07-03-02:イオリさん罷り通る

 アイリーシャ邸のリビングのソファーで、シオンはうつろな目をしてゆっさゆっさと揺さぶられていた。


「シオンちゃんシオンちゃん、何かしてほしいことない? おねえちゃんがだっこしてあげる!」

「シオンくんシオンくん、何か欲しいものはないかい? 今なら世界の半分イケるんだが!」

「どっちも要りませんし狭いです」


 彼の両手はイオリとステラにがっしり捕まれ、謎のアピールをされている。広いソファーなのになんと狭苦しいことか。げんなりするシオンに、対面するハシントが嬉しそうに微笑んだ。


「両手に花ですわね」

「笑ってないで助けてくださいよ……」

「いえいえ、楽しそうではありませんか」

「僕は楽しくありません」


 すわ味方はないのか、そう思うシオンだがちゃんと助け舟はあった。


「こら、イオリ! シオンが困っているだろう。離したげな」

「やだ!」

「まったく……誰に似たんだか」


 お誕生日席で呟く彼女こそシオンの祖母ことヒメラギである。とはいえそこは長命種、祖母と言えども肌艶は20代女性のそれに匹敵する。とても『おばあさん』だなどと言えない若さだ。


 ヒメラギの溜息に追従するにステラが、ハッと笑ってイオリを指さした。


「おいおいお嬢ちゃん、他人に迷惑を掛けるのは淑女のすることじゃあないぜ。さっさとはなれるんだな」

「あら、シオンちゃんはひっこみじあんだもの。押すぐらいがちょうどいいわ、お、ば、さ、ん?」

「ハハハてめえこのやろう?」

「フフフなにかわるいの?」

「あ゛?」

「お゛?」


 嘲笑と能面が交差し、シオンは雷撃が飛び交うさまを幻視した。いやそれよりなにより重要なことがある。


「ふたりとも五月蝿いです暑いです狭いです。いい加減離れてください」

「やだー!」

「譲れないんや!」

「……2人とも嫌いになりますよ」

「「ごめんなさい」」


 瞬間2人がバッと離れて座り直す。だがお互いににらみ合いは続いており、間に挟まれたシオンは何とも居心地が悪い。だがのほほんと傍観しているハシントはエンジェルスマイルだ。


「早速仲良しになられたのですね」

「なってないわよ!」

「せやでハシントさん! これは宿業なんや!!」

「だから五月蝿いですって」

「「すみません」」


 ぐぬぬとにらみ合い、シオンはいい加減諦める。何ともやりづらいことになってしまったが、憂いているのはシオンだけではない。


「すまないね、帰ってきて早々うるさくて。イオリときたら昨晩来ると知って、そりゃあ飛び跳ねて喜んでいたのさ」

「いえ、『だろうな』とは思っていたので理解はしています」

「しかし相変わらず堅苦しい喋り方だねぇ。もっと砕けても良いんだよ?」

「申し訳ありません御祖母様、こればっかりは性分ですので。ところで曾御祖母様は――」

「昨年流行病ころっと逝っちまったよ、まだ若かったってのにねぇ」

「そうですか……」


 しんみりした場にさすがのイオリとステラも恐縮し縮こまった。


「しかしシオンや。たった20年とはいえずいぶん大きくなったね。今年で28だったかい? ずいぶんしっかりした物腰だよ」

「僕は人とのハーフですからね。成長が少しだけ早いだけですよ」

「それでもさ。イオリ、あんたもシオンを見習いな」

「うっ……」


 問われたイオリがしょんぼりと項垂れる。ヒューマで言えば7歳程度なのだが、どうやらだいぶんお転婆に育っているようだ。


「で、そっちのステラさんか。シオンはよくやっているかい?」

「うむん! 何時も助けられてばっかりだけど、頼りになる相棒だよ」

「そりゃよかった、この子も早熟すぎて心配してたんだ。身体の弱いカスミを助けるんだーって何時も言ってたからね」

「なるほど、君らしいなぁ」


 ステラが笑いかけ、イオリがとたん不機嫌になる。ステラの優しげな笑みがなんとも好かない。彼女にとってステラは降って湧いたイレギュラーである。シオンのおせっかいはイオリが独占していたのだ。だというのにこの女ときたら突如現れて全部をもっていってしまったのだから。


「ところでナリダウラ伯父様とハオリ伯母様は? 姿が見えませんが」

「使用人と買い出しに行ってるよ。イオリが人が増えると『先見』したからね、一番いい食材を探してごちそうの準備さ」


 ごちそうにピクリと反応したステラだが、はてなと首を傾げてシオンに問う。


「シオンくん、そのナリナリナさんとハオウさんってのは……」

「ナリダウラ伯父様とハオリ伯母様です。イオリ姉様の両親で、母様の姉夫婦ですよ」

「ああ、なるほどなぁ」


 どうやらアイリーシャ家は祖母と姉夫婦と娘の3世代5人家族で生活しているようだ。


「さて、御祖母様。今日罷り越したのは顔を見せるためだけではありません。イオリ姉様について話があります」

「でしたら若様。長い話になりますし、お茶の支度を致しましょう。ヒメラギ様、キッチンをお借りしても宜しいですか?」

「ハシントのお茶なら大歓迎さ。ぜひ使っておくれ」

「承知しましたわ」


 やんわり笑顔で消えていくハシントであるが、彼女はいつの間にかエプロンを着用していた。一体どこに隠していたのだろう、やはり侮れぬとステラは呻くのだった。


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