05-99:章末
05-99-01:エピローグ
ルサルカ領主館の一室、焔の間にウタウタイ関係者一同が集っている。
即ち今回の立役者たるステラにステラ役のシオン、ウタウタイとしてアイドルとなったナルキソスとプリムラ、商会よりエーリーシャと……足元には灰猫のアッシェが丸まっている。
正面のルドベキアは以前とと同じように双頭剣の形をとっており、隣にはマグロ領主のトゥキシィが侍っていた。
「
「いや小生偉くないので畏まらないで欲しい! 単なるイチ
「コココ、聞いたとおりに奥ゆかしい方よな!」
笑うトゥキシィをステラは相変わらず直視できない。こればかりは致し方ないだろう……だがそんなステラに対し、周囲の誰しもが『誰が有象無象なのか』と目線を向けた。
「此度の件、誠に大成功であった。これエーリーシャよ、収支報告をしておくれ」
「わかりましたわおじさま!」
少女は胸に抱えた葉紙の束を持って進み出て内容を読み上げる。ステラにとって
読み上げられるたびにトゥキシィの機嫌は良くなり、エーリーシャも逸るように言葉を進めていく。
今回の稼ぎでルサルカを3ヶ月回す経済効果が出ているのだ。今回のウタウタイ一連のイベントだけで、である。さらに今後の商売展開も語るなら、最終的にルサルカが都市国家として成立するのも視野に入る。話を聞くシオンは興味深い結果だと注意深く聞いていた。
「――エーリーシャさんの話をまとめると……今後のルサルカは、ウタウタイを『大祭典』として定期的にアイドル発掘へと動く、ということですか?」
「そうなります! お姉さん達が作った流れは最早止めようもなく、『ウタウタイ』を単独ではなく複数で出ようとする動きも出ているんです。舵取りをしっかりすれば、ルサルカはアイドルの聖地になるでしょうね……ウフフフフ、楽しくなってきましたぁ♪」
少女らしからぬ悪い顔をするエーリーシャが見ている未来は如何ほどの先か。少なくとも歴史に名を残す程に大事業を計画していることは、小さな体から発する覇気からもわかる。これには両親もニッコリ笑顔であろう。勿論笑顔は邪悪めいておどろおどろしいに違いないが。
「ですからナルキソス様とプリムラ様にはうんと、うーんと歌ってもらいます!」
「ウチらが?」
数字に目を白黒させていた2人がエーリーシャに目を向ける。
「ステラお姉さんの『アイドル』計画まだ序の口……単なる旗揚げにすぎないんです。これから在り方の模範として、わたくしがプロデュースを引き継ぎますよ!」
「せやかてアタシらは吟遊詩人やないで? 早々新しい歌なんて作れない――」
「ふっふーん、大丈夫なのです。実はステラお姉さんにいくつか曲の提供をしてもらったのですよ」
2人が目を向けると、笑顔でサムズアップする極上の美形が自信満々でウィンクしていた。
「また今回を契機に『曲の公募』も視野にいれてます。当選者は当然名前を前面に出して喧伝しますから、ネタが尽きることはないですよ~。それに関連商品の展開もまだまだできます。他の商会も巻き込んでガンガン盛り上げていきましょう! それにつきまして~」
フフフと笑うエーリーシャに、ウタウタイは怖気を感じる。ナルキソスは首筋に、プリムラは角がチリチリ焼ける感覚だ。
「お2人にはぜひ
「え、ぐ、具体的にどの程度なん?」
「100は欲しいですね!」
「ひゃっ?! く?!!」
「あ、お2人それぞれですので合計200です」
「「なんっ?!」」
驚く声に鎮座するルドベキアがチカリと光った。
『お待ちなさい、その
「ウタフネの事ならたしかにそうだが……」
『なら形状をわたくしの
これに飛び上がって驚いたのは報告書の束を抱えるエーリーシャだ。彼女の指はかすかに震えている。
「よろしいのです? 神器の映し身など恐れ多いですけど……」
『どのみちレプカはレプカですからね、構わなくってよ。それに面白そうな事にわたくしを仲間外れにするなんて、そんな酷いことをなさらないで?』
「……すごい、すごーい! とっても名案なのです! ぜひぜひやらせてください!」
興奮するエーリーシャがぴょんぴょん飛び跳ねる。これはまたとんでもないことになってきたぞ、と
「まぁ、ステラさんと関わりになった時点で諦めてください」
「ちょいまちやシオンの兄さん……もしや全部知っとったんか」
「それなりに長い付き合いですから、結末が大事になることぐらい想定内です」
「なんやのそれ。ウチ嫌やわぁ、なんや手のひらで踊らされたようで」
そんな彼女たちにシオンがクスリと笑いかける。
「でも意外と悪くないでしょう?」
「それはー……」
「まぁ……」
シオンの言う通り、この未来ある選択は彼女たちにとって良い未来を想起させるものだ。閉じられた未来を切り開かれたのは事実であり、忙しくも楽しい日々がこれから待っている。
ここで領主トゥキシィがパンと手を叩いて合図する。
「さて、話は纏まったかね? では具体的な報奨を取らせようと思うのだが……」
「あ、なら現金で頼お願いしたく。我々は流れの
