産党の所有物に何をしていたァ!」


――鋼鉄五郎、見参。


超大型バイク・ライトニング・ファントム「グガラゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


マサ吉「うわあああああああああああああああああああああ!」ガクガクブルブル




彼はキーをバイクから抜き、ズボンのサイドポケットにしまう。


鋼鉄五郎「もう一度聞く!貴様、共産党の所有物に何をしていたァ!」


マサ吉「み、水をやろうと思……」


鋼鉄五郎「100tパンチ!」

マサ吉が校舎の壁に激突!


鋼鉄五郎「貴様の所属は図書委員会!ソビエト・ローカルデータブックにはそう記してあるぞどういうことだァ!」


ソビエト・ローカルデータブック。

ソビエト高校のありとあらゆる情報がまとめられた恐るべき本。通称エロ本。



マサ吉「……好きな、女の子がいるんです……」





五郎(もしかしたら、好きな女の子とかできちゃったりして…彼女とか、できちゃったりしてー><)




鋼鉄五郎「……」


マサ吉「同じ一年生の、鳳仙春香(ほうせんはるか)さん…」


鋼鉄五郎「……いつも図書館の奥にいる、かんざしポニーテールの地味女だな。エロ本にもそう書いてある」


マサ吉「でも僕、これまでほとんど女の子と話したことなくて……。でもネットで調べたら、女性に花束を贈るのは良いテクニックだって!これなら絶対落とせるって!」


鋼鉄五郎「100tパンチ!」

校舎の壁にマサ吉が激突!


鋼鉄五郎「テクニック!?絶対落とせる!?女子はおもちゃではない!仮にも女を惚れさせようとする人間が、細工に頼るな!テクに頼るな!そんな情けない事を堂々と……」


言うなああああああああああああああッ!


もう一発1000tパンチ!

壁を突き抜け校舎を突き抜け、マサ吉は海の見える丘に飛び出す!


マサ吉「うぐっ……げほぉ……」


倒れたマサ吉の襟を持ち上げ、五郎は顔を近づけた。


鋼鉄五郎「女を惚れされるマニュアルなど無いっ!」

鋼鉄五郎「嘘をつくな!」

鋼鉄五郎「自分を飾るな!」

鋼鉄五郎「お前はお前のままでいろ!お前のここに……」


五郎はマサ吉の心臓をグーでノックする。


鋼鉄五郎「正直でいろ」


ドクン!


マサ吉「鋼鉄さん……」


鋼鉄五郎「それが鋼鉄流恋愛マニュアル!」

鋼鉄五郎「……もう俺に心臓はない。唯一残った人間の部分はこの肺だけだ」


五郎がマントをめくると、肺の部分にだけ皮膚があった。


五郎のマスクから漏れ聞こえる痛ましい呼吸音。


鋼鉄五郎「その胸のドキドキこそ、貴様が人間たる証」

鋼鉄五郎「迷った時は、自分の胸に聞いてみろ。答えはいつもそこにある」

鋼鉄五郎「自分を見失うな、同志マサ吉」


マサ吉「……」


鋼鉄五郎「最後に一つ、ソビエト高校・校訓を授ける!」


マサ吉「は、はい!」


鋼鉄五郎「革命!」


鋼鉄五郎「闘争!」


鋼鉄五郎「進歩!」


五郎のマントが潮風になびく。


鋼鉄五郎「……恋を楽しめよ、人間」



静かに歩いて行く鋼鉄五郎を、マサ吉は見送った。


どこか寂しげなその背中は、今までで一番、人間に見えた。




■翌朝 ソビエト高校 風紀委員室


爆発音<ドガオオオオオオオオオオオオオオッ!>


アリサ書記長「チッ…なんの音だ、騒々しい」


風紀委員「は!アリサ書記長!鋼鉄五郎が、図書委員の粛清にあたっております!」


――アリサ書記長。銀髪碧眼の美幼女ながらに、ソビエト高校の実権を一手に握る恐怖政治第二の象徴である!


アリサ書記長「五郎が……?」



■ ソビエト高校 図書室最奥・恋愛小説のコーナー


マサ吉「図書委員です!一体なんのさわぎで……」


マサ吉が駆けつけた時、図書室は火の海となっていた。

この地獄の中で、鋼鉄五郎はある図書委員を締め上げていた!


