07-03-03:先見のアイリーシャ
リビングではハシントが楽しそうにお茶の準備をしてくれた。やはり生粋のメイドなのだろう。その仕事に誇りを持ち、また楽しみを見出している。そんなハシントの出してくれたのはなんと緑茶であった。ステラが飲んでみた限りでは玄米茶に近い。なんとも面白い近似点だなぁと思いつつ、これならお茶菓子は煎餅が食べたいと思うステラである。
のほほんと食べ物のことを考えているステラと反対に、シオンは真剣な眼差しでヒメラギに言葉を向ける。
「ヒメラギ御祖母様……イオリ姉様が『先見』を見出したと伺いました」
「そうよ! 私が『先見の巫女』なんだから!」
そういって胸を張るイオリであるが、シオンとステラが向ける目線にはやはり憐憫が交じってしまう。2人は人の魔核を削る『魔喰らい』の病が『先見』と直結している真実を掴んでいた。なによりその発作と最後を目にしているのだから、憂いが浮かぶのも当然だろう。
だが何故彼女に『先見』が発現したのか。少なくとも先代の死をもって次の巫女に受け継がれる事はアイリーシャ家の中でも認識されていた。故にヒメラギはイオリが『先見』を見出した時、娘の死をいち早く知ることになってしまったのだが。
「御祖母様、母様の最後は――」
「ハシントから聞いているよ。とても穏やかに逝けたそうだね」
「ええ、使用人の皆も笑顔で送り出す事ができました」
「そして手伝いをしてくれたのがステラさん、貴女だそうだね。ありがとうよ、娘の最後を看取ってくれて」
「……あはは」
緑茶をこくりと飲むステラは、しかし自嘲して笑う。そこに自惚れも傲慢もなく、ただ悲しみだけが揺蕩っている。
「謝礼を受ける資格はないよ。わたしは結局何もできなかったのだから」
「どういうことだい? よくやったと聞いているが」
「……カスミさんの最後は穏やかではあったが、死期を早めてしまったのも他ならぬわたしだ。貴女の娘を救ったのがわたしだとしたら、殺したのもまたわたしなのだよ。神が許したもうたとて、わたしはわたしを赦せそうにない」
顔をうつむける彼女の指は少し震えている。あのときのことは未だにトラウマであり、彼女が救える者は全て汲み取ると決めたきっかけでもあった。だが、だからこそヒメラギはステラに微笑みかけるのだ。
「あの子は最後、あんたを恨んでいたのかい?」
「いいえ……カスミさんは最初から最後まで、
「なら良いさね。良い顔で逝けたならそれに越したことはない。貴女を恨むものは誰ひとりだって居やしないさ。カスミも今頃、ル・レイスでゆっくり休んでいるだろう」
そう言って笑顔を浮かべるヒメラギは手元のカップを揺らす。香り立つお茶の香りが彼女の鼻をくすぐった。
「少し老婆の話に付き合ってくれるかい?」
「ええ、もちろんだとも」
「カスミはね、もともと身体がとても弱かったんだがすごく頑固者でね。『やる』と決めたら何が何でもやり通す子だった。『先見』の結果が悪ければ、ほうぼう駆け回って止めるために頑張っていたよ。その度体調を崩すんだからもう心配しかかりでねぇ。そして己の最後を見出すや否や、ヒューマの王家に嫁ぐなんて言い出したんだから。アタシゃどうしようかと思ったもんさ」
「それも予言によるものだったのかい?」
「結局はそうなるねぇ。ひどい『先見』もあったもんだと怒ったものだが……最後に笑えたならあの子も報われたろうよ」
なんだかしんみりしてしまった場に、当代のイオリもなんだか気まずそうに身を縮こまらせた。彼女も生前のカスミと会ったことがあり、言う通り優しい叔母だったということを覚えている。まるで母親が2人になったように暖かくてふわふわしていて……とてもきれいな女性だった。
その時の事が忘れられず、イオリも真似して髪を伸ばすようにしているのだ。
それに巫女である以上イオリは己の命が長くないと――もちろんエルフ基準でだが――知っている。だからこそ、死後もこうして想ってくれる人がいる事が少し羨ましいなと彼女は思った。
同じ思いを抱くシオンは、だからこそイオリに当たり前を生きてほしいと願っている。彼にとってもイオリは大切な肉親なのだ。
「御祖母様、率直に申し上げます。僕達にはイオリ姉様の『先見』……つまり『魔喰らい』の病を対処する用意があります」
「……ああ、だろうね。ステラさんが成し、話を切り出したならそういうことなのだろう」
カップをかちりと置くヒメラギは、苦しそうに息を吐いた。
「だが不要だよ。アイリーシャの巫女は総て『先見』と共にあるのだからね」
苦渋とも言える言葉にステラが息を詰める。
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