06-04-03:ドワーフ料理

 一方ステラはドワーフの老女達に引っ張られて取り囲まれていた。目的は男達のように野蛮な英雄譚の聞き取りではないが、広義ではである。


 オバチャンの1人が神妙な顔でステラに囁く。


「……で、ステラちゃん。あのシオンちゃんとはどうなんだい? やっぱり恋人なのかい?」

「ぱぶろふワンッ!」


 突然のブッコミにステラが吹いた。それは盛大に吹いた。飲んでいたエールが霧になって吹き出され、見事な虹を描くほどに。

 だからこそ囲むオバチャンたちの目は好奇心に輝き、ステラにズブズブと刺さっていった。


「こっここここいびとってなんのはなしなんですかねぇちがいますですですで!」

「ああ、こりゃホの字かねぇ」

「うぐっ」


 ステラの頬がボッと赤くなり、そわそわと手に持った樽杯に瞳を落とす。シオンに恋しているのは事実だが、其処までわかり易かっただろうか。特に表に出しているつもりはないのだが、オバチャンたちの第六感めいた直感は些細な所作も見逃さない。


 おせっかいスキルA+は伊達ではないのだ。世界線が異なってもオバチャンは最強なのである。


「その様子じゃあ想いは伝えてないのかい?」

「ま、まぁ、その、はぁ」

「ステラちゃん美人だろうに、あのシオンって子はほっぽってるのかい! こりゃいけないねぇ!!」

「えっ、いや、その、色々ー、その、あって……」

「こりゃオバチャン一言いってくるよ!」


 まずい、とステラの直感が告げる。おせっかいによって何もかもバラされたら明日からどういう顔で向き合えばいいというのか。ステラは神速の抜き手でオバチャンの裾を掴み取り必死に止めた。ステラの数少ない人生で最速である。


「まって、まって! ちょっ、絶対ダメだから!」

「なんでだい、ステラちゃん器量よしじゃないか。だったら押せ押せだよ!」

「いやそれはそれ、これはこれとしてだねぇ! 色々あってだねぇ!」

「でも好きなんだろう?」

「そ、それはー、そのぅ、あー、ぅー、ぅー……」


 しょんぼりしつつ、ステラの顔が徐々に暗くなっていく。流石に察したのかオバチャンたちのはしゃぎようも鳴りを潜め、ステラの様子を心配そうに伺うようになった。


「言えないんだ。事情があってね……」

「そんなに深刻なのかい?」

「うん……」


 もはや泣き出しそうなステラに、オバチャンたちも申し訳なさそうにステラを慰める。流石に泣かせるつもりはなかったのだ。ただ隣の青い芝に冷水を撒き散らして引っ掻き回したかっただけで、なにひとつわるぎはなかったのである。


「でも、いつか、振り向いてくれたらいいな……」


 そんな寂しげな声は、遠く酔いどれたちに演説を打つシオンを見ながら囁かれた。まるで届かぬものに手を伸ばそうとする様に、察しないオバチャンは一人もいなかった。修正によりブーストされたおせっかいA++の察し能力は伊達ではないのである。


「よぉし、今日はバンバン食べな! 病は気から笑顔の女はいい女ってね!」

「元気でるよ! おばちゃん特製さ!」

「ごはん……そうだね、うん。ご飯食べて元気出す!」


 ふんすと鼻息荒く顔を上げたステラに先程までの影はない。ガタゴトと用意されたテーブルの前には、大皿に乗ったドワーフ料理が盛られている。


(全体的に煮物が多いな?)


