06-04-02:アジテータ
アルマドゥラの声に全員が杯を掲げて酒を煽る。そして彼がシオンの背をばしんとたたいて会場へと押し出した。先には皆嬉しそうに笑うドワーフの古強者達が待ち構えている……。
「このシオン殿が龍を殺った英雄じゃ! 大将首ぞ!」
「しっかしほそっこいのう!! ワハハハハ!」
「左様な所で呆けておらずこちらへ来ぬか! ほうれ死闘をはなしてくれい!!」
「うわっ、おお?!」
主賓の登場にわっと駆け寄られてシオンはあれよあれよと引っ張られ、気づけばドワーフたちの円卓の一席に座らされていた。周囲には目をキラキラさせた白髪のドワーフ達がシオンを取り囲んでいる。
もちろん彼らの手にはなみなみと継がれた火酒が抱えられていた。
「ほらこっちにきなよ、みんな待ってるよ」
「わっ、わたしも向こうに~~!」
「どいたどいたー、英雄様のお通りだよぉ~!」
「あーーーれーーーー!!」
ステラもまた女性陣に引っ張られて女性陣にドコドコと連れ攫われていた。まぁ大丈夫だろうとシオンが判断し、とりあえず目の前のドワーフたちを見やる。
白髪のひげが立ち並ぶ全てが、一様に少年の如くキラキラした目をシオンに向けているのだ。これでは逃げるに逃げられない。
「で、どうじゃった! なぁ、龍殺しじゃろ!! 龍殺しじゃろ! おヌシ龍殺しであろう!!」
「強かったか、強かったであろう! のう、のう、のう!!」
「ワハハハハ皆待てぃ、盃も交わさず語るは無粋ぞ!」
「然り然り! さあシオン殿、ぐぐいと煽られよ!!」
大きな手のドワーフ大のデカデカとした樽杯がドンと手渡される。なみなみと注がれた透明な火酒は香りからして酒精が強い。瞬時に銘柄を見抜き、シオンは『なるほど』と頷いた。火酒でも特に飲みやすい部類に有る『鉄火の炉』だ。ドワーフたちも一応気を使ってくれているらしい。
とはいえ酒精の強さが変わるわけもない。知らずに飲めば3口でクラクラ倒れてしまうだろう。ちなみに一介のドワーフであればここからが酒のラインである。ドワーフと酒場で真面目に飲むななとは万国共通の理解だ。
(ああもう……)
こういう時、ドワーフに態々付き合ってやっては身が持たない。ならば酒宴の陽気に合わせて語り部となるが吉だ。酒に置いてざるのドワーフに付き合うバカは居ない。
(いや、ステラさんなら問題ないか)
ふと目を向ければ火酒らしき樽杯を一気飲みするステラが目に入る。やはり『
いや、それよりも今は己の身を案じねばならない。彼は樽杯を浴びるようにほんの一口だけ含み、ただし飲むのは少量におさえる。まともな対応をしては翌朝地獄を見るのは目に見えていた。
故に彼は席を立ち、次いで椅子にガンと足を載せて声を張り上げた。
「さて、お聞き願いましょう! 僕達の戦いの歴史を!」
「「「ウオオオオオ!!!」」」
民衆の扇動。そのための演説、かつて仕込まれた技能の1つだ。ステラが言えば『さくら』と言い得る
シオンが見渡すかぎりドワーフ達は皆
(ポイントは3つ。龍へ至るまでの道程。アジ・ダハーカとの闘い、そして決着の魅せ方ですね)
究極的に省略すると『疾走って殴ってなんか倒してた』であるが、これを大筋として嘘偽りを織り交ぜつつも線に沿うように誘導する。例えば――。
「時は明けより早く、僕は奇妙な直感により目を覚ましました。それは悪意の在り方、街を喰らい尽くさんとする意思そのものであります!」
実際はステラの耳が捉えた異音で起こされたのだが、奇妙な相棒の素直な感覚で目を覚ましたのだから嘘ではない。
つまりは話を上手く盛るのだ。
吟遊詩人の如き語り草は、為政者がパフォーマンスとして使う場面も多いので十二分に仕込まれている。即興でやるには本職ほどではないにしろ、酔いどれ相手ならば多少の齟齬があってもツッコミが入ることもなかろう。
「輩と共に壁へ向かう僕はアルマドゥラ様の元へ参じました。そして彼は告げたのです。
『やあれ剣士よ、剣の友よ。汝駆け参じたるは如何なる用向きなりや』
意気揚々と僕は応えます。
『我が用向きはただ1つ! 我が敵、我が討滅の号令なり!』
応えに頷くアルマドゥラ様は満面の笑みでファレノプシ様を構え、遠く怨敵を定めました。
『ならば征くが良い、そなたが武勇は我ぞ知るゆえに!』」
「おお、流石はアルマドゥラ殿!」
「我らが誉れよ!」
「しかしシオン殿の潔さも捨てがたし!」
「タコスなど目ではないのう!」
ドワーフ達が口々にアルマドゥラを褒め称え、樽杯を掲げて喜び合う。このような場で演説を打つならば、基本は群衆を一様に酔わせることだ。ことこの場においては酒の力もあって、酔いどれたちを皿に酔わせることは針に糸を通すどころか陶器の皿を割る様により容易い。
「向かい来る竜は我が相棒にして輩たるステラが魔法。やりが貫き迫る竜を諸共とせず、我が血路をひらいたのです!」
シオンは道程における活躍を語る。勿論現実味がある程度に改変してだ。ステラの魔法はかなり特殊性が高く、仮に事実を語ったとしても信じられるとは思えない。
ステラいわく、『タイセンシャテッコーダン』なる装甲騎兵を過去のものにする兵器を参考にしているという。シオンもよく理解できていない理論なので、ここでは〈ランス〉魔法で代用とした。
常識的に考えれば〈ランス〉で竜を撃墜するなどあり得ないのだが、熱に浮かされたドワーフたちはそれに気付かない。なにより英雄の語り草に茶々を入れる無粋なものは此処には居ないのだ。
「ようやく目にかかるは漆黒の鱗、黒き吐息を吐く恐るべき邪竜アジ・ダハーカ! 咆哮を上げる龍と僕は相対したのであります!」
やがて英雄が相対するのはアジ・ダハーカの姿……ここでもわかりやすさを重視し、特殊な個体という建前で話す。そもそも霧の森の個体だという事も、それの討伐に成功したという話も信じられる話ではない……なによりシオン自身が信じられないのだ。
真に『そのとき不思議な事が起こった』のだから理解が出来ない。
「一振りごとに龍はいななき、死のブレスをかいくぐり僕は果敢に立ち向かっていったのです!」
だからぼかして話す。それで良いのかと思うかもしれないが、熱狂の渦中にあって重要なのは『一進一退の攻防』であり、『如何に倒したか』ではない。ようは酒の肴に旨い話が聞きたいだけなのだ。なので――、
「こうして龍は死に、英雄は凱旋して栄誉を賜ったのです!」
「 「「ヴォオオオオオ!! ドワーフバンザイ!!」」 」
このとおりテキトウに話してやればとりあえず礼賛で盛り上がり、樽杯をぶつけ合っては酒を煽る。そう、ドワーフとは……なんでも良いから話にかこつけて酒が飲みたい種族なのであった。
(こんなところですかね……)
一息つくシオンであるが、しかしこれで終わらぬことも察している。まだまだ宴は始まったばかり……目の前には酒の肴に飢えた酒豪共が今か今かと耳を傾けているのだ。
1つため息を付いたシオンは次の話をするべく今までの思い出に思いを馳せるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます