07-07-02:普通ではない食卓
ナリダウラの先導でシオンとハシントはイルシオの街を歩いていた。ハシントは薄いベージュのワンピースドレスを着ている。彼女いわく普通の服であるし実際地味なデザインでは在るのだが、如何せん彼女は品が良い。また服の生地は非常に質が良く、どうみても『良家のお嬢様がお忍びで出てきた』というふうにしか見えない。実際彼女はファルティシモという大家の娘。良家の子女であることに間違いは無いが、メイド服と違う意味で目立っていた。
これは隣を歩くシオンが武装する護衛のように見えることも一因となっている。
「というかハシント。本当についてきてよかったのですか?」
「今更ですわ若様……それとも残っていろとお申し付けです?」
「そうは言いませんし……そもそも僕には命令権が無いでしょうに」
「ですが若様、私は――」
続く言葉をシオンが遮り、うーんと唸る。どうにも気になることが合ったのだ。
「かなり今更ではありますが、ハシント。その『若様』というのやめてくださいね? そもそも僕達は嘗ての主従でしかなく、今はただの知古でしかありません」
「しかし若様……」
「ハシントの気持ちはわかりますが、しかし現状『若様』と特別視するほどではないですよね」
シオンの言葉も確かに納得できる。長年そう呼んでいたからこその慣れというのも在るだろうが、ハシントはハシントの人生を歩みだしていた。もはや袂を分かつ今となっては若などと呼ぶこともないだろう。
だからこれは気持ちの問題であり、分別をつけるのであるならばやはり呼び名は改めるべきだろう。ハシントは少し深呼吸してからうなずいた。
「――ではシオン様、と。そしてついていく理由は2つ御座いますわ。まずステラ様が私の恩人でもあり、カスミの恩人でも有ります。その上でステラ様へ恩返しをするに1番近い道筋は、シオン様をお支えすることに他なりません。故に私は動くのです」
「……ならばもう問いません。行くとしましょう」
ハシントの強い視線を受けたシオンは肩をすくめてナリダウラの背を追う。道行きはやはり複雑で、昇降機を上り下り、街の外縁部へと向かっていく……のだが、シオンは何か違和感を感じていた。
(おや? なにか見覚えがあるような……)
シオンはこの道行きが見慣れたものであることに気付く。つまりごく最近通った道ということだ。思い返せばステラとこの街に来た日に歩んだ道を逆走する形であるとわかる。どこまでも同じ道を辿るのでシオンは何か良いやら悪いやら予感が過った。
「その……伯父様、これからどこへ向かうというのです?」
「すぐわかるよ、すぐにね」
果たしてそれは現れた。町外れにあるだいぶぼろっちい建物は、ステラとこの街で最初に食事をした店だ。彼女いわく『期待が出来る』と言っていたが、料理はかなり微妙だった店である。
「ここは……」
「おや、来たことが有るのかい?」
「この街に来たとき最初に来た食堂ですね。探索者ギルドで紹介されました」
「なるほどね……じゃあ少し待ってね」
どうやらステラの鼻は料理の匂いではなく、危険な事件の香りを嗅ぎ取っていたらしい。なんとも鋭い勘だと思っいつつ入店すると、ナリダウラはいつか見たエプロンのエルフ女性に目を向ける。
「おや、あんたか。今日は何を頼むんだい?」
「牝鹿の煮込みはあるかな」
「あいにく売り切れでね、猪のステーキなんてどうだい?」
「いや、ならケチャの包み焼きはあるかい」
「ならちょっと時間がかかる。こっちで待ってな」
そうして店の奥、扉の先の一室に通され給仕は退室していった。部屋の中はごく一般的な食堂であり、表のボロさとは裏腹に中々しっかりした作りとなっている。少なくとも椅子に座ってガタついたり、テーブルの表面にあなぼこが空いているようなことはなさそうだ。
また壁際には上半分が本棚になっている戸棚が1つだけあり、場末のボロさにしては珍しくぎっしりと詰まっている。明らかに怪しい一角だ。
「さて、ちょっとまってねーっと」
ナリダウラが本棚の一冊を手に取り、少しだけ引き出して一気に押し込んだ。すると『かちり』と音がなり本棚がズレた。そのまま引っ張ると、戸棚は扉と成って開いていく……。開いた先には下へと続く急な階段が現れた。
「符丁に加えて隠し通路ですか、なかなか凝っていますね」
「まぁ之くらいはしないとね。じゃあいこうか」
ナリダウラに従い階段を降ると、背後でギィと扉が閉まる音がした。本棚の扉が閉められたようだ。先導するナリダウラの〈ライト〉が照らす中を地下深く、3階層は潜っただろうか……するとシオンの耳にガヤガヤと人の声が聞こえるようになる。
「大分人が多くいるようですねぇ」
「そのようです……思ったより大規模なのかもしれませんわね」
そうして案内された先、光差すドアを開け放つと思った以上の大広間が3人の前に現れた。巨大な屋敷もかくやと言うほど広い空間に、多種多様に々な人々がゆきかっている。その人口密度は地上の往来と大差ない位だ。
「これは驚きました……」
「地下にこのような空間があるとは」
くつくつと笑うナリダウラは振り返り、両手を広げてこういった。
「さて、ようこそレジスタンス『アカシア』本部へ。歓迎するよ、シオン。ハシント」
いたずらが成功したように嬉しがる彼に、2人は目を瞬かせる。
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