 ステラの見立て通りドワーフの家庭料理は煮込み物がおおい。これは鍛冶仕事によって休憩時間が異なること、また逐次補給のための常備菜として炉の近くに鍋をおいたことから発展したことに由来する。


 例えば煮崩してとろっとろになった豆のスープなど、塩気の中にピリリとした辛味があってなんとも食欲をそそった。パンに染み込ませて食べれば極上のパンケーキとなるだろう。


「ふむっ!」


 ステラはこれを片栗粉で餡掛けにして、炊きたて白米の上にかけたならば……ご飯3合は行けると確信した。癖がなくもはや飲み物であるスープは、なんとも滋味に満ち溢れている。旨い、なんとも旨い……旨いことには違いないのだが。


(あー、米はねぇのだよなぁ……この世界。まんまにしたい)


 最悪麦飯という手は有るが、しかし麦飯はとろろをかけて食べたいところである。しかし今度は『とろろ』的な食品が不見当だ。この世界は粘っこいものに対してあまりに不寛容ではないだろうか……。もっと発酵食品ネバネバ等にも挑戦するべきとステラは声を大にしていいたいところである。


 それはそれとして次の料理にとりかかろう。


「ふむん?!」


 皿に注がれているのは……何らかの肉の煮込みだ。色は紫……明らかにゲテモノめいた、しいて言えば即死効果付き林間学校で作ったカレーライス的パッションを感じる。


 だが匂いは悪くない。悪くないだけにこの不気味な色合いは『どうしてそうなった』と言いたい。此処は祝いの席のはず……であるならば珍味ゲテモノと称して伝統料理が出るなんてことも有り得る話。……それにしたって見た目がアレすぎる。


 ちょっとお腹下しそうななのだ。いや、ステラはお腹を壊すことは理論的にあり得ないはずなのだが、心理的にぽんぽんぺいん的インスピレーションを得るのである。


「そいつはドラゴンの肉の煮込みだよ」

「マジで?!」


 これがあの夢にまで視たマンガ肉だというのか?! ありえない、ありえてはいけない。だってなんかスープがゴポッとか泡立っているし、肉もなにかうぞうぞ動いている気がする。こう、正気度が奪われそうな料理なのだが……。


「嘘だろ、ドラゴン……これが?」

「ほら、あんたらが狩ったアジ・ダハーカの肉さ」

「ファッ?! ちょっ、まっ! おま、霧の龍ミストドラゴンの肉と言ったか?!」

「あ、ああ。そうだよ。料理しがいがあったよ。流石は龍の肉だね」

「ヱヱヱ……」


 ステラが目をまん丸にしてオバチャンをみる。正気度が削れるのは当たり前だ、霧の森ミスト由来の呪物なのだから。焦ったステラは周囲を見回すも……とくに狂気に侵されているものはいないようだ。


(どういうことだ……?)


 霧の森ミストの力は絶対だ。踏み込んだなら気が触れる狂気の存在……のはずであり、その肉ともなれば多少なり影響が出るはずである。なのになぜ皆ピンピンしているのか。首をかしげるステラはツンと鼻をつく匂いにピンとひらめいた。ひらめいてしまった。


 この場には酔っ払いしかいない、誰一人として素面なものは居ないのだ。つまりのである。ステラはあまりのことに冷や汗を流した。


(か、仮説だが……だとしたらどんだけの大穴セキュリティホール開いてるんだよ……阿呆なの? 馬鹿なの?!)


 酒をのめのめ飲むならば、と古の武将は謳ったが狂気さえ飲み込む酒精とは。霧の森の由来は知れぬが、作ったものはこんな抜け道を見つけた日には顎を外すことだろう。


「ほら早くお上がりよ、冷めちゃあ旨味が損なわれっちまうよ」

「……そうだね! うん、なんかもういいや! 食べよう! たぶん旨いしな! ハハッ!」


 やけくそで齧ったアジ・ダハーカの肉は、確かに深淵の深みがあって大変美味しかった。ちょっと除き返したやつを鍋で煮込んだ的なジェルがあったが飲み込んだ。トロッとした食感が煮こごりめいてとってもおいしい。またコリッとした目玉的な恐らく卵はプチプチと弾けてなんとも病みつきだ。

 そう、あえてこの料理について言うとすれば唯一つ。


(深淵の中の人に幸あれ……)


 ただそれだけである。

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