05-05-04:再会の時間
「……ん」
ステラが目を見開くと、膝の上で浅い息をする忠猫が弱々しく震えていた。空を見上げれば朝焼けの赤い光が差し込み、もう夜が明けたことを教えてくれる。
ふと気づくとステラのそばには猫たちがはべって寝転がっていた。まるで彼女を守るかのように寄り添い、ずっと離れずに居てくれたようだ。どうやら過去を見ていたステラは、今このときまで完全に無防備な状態を晒していたらしい。
その中の1匹、灰色のアッシュがムクリと起き上がりステラに目を合わせた。
『詳細如何?』
『だいじょうぶ、わかったよ……今すぐにでも連れて行こう』
ステラの膝の上で眠る猫の黒い霧はだんだんと薄れてきている。これは元気になったのではなく、命が失われているが故だ。下手をすると彼はもう目覚めないかもしれない。だが出来ることは有るはずだと、ステラは老いた忠猫をそっと抱えて立ち上がった。
◇◇◇
猫の道、ステラの魔法、あらゆる手段を駆使して街を駆けて商会へと急ぐ。帰還した婦人はあの少女であり、忠猫が恋い焦がれた『
ととんとステップを踏んで裏門に降り立つと、商会は朝も早いというのに忙しく動き回っていた。そのうち1人が突然現れたステラに驚いて、しかし顔を覚えていたのかほっと胸をなでおろす。
「貴方はステラ様でしたね、一体どうされたのですか。まるで猫のようにあらわれて……」
「おはよう店員さん。奥様に火急の用があるのだが」
「奥様に? 少しかかると思うが良いだろうか」
「ああ、構わないよ」
胸の内の皺くちゃな忠猫は徐々に死に近づいていく。だがステラに出来るのはただ待つことだけ、1分が1時間にも感じられる時の中で彼女は優雅にやってきた。その姿はステラがついさっきまで見ていた彼女の姿と一緒だ。
「奥様、おはようございます」
「ごきげんようステラさん。一体どうされたのかしら?」
「その、急な話で申し訳ないのだが……『エドワルド』という猫をご存知だろうか」
「エドワルド? ええ、知っているわ」
「そ、そうかっ!」
やはり彼女は覚えていたのだ。喜色に胸踊らせるステラが一步前に出て……止まる。彼女の影から、1匹の金毛の猫が現れたからだ。
「ステラさん、
「――何、だって?」
「この仔がエドワルドですわ。とても賢い猫なのよ」
微笑む夫人に『エドワルド』が『
「その仔が、エドワルド?」
「ええそうよ。可愛いでしょう?」
「
ステラの目が曇り、少しだけふるりと震えた。『エドワルド』は悪くない。夫人もきっと忠猫を覚えていたからこそ『エドワルド』を迎え入れたのだ。
誰も悪くない。悪くない……けれどステラの胸の内でか細く息をする、今日このときまで必死だった彼は。今際の願いを懐き続けていた
(どうすれば、いいんだ……?)
彼の居場所は、あの瞬間を持って無くなっていたのだ。
「……ッ」
「どうされたの?」
打ちひしがれ顔をうつむくステラの前に、見知った少女が現れた駆けてやってきた。彼女はステラを覗き込むように顔を見上げる。
「ステラお姉さん?」
「……あっ、ああ……エーリーシャちゃんか。おはよう」
「違うのよ、こういうときは『ごきげんよう』というの」
「ははは、そうだったね。うん、そのとおりだ……」
「……どうかしたの?」
「え、あ……いや、なんでも――」
なんでもないわけがない。だが、エーリーシャに告げて何が出来るというのか……しかし彼女は首を傾げてステラが抱える忠猫を見た。
「お姉さん、その猫さんはどうしたの?」
「この仔かい? ああ……いや、調子が悪いみたいで、ね……」
「そうなの……お姉さん、ちょっとしゃがんで」
「うん……?」
指示されるまま少しかがむと、エーリーシャは忠猫の背を優しく撫でる。
「大丈夫、大丈夫よ。私がちゃんと見てあげるんだから」
「――!」
ステラが目を見開く。エーリーシャの声に反応したように
「あらら、寝ちゃったわ……疲れてたのかしら」
「ああ……ありがとう。大分良くなったようだよ」
「大丈夫かしら、お姉さんちゃんと面倒を……どっ、どうしたの?! なんで泣いて……わたくし、なにか悪いことを……」
「いいや、そうじゃない。そうじゃあないんだ……ありがとう、エーリーシャちゃん。君は優しい娘だよ」
ステラが優しく笑ってエーリーシャの髪を撫で、一礼すると幸せそうに眠る忠猫を抱いてその場をあとにした。
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