06-10-02:星の一刺し

 シオンはヴルカンの街、北壁の上でヴォルカニア火山の様子を伺っていた。周囲にはそれぞれドワーフの魔道具技師や戦士たちが、形もそぞろな魔道具を持ち寄って準備に勤しんでいる。全てが噴石迎撃用の大型魔道具達だ。中には違法ともとられる超兵器も存在している……ように見える。


(明らかにヤバイものがあるんですがいいんですかねぇ)


 所謂宝具……いわゆる戦略兵器と疑わしいものが数多くあるのだ。ステラが見たところ、盛大に空笑いして『わたししーらない!』と言ったことから相当な品物であることは間違いない。


 シオンがイフェイオンを通じてアルマドゥラへメッセージを頼んだとはいえ、この有様にはシオンも閉口せざるを得ない。然して必要な措置なので黙って前を向く次第である。


(流石に1人で全ての噴石を撃ち落とすなどできませんしね)


 ステラは満面の笑みで『君ならできる』と断言したが、彼1人で街をまるまるカバーなど出来ようはずがない。それ故に企みを漏らしたのだが……見る限り何とも目新しいお祭りのようにも見える。


(そういえば、ステラさんが魔道具博覧会なるものの起案書をかいてましたっけ)


 作った魔道具を展示し、商人バイヤーに交渉する公開展示会の企画。通常なら交渉からして難しいかも知れないが、懐具合が苦しい今なら賛同する者も多くいるかも知れない。起案するステラは語りつつ、ここを引き払う前にアルマドゥラに送ると言っていた。シオンも無類の魔道具好きの貴族を幾人か知っているので、もし開催が叶うなら成功するだろう。


「ん……」


 ふと[辻風]ワールウィンド竜胆ゲンティアナに巻き付いたリボンのヘビ、リヤンが手首をこしょこしょとくすぐった。それを機に、シオンは遠く偉大なる山麓を見やる。


「はじまりますか」


 そろそろこの荒唐無稽を現実に引っ張り起こす時間のようだ。山をみやれば赤色の螺旋が山を覆い、天へ向かって突き出されていく。ドワーフ達も異変に気付いて指をさし口々に異変を叫び合った。


 シオンは無言でスラリとティアナを抜刀し、刃に薄く〈スパーダ〉の輝きを灯す。なんと軽い剣なのだろうなんと重い感覚なのか。以前のロングソードであれば魔力を押し流すように使っていたのだが、この剣はするりと全てを受け入れる。望んだ形を望んだままに表す素直で危うい刃だ。


(今は更に危険ですからね、気をつけねば……)


 なにが、といえば今の彼はステラのバックアップを受けている状態であった。つまり今いっときに限り、ステラの無尽蔵の魔力を供給されている。ただでさえ鋭い切れ味のゲンティアナであるのに、本来以上のスペックを引き出すことが可能なのだ。これを見たステラは『山の1つも割れそうだねぇ』などと嘯いたが、望むなら出来そうなのがまた恐ろしい。


 息を吐き正眼に構えた先。遠くヴォルカニア火山は紅いリボンで螺旋のデコレーションが施され、山なりの砲塔が組み上げられて奇妙な唸りを上げている。


(これほどの大魔法、たとえハイエルフでも出来っこないでしょうね)


 山1つを覆い、つなぎとめる奇跡である。今この時代でステラ以外に行使できるものが果たしているのかどうか……。


「来る……!」


 遠く山が身震いし、空間が震えあがり、大地が揺れた。



――ゴォン!



 音としてはそのように聞こえた。震える山の頂点より灼熱と黒煙が渦を巻いて伸び上がり、天を貫いてなお果てへと至る。まるで中天の星を射抜くような一刺しであった。


(聞いてましたが強烈ですね……)


 灼熱の神槍は天を貫き、なお抉るように登る、昇る、上る。ドワーフ達はあまりの出来事に恐れおののいている……だが驚いてばかりもいられない。結果として降り注ぐのは溶岩が固まった軽石のシャワーだ。こまかい砂利が無数に降り注ぎ、コンコンカランと防護障壁に当たって落ちていく。


 小さいものはそれでいい、だが時折砕けそこねた大玉が幾つか目についた。防御障壁は絶対ではない。負荷を最低限にするため迎撃が必要だ。


「おう、きおったわ!!」

「魔石準備せえ! じゃんじゃんもってこい!!」

「構わん、撃ェイ!!!」


 ギョウム、と音が鳴りひびき幾多の魔道具がその驚異を天へと開放する。赤、青、黄、緑の四方属性。白、黒の双子属性。それぞれの属性が彩り豊かに岩を撃墜していく。ばきりべきりと音を立てて砕け落ちる灼熱の弾丸は、爆発四散して障壁を転がり落ちていく。


 たしかに超兵器達は素晴らしい戦果をあげた。しかし完全ではない。撃ち漏らしたいくつかは障壁を突き破り、しかし街の到るところから魔法の砲撃が空中へ向かってぶち当たる。


 建物は破砕し、冷めきらぬ灼熱が建物に火をつける。噴石の中央は冷めておらず、天然の焼夷弾となっているのだ街の至るところで消火活動に勤しむ声がシオンの耳に届き、剣の柄をぎゅうと握りしめる。


 だがまだだ。彼が研ぎ澄ますべきは他にいる。


「……


 直径20メートルはあらんとする大玉が此方に向かってきている。距離200メートル、直撃すれば街の防壁でもひとたまりもない。


 慌てたのはドワーフたちだ。大型魔道具の照準を慌てて向けて、魔石を補充するが間に合うまい。だからこそ己はここに居るのだとシオンは剣を下段に構えた。


 今からでも切り分けるなら訳はない。だがそれではあまりに遅く、そしてまるで意味がない。だからこそシオンはよくよく己を制して時を見計らう。


 3、2、1、己の間合いに岩は来た。


「ッ!」


 魔力は全開、ありったけの力を込めて剣を振るう。研ぎ澄ます初撃に続き、無数の剣戟を見舞う。はたから見れば狂ったように振り回しているようにもみえるだろう。だが斬撃はたしかに岩石に届いている。剣を振るい繰るは『斬る』という概念。剣身が〈スパーダやいば〉の名の通り、岩は微塵に切り咲いた。


「なんじゃぁ?! 割れよったぞ!」

「ようわからんが助かった!」

「まてい皆! あそこにあるはシオン殿じゃ! 支援に駆けつけて参ったのじゃ!」


 からんころんと砂利が降り注ぎ、目を丸くしたドワーフたちが此方をみて、次いで喝采が沸き起こる。


「喜ぶのは後です! まだ来ますよ、次を急いで!」


 シオンが叫び、我に返ったドワーフたちが慌てて準備に取り掛かる。それを見たシオンは遠く朱槍をみやりため息をつく。


「さて、どうなるでしょうね。そろそろだと聞いていますが……」


 つぶやきと同時に、つんざくような悲鳴が聞こえた。

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