06-07-02:整地
話が通り、かつ大まかな設計があるとなれば着工は早い。宿屋街は今日、多数のドワーフ達がもつ工具で次々と破壊されていった。
「さあ、どんどん壊しちゃおうねー」
その喧騒の中に長身のエルフの姿……勿論ステラの姿が在る。彼女といえば持ち前の身体強化、土のうから石レンガまで何でも運搬する。しかも魔法で作り出した猫車ががらごろと音をたてながらだ。
ちなみにこの世界、大八車のような運搬器具はあるのだが猫車のように、ちょうどよい大きさの運搬器具がなかった……ことに目をつけたのは当然ドワーフである。
「ふんふんふーん♪ よいしょっ!」
「……」
彼らの目は光った。それはもう目が零れんかというほど光った。まさに天啓、閃きの境地、革命を彼らは目の当たりにしたのだ。
現場ではその日の内に彼女が呟く言葉から『ネコグーマ・マーク1.0』が可動を開始し、最終的に
ステラの預かり知らぬ所で世界は今、大きな転換期を迎えていた……。
「てりゃぁ、かかってこいやァ!!」
そんなことはつゆ知らず。ステラは石レンガを投げ飛ばして猫車に積み込んでは、ひょいひょいひょーいと運んでいく。悪路ではあるがステラの猫車はそれを問題としない。空気タイヤでこそないが、密やかに仕込んだショックアブソーバーを標準装備しているのだ。揺れにも砂利にも砂地にも強いのである。
この謎の技術についてステラは『圧縮空気のボールをサスペンションに仕込むことでバネの代わりとし、気圧は上手いことこう、感覚でまるっとフォイ! するとうまくいく』とシオンに説明したが、何1つ言っていることがわからない。ちなみに
それはまぁいつものことなので華麗にスルーであるが、ドワーフ達にとって『サスペンション』という発明をさせる1つの契機となった。
(しかしとんでもない作業速度ですね)
ステラの見積もりはとても短いものだった。それはドワーフから見てもとうてい不可能だと思えるスケジュールなのだ。しかし――。
『できんのかい?』
焚きつけるように言う彼女の残念そうな顔にドワーフ達はキレた。何じゃこのやろうやってやらァとばかりに一念発起したのである。
ただシオンの見積もりでは足りないはずの工期だったが……なるほど、このような隠し玉を持っていたなら納得だ。かつてステラが旅の慰めにと語る前世の世界のおとぎ話。
シオンの目の前で行き交うネコグーマを前に片鱗を目の当たりにすると、やはり文明の発達に関して認識の違いを感じる。
ようは不便への気付きだ。
ステラの使う猫車は間違いなく不便という意思の元造られている。もし魔法を少しでも使える者であれば〈フィジカルブースト〉を選択するだろう。それで事足りるのだから不便だという発想に行き着かない。
この認識の違いがステラの強みであり、きっと最大の弱点なのだろう。
「おーい、シオンくん! なにしてんだー、ボーッとしてないで手伝ってよ!」
「む……すみません。少し考え事をしていました」
「おお? 何かいい案でも浮かんだのかい?」
「いいえ、ステラさんが心配だなぁと」
「は、え? わっ、わわわたしは大丈夫だしっ!!」
「そういうとこなんですよねぇ」
なんと言ったら良いのだろう。知らない人について言ってはいけないと言ったのに、ホイホイついていってしまうこの感覚。悪い人にコロッと騙されそうな無邪気さが、逆に気が気でなくなってしまう。
「ふぅ、わかりました。手伝いますよ、運べば良いんですよね」
「うっうん。そうそう、はこべばいいんだ、はこべば!」
シオンの心配もさておき、作業は急速に進んでいく。
◇◇◇
こうしてまっ平らな平面となった宿屋街。いくつかぽつりぽつりと残る家屋は未だ営業を続けるものであるが、何ともきれいに片付いたものだ。此処まで来ると後の作業は楽どころではない。
「おい石材まだか!」
「運び手が足らん! ネコグーマはまだか!」
「おおい、
などなど、スピードが早すぎて各所で支障がでるレベルで早いのだ。皆が皆、己のタスクを与えられたら嬉々として取り組み、あっという間に終わらせてしまう。
足りないのは資材でもスキルでもない。それを成すための前提たる資源の運搬がまるで追いついていなかった。そんな町並みを満足気に眺めるのはステラとグルトンの2人である。
「こりゃあ大事になってきたなぁ、グルトン宿場長殿?」
「ぬ……それは早いのでは」
「何を言っているんだ、宿が出来れば主は君。つまり君は大番頭であり、皆をひっぱる長になる」
これに彼はぶるり、と身を震わせた。
「今更ながら怖くなってきたんだが……というか俺で良いのか?」
「王になるとはいつだって
フフンと鼻を鳴らすステラもまたそのような宿業のもとにある。この世の何処に異世界まで転生する者が居るのか。居たら先輩、あるいは後輩として支援していきたい次第である。
だからこそ、新たな旅路に送るべき言葉をステラは知っていた。
「グルトン君、きつい時こそ前を向いて笑うのだ。しかめっ面だったり、泣き顔の前に幸運はやってこないからね」
「……そうだな、『笑うカドには福来たる』だったか」
「そうそう。人は不完全だが、成功者はいつだって笑うのだ」
「よし……俺もひと頑張りしよう」
そう言って無理矢理にでも笑った彼は、フンとパンプアップするとドワーフたちに声をかけてともに作業の喧騒の中に消えていった。
そんな様を見送りつつ、ステラは全体の進捗を俯瞰し睥睨する。
(ふむ……そろそろ温泉を引いてくるかな?)
この速度であれば丁度良い時間になるはずだ。頷く彼女はニヤリとわらい、相方たるシオンの元へと声をかけに出た。
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