鋼鉄五郎「貴様……図書館の新書リクエスト権限を独占し、私的な趣味の本を購入していたな!?」


鳳仙春香「うっ……ぐっ……ずびばぜん……」


マサ吉「鳳仙さん……!?」


鋼鉄五郎「共産党の金で何を買ったかと思えば、全て歯がゆい恋愛小説!甘い!認識も思想も態度も匂いも、あまああああああああああいッ!」


五郎が鳳仙を投げ飛ばす。


マサ吉「鳳仙さん!」ガシィツ!(鳳仙を受け止める音)


鋼鉄五郎「ほぅ……同志マサ吉か。その女を渡せ!裸で校内引き回しの上、獄門にかける!」

マサ吉「……引き回し!?獄門!?人間のやることじゃない!」


腕の中の鳳仙は、Yシャツが破れ、ところどころから血が出ている。

息苦しいのか、必死に呼吸しているのが身体の収縮から伝わってくる。


鳳仙「うぁっ……あぁ……」


鋼鉄五郎「渡せ!」


鳳仙春香「恋愛とか……したことっゴホァ……無いから……それで……恋愛、小説を……」


マサ吉「……!」



マサ吉「でも僕、これまでほとんど女の子と話したことなくて……。でもネットで調べたら、女性に花束を贈るのは良いテクニックだって!これなら絶対落とせるって!」



マサ吉「あぁ…!あぁ…!」


浅い呼吸を繰り返しながら、少しづつ弱っていくのが手にとるようにわかる。


鋼鉄五郎「渡せェッ!」


鳳仙春香「マサ吉君……離して……もう、いいから……」



初めて目が合う。眼鏡の奥に、海より深いエメラルド色!




ドクンッ!





鋼鉄五郎「迷った時は、自分の胸に聞いてみろ。答えはいつもそこにある」





鋼鉄五郎「渡せエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」


五郎が恋愛小説の棚を投げる!


激突!煙!粉塵爆発!


鋼鉄五郎「やったか……!?」




投げたはずの本棚が、巨大な机に阻まれている!

図書館特有の巨大デスクを!盾として使ったのだ!


鋼鉄五郎「野郎ッ……!!」




マサ吉「僕の心臓が言っている……」


煙の向こうに見えるのは、女を抱えた一匹の餓狼!


マサ吉「お前を倒せと言っている……」



見開かれた男の目には、一瞬たじろぐ気迫があった!


マサ吉「どうしたサイボーグッ!?」

マサ吉「僕の心臓は、まだ……」



ドクンッ!



マサ吉「止まってないぞッ!?」





鳳仙春香「……ッ!」


鋼鉄五郎「ククク……後先考えないその思想がッ!崩壊を呼ぶッ!」


五郎がマッハ6で飛んでくる!


マサ吉「鳳仙さん、借りるよ!」

鳳仙春香「えっ」


マサ吉は鳳仙のかんざしをポニテから抜き、一人で走る!


彼女の解けた黒髪が、炎上する図書室に映える!


鋼鉄五郎「100tパンチッ!」

フルメタルの右腕が亜光速で迫る!


マサ吉「その攻撃を待ってたんだッ!」


マサ吉はパンチをかわし、鳳仙のかんざしを五郎の右腕にこすり当てた!


ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!


鉄と鉄が擦れ合い、火花!火花!火花!


鉄と鉄が亜光速で擦れ合い!お互いを研いでいるのだ!


マサ吉「完成ッ!鳳仙ニードルッ!」


なんということだ!かんざしを五郎の鉄の腕で研ぎ、針にしてしまった!


鋼鉄五郎「……エンターテイナーめ!身の程を知れァッ!」

500t膝蹴りがマサ吉の腹をえぐる!吐血!

マサ吉「ごっぐッ!!」


鳳仙春香「マサ吉君ッ!」


マサ吉「……すべてはッ!この瞬間のために捧げてきたんだ!」


鳳仙ニードルが五郎ズボンのサイドポケットを引き裂く!

そこに入っていたのは……!


鋼鉄五郎「ライトニング・ファントムの……」


マサ吉「起動キーだ!」


マサ吉の手が、起動キーを掴む!閃光!


鋼鉄五郎「貴様ああああああああああああああッ!」


五郎が吹き飛ばされる!

宙に描かれる巨大魔法陣!

亜空間転送ゲートが開いたのだ!


ゴオオオオオオオオオオオオオッ!


超大型バイク・ライトニング・ファントムは場所を選ばない。

主がどこにいようと、亜空間から駆けつける!これこそが、最高の名馬の条件!

三国志にも書いてある!


ゴオオオオオオオオオオオオオッ!


マサ吉の背後に光る魔法陣!

その中心から召喚されし装甲名馬!


