06-07-04:落成
街の中に町を造る。この大規模プロジェクトについて、ヴルカンにて知らぬものは誰一人としていない。そしてオンセンなる風呂の情報も行き渡っている。
曰く気持ち良いものだと。
曰くサッパリするものだと。
曰く無限の湯に浸かるものだと。
「だからこそ落成式典は街の目玉になるのは目に見えていた」
実際物珍しさから集まったドワーフ達は多岐にわたる。一種の祭り状態だ。だが街を許容するほどのスペックや性能を、まだこの
なら如何にしてこの事態に対処するのか。
「それでオンセン体験整理券ですか」
「うむ。
「シンプルな割符ですし、作成も楽ですね」
割符を配りつつシオンは笑顔を振りまく。ドワーフたちは皆順序よく受け取って、ガハハガハハと笑いながらそれぞれ酒場へと消えていった。皆オンセンなる謎の施設の話題を肴に一杯やるのだ。
逆に運良く当日券を手に入れたドワーフはそのまま温泉へと案内されていく。そして初めて目にした者はまずその広さに驚くのだ。
「なんと贅沢な……」
「あの立ち上る湯気は真に湯であったのか」
しかしドワーフたちはそれぞれが持ちうる専門知識で、確かにその可能性を認めた。いや、山奥に自然と湧くものにはこうした鉱泉があるため、正確には知ってはいた。
だが実物を目にするのは初めてなのだ。
ぞろぞろと挙って湯船に向かおうとして――。
「待てェい!!」
「「「!!!」」」
甲高い声に行進は止まる。声の先に目を向けると、仁王立ちした制服の男……グルトンが立っていた。歴戦の勇士ですら言葉を噤む、圧倒的な威圧感が彼からほとばしっている。
彼を其処まで駆り立てるもの、それは勿論……温泉だ!
「ここはオンセン……俺の
そう言って指差した先には彫刻で示された入浴方法が描かれていた。
「まずかけ湯――そこの湯を被ってサッと汚れを落としてくれ。そしたら入浴、その後アカスリだ!」
「「「ゴクッ……」」」
何故か従わざるを得ない号令にドワーフ達も息を呑み指示に従う。カケユ……湯をかぶり汚れを落とすとは確かにそのとおりだ。眼の前の温泉は余りに清く美しい。それに比べて自らのなんとみすぼらしいことか。
あるものは煤で汚れ、あるものは薬品で手が汚れていた。ドワーフ達は何故か一抹の恥ずかしさを覚え、絵図に従い掛け湯で身についた埃や泥を洗い流す。
「のう、俺等はまだ汚れておるが……」
「汚れを浮かせるためにも湯に浸かるといい。しかしあまり騒いではならない、なぜなら隣に居る者もまた湯を楽しみに来ているのだから」
ドワーフ達はお互いを見合う。確かにここに集った者達は『オンセン』なる不可思議なものを求めて集まった同士。迷惑にならない程度にお互いを尊重する必要がある。
王の号令に従い各自が恐る恐る湯船へと足を踏み入れ、ちゃぷりとつかる。
「う、うぉおおおお……」
「あ゛ぁぁぁあぁ……」
「これはたま、らぬ……」
『湯に浸かる』という初めての経験に皆が身をぶるりと震わせる。経験したことのない快感が身を包んで、蝕むように体を侵食する。ぬくもりは貪るように骨身にしみて、安息が身を委ねろと囁いてくる。
なるほど、あまり騒ぐなという意味が今なら理解できる。湯に浸かる、これは何という快楽であろう。静かであり、しかし騒がしくもある。暖かくてかつ穏やか。至上の極楽とは今此処にあり。
「ああ……心地、よい……」
蕩けるような世界が、其処には広がっていた。
◇◇◇
配り終えた割符のあまりを片付けつつ、シオンはふうと息をつく。落成式典自体はプレオープンという立ち位置で、対外的にはステラの言う通り温泉体験会の割符交付というイベントだ。割符が有効となるのは本日からで、当初の予定通り暫くは『銭湯』としての営業となる。
「最初のお客さんはもうじき帰るところかねぇ」
「そんなところでしょう。それも終われば内々でパーティですね」
「そういやヴァグンさんが店を閉めて、出張してくれてるんだったっけ」
「ええ、弟子の門出ですからね。自ら手を上げてくれましたよ」
「そっかそっか。それはよかった……ふむり」
少し考える仕草をする彼女はシオンに手を差し伸べる。
「……さて、ちょっとしたものでもパーティはパーティだ。エスコート、してくれるかい?」
「!」
驚いたような目でシオンはステラを見る。彼女の目は真っ直ぐシオンを居抜き、しかし熱を帯びた目が少し不安そうに揺れる。ステラの作法はかつて習ったものと同じ、完璧で正確な動作……優雅ですら足りぬ雅な動作でシオンを誘う。
ふむ、と息をついたシオンは自然な動作で手を取った。
「てっきり忘れていたものかと思っていましたよ」
「わたしは物覚えがいいのでね。あと
クスリと笑ったステラの手の甲に軽く口付けをするとシオンはステラの腕をとる。軽く絡めた腕は少しひんやりとしているだろうか。しかし見上げた顔は、真っ赤に染まっている。
「相変わらず表情を隠すのが下手ですねぇ」
「むむむ……」
少しいじけたように口をすぼめるステラにシオンは小さく微笑む。最初に出会った時とはもう別人のようであり、やっぱり変わっていないようにも思える。
「では行きましょうか、お嬢様?」
「……からかうんじゃないやい」
かつ、かつとあるき出す2人は祝賀会場へと向かっていった。
◇◇◇
落成パーティーは宿の大広間で行われている。間仕切りを取り払えば、携わった全員が収容可能なほど大きな広間だ。すでに酒盛りは始まっており、幾多のドワーフ達が樽杯を傾けていた。
「ウォォー! エールと侮っておったが冷やすと斯様に美味いとは!」
「料理も良いな、こぶりなハンバーグ……ツクネも良いものよ!」
「ねぎらいにと用意するとは助かるわい!!」
「火酒はないのか?! 無い? ええいなんで無いんじゃ、くそうここはワシ秘蔵のやつをだしてやるわ!!」
あまりの騒ぎぶりに、シオンとステラは入り口で立ち尽くしている。
「シオンくん」
「なんです?」
「これ……
「もとから
「ぱーちーとは一体……」
そしてエスコートとは一体何だったのか。がっくりするステラである。
「まぁ何にせよ皆楽しそうで何よりだ。あとは……チャルタちゃんとグルトン君も居るようだな」
ステラが指をさすと、ドワーフたちにもみくちゃにされる2人の姿があった。だいぶ飲まされているようで頬が赤い。今回四方八方を走り回り、ドワーフたちを指揮したのは紛れもなく彼等だ。
2人はあくまで手助けをしたに過ぎない。きっかけは破茶滅茶な女神であり、支えたのも彼女。しかしトリガーを引く決意を抱いたのは紛れもなく2人に他ならない。
「さて、わたしたちも加わろう! 酒盛りとなれば騒がにゃ損だ!」
「そうですね、行きましょう」
そうして2人は喜びの喧騒の中へ歩いて行った。
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