「む……そなたらさえ良ければ、法衣貴族への斡旋もするのだがのう」
「いえ、僕達には目的のある旅がありますから」
この言葉に嫌そうに口を歪めるトゥキシィ。望みの報酬を渡すには良いのだが、それ以外の全ての報酬を蹴るのは中々経験したことがないことだ。不満を感じ取ったシオンは肩をすくめて指を指し示した。
「詳しくはルドベキアに聞いてください」
「は? なんじゃと?」
急に話を振られたルドベキアは『仕方ないな』とチカリと光る。
『――そうね、彼等には役目が有るもの。諦めなさい坊や?』
「坊やは辞めてください! しかし役目とは一体……」
『あら、秘密に触れようだなんていけない子……でもいいでしょう、じき明らかになることですもの』
「お、お待ち下さい! それは知ってはいけない情ほ――」
『そこのシオンは
「う~~ッ?!」
さらっと言われた言葉に場が静まり、ついでステラを除く全員が目をむいてシオンを見やる。
「し、シオンの兄さん? それは、ヘクラリトラス言うんは、六花の騎士のヘクラリトアスか?」
「見習いですがそういう事になってます」
これにプリムラが息をつまらせるように口をすぼめて天を仰いだ。
「兄さん……アンタだけは、アンタだけはフツーでマトモな部類やと思っとたのに!」
「いやフツーでマトモだと思うんですが?」
「阿呆か、一等規格外やんけ!!!」
渾身のツッコミがプリムラから放たれ、その見事さにステラが小さく拍手した。ヴォーパルの騎士の中でも英雄譚として有名なのは失われし六花、へクラリトアス。その逸話は遠くルサルカにも伝わっている。
まぁ慣れたものだとシオンが胸元から結晶を取り出すとチカリと光った。
『疎通確認:
『状況共有:
『ですが問題ないことは確認しました。協力感謝します、以上』
『そういう心無い所が嫌いだというのよ……まったく』
突然喋りだした結晶に一同が溜息をつく。
「これ、本物……? アタシ夢見てるんか?」
「夢や無いで? あーウチもう驚くにも疲れたわぁ」
ナルキソスとプリムラは最早御伽噺のなんたるかが分からずガックリ肩を落とした。
「驚きました……でもお兄さんなら納得です!」
エーリーシャと言えばシオンをキラキラした目で見ている。
「またれよ、これは国際問題では……」
そしてトゥキシィは聴かなきゃよかったと頭を抱えた。
各々の反応に、ステラがぱちんと指を弾いて指を立てる。
「まぁそういうわけで秘密の行脚の最中というわけだ。納得していただけたかな?」
「それは先方も納得されておるのか?」
「うんにゃ。イフェイオンが『秘密にしてくれ』って言うからね。あ、これもオフレコで頼むよ?」
「分かっておるよ……最早手に負えん。ワシはみとらん、なーんもみとらん」
これはもう爆弾どころの騒ぎではない……この一行あまりに劇物であった。
「ハァ、では報酬を受け取り下がるが良い……」
ぐったり疲れたトゥキシィの言葉に、一同が揃って頭を下げた。
◇◇◇
領主館を出てすぐ、シオンとステラは立ち止まる。
「さて、我々も次の街へ行かないとな」
「えっ……ステラお姉さんはもう行ってしまうのです?」
「まぁ急ぎの仕事だからねぇ」
そう言われてしまえばエーリーシャも口をつむぐしか無い。まだ少女ではあれど、彼女は歳よりずっと大人びている。2人が任ぜられた大任が、最早己が手伝えぬ域にあるものだということまでしっかり理解しているのだ。
「姐さん等は次にどこに行くつもりなん?」
「ドワーフの国かエルフの国だなぁ」
「エルフの国やて?」
ナルキソスが嫌そうに声を上げた。
「ステラさん、ウチはドワーフの国がええとおもう。ステラさんがどうこう……っちゅう話やないけど、エルフの国はハイエルフの支配下やさかい、輪をかけて面倒や。まぁエルフ嫌いがおるから別の意味で苦労するかもやけど、ドワーフの方がまだ話がわかるやろう」
「僕もそう思いますね。あの国はちょっと特殊過ぎます。極力最後にしたいところです」
これにステラが腕を組んでウームと唸った。
「エルフの国なぁ……小生思うに、悪の帝国の中枢みたいな印象なんだけど?」
「大体合っとるな」
「せやね、巨悪の巣窟やわ」
「巨悪と言うか災害の溜まり場とおもうのです。商売以外で関わりたくないのです」
「おおう、大批判……ならシオン君。これはドワーフの国にしようか」
「それがいいでしょう。更に付け加えるなら……」
「なにかあるのか?」
「ドワーフの料理は美味しいですよ」
ぞわりとステラの雰囲気が変わり、全員の背筋に怖気が走る。何某かの本気という気配を感じ取ったのだ。事実ステラの目は燃え上がっている……!
「よーし張り切っていこうか!」
ステラがよだれをだっゔぁと流しながら拳を天に突き上げる。ああ、この人は最後まで変わらないなぁと、誰しもがくすくすと笑い、この別れを惜しむのであった。
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