ライトニング・ファントム「ウオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


超大型バイク・ライトニング・ファントム、現界ッ!


マサ吉「ライトニング!力を貸せ!」


マサ吉がバイクにまたがる!


マサ吉「今、伝説を作る!」


ブロオオオオオオオオオンッ!

ライトニングの瞳が光り!変形が始まる!


鋼鉄五郎「馬鹿な……俺の知らない形態があるのか……!?」


超大型バイク・ライトニング・ファントム、人型二足戦闘形態!


マサ吉・ライトニングファントム「アリヴァイズッ!」


衝撃波。

無数の蔵書が、解かれ裂かれ、紙切れとなる!


炎上する図書館で、1機と一人が向かい合う!




鋼鉄五郎「ククク……良いぞ……己の身体に従ってこそ!それでこそ人間ッ!鉄の規律に縛られようと!ソビエト高校の生徒は!末席に至るまで血の通った人間でなければならぬ!」


五郎がマントを脱ぎ捨てる!


鋼鉄五郎「ソビエト高校、校訓ッ!」




鋼鉄五郎「革命!」

マサ吉「革命!」




アリヴァイズが走り出す!




鋼鉄五郎「闘争!」

マサ吉「闘争!」




鋼鉄五郎が走り出す!




鋼鉄五郎「進歩!」

マサ吉「進歩!」




交錯する2つの拳!






鋼鉄五郎「今の気持ち、ゆめ忘れるな……」


アリヴァイズの右腕が、五郎の肺をえぐっていた。

五郎の右腕が、アリヴァイズの腹をえぐっていた。


マサ吉「ありがとう……ございましたァッ!」ポロポロ


大爆発!


■後日 放課後 ソビエト高校 風紀委員室


アリサ書記長「図書室全壊、ライトニング・ファントム全壊!貴様は全治3ヶ月!党の所有物をなんだと思っている!」


鋼鉄五郎「申し訳もございません!」ペコペコォ


アリサ書記長「私は貴様の処分を検討している!」

鋼鉄五郎「迷っておられる……?」

アリサ書記長「うむ、死罪にするか獄門に処すか、デリケートな問題である!」


鋼鉄五郎「そういう時は……」


五郎がマスクを取り、アリサに瞬時に近づく!


その美乳に、鉄の右手が食い込んだ!


アリサ書記長「ふぁっ!?///」


鋼鉄五郎「身体に聞かれるのが、よろしいかと」キリッ


ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!


鋼鉄五郎「体は正直じゃねえか……」


五郎が蹴り飛ばされる!



アリサ書記長「き、きききき貴様の罪状を言ってみろァ!///」


鋼鉄五郎「強制労働200年です!」


アリサ書記長「そうだ!貴様はあの日、バイクに轢かれ、身体を失い死んでいる!今の貴様は鋼鉄五郎!党の所有物!所有物に、自由も青春も無い!したがって、怪我も病気も許さんぞ!」

アリサ書記長「200年間党のために、この書記長である私のために尽くしてもらう!返事は!?」


鋼鉄五郎「ハイィッ!」


鋼鉄五郎「あっ、書記長、口元におやつのアイスが残っております」ハンカチでフキフキ

アリサ書記長「おっすまぬ」


アリサ書記長「そうではないわ!///」


風紀委員室が爆発する音「ドガゴオオオオオオオオオオオオオオッ!」


■同日 放課後 ソビエト高校 保健室 ベッドルーム


マサ吉は爆発音で目を覚ます。


マサ吉「はっ!俺は一体!?」


知らない天井。

外から生徒の賑わいが聞こえてくる。

窓から差し込む、オレンジライトが教えてくれる。今は放課後。


マサ吉の体中に巻かれた包帯が、あの戦いの存在を保証した。

右手には、何故かハナビシソウの花が一輪握られていた。


マサ吉「……鋼鉄さん……」


時刻は午後6時半。


マサ吉(帰ろう……)


ベッドルームから保健室につながるドアを開ける。



マサ吉「……!」








無人の保健室のソファで、本を読みながら居眠りしている美女が一人。

かんざしが無くなったからか、髪を下ろしたままである。



マサ吉「……」



マサ吉はそっと忍び寄り、その前髪にハナビシソウの花を飾った。


マサ吉(かんざしのお返しだ)


マサ吉(ありがとう)


そう、心の中で念じながら。

マサ吉は、静かに保健室を出ていった。








鳳仙春香「……どういたしまして」





ドクン。



ケシ科 / ハナビシソウ属、ハナビシソウ。




花言葉は、相思相愛。



Fin



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