05-04-02:ソードダンス
プリムラを筆頭に一行はルサルカからほど近い海岸に立っていた。流石に壁の外とあって人影もなく寂しい場所であるが、その分秘密の練習をするには十分である。勿論3部門の1つであるダンス練習のためだ。流石にデルフィの店では狭すぎるし、かといって秘密の部屋をプリムラに明かすことも出来ない。故にこの様な野外に出てきたというわけだ。基本的に『掃除』が成されているため安全ではあるものの、仮に何かが襲ってきても
「さてステラの姐さん……剣舞はできる言うとったな。いっぺんみせてんか?」
「よかろう!」
いつもの衣装のいつものベルトからシャキンと黒のグラジオラス、鈍のロスラトゥムを引き抜く。半身に構えた彼女は鈴鳴の声で静かに心象魔法を
「
「ファッ?!」
ぎゅるりと螺旋を描き透明な赤が黒を這い、ざらりと円環を描き砂塵が鈍を覆う。後には燃えたぎる朱い刃と、岩錆た短刀がステラの手に有る。
「な、何なん? それは……ま、
「どこからどう見ても
「シオンの兄さん……?」
「まぁ
「せやかてこれは――」
「んじゃ始めるぞ~」
プリムラの戸惑いを置いてステラがするりと動き出した。
半歩歩み出て朱を振るい、業と燃える焔が砂浜を照らす。
すり足で岩肌に弧を描き、砂塵を振りまき影を映す。
くるり、くるりと廻りて切る。
しゃなり、しゃなりと巡りて断つ。
焔は浄いて岩戸を開く。
砂は流れて全てを隠す。
回れ、周れよ、つるぎよ廻れ。
いと疾く駆けよ、祖は麗しき月。
いと鈍く触れよ、祖は眩かし陽。
払え、拂えよ、つるぎよ祓え。
ステラの剣舞は文字通りの『舞』であった。ただ1つ1つの動作が真っ直ぐ、水が落ち、風が吹き、空が晴れ、さざなみを打つが如く、全てが流れるようにつながっている。早く、遅く、リズミカルであり不協和音。止まることのない動きが場を切り取って不可侵の領域を作り出した。
聖域が作り上げられる様を見せつけられてプリムラは1步も動くことが出来ず見とれてしまう。ステラの舞が終わり、双ツ花を収めてなお夢見心地だったのは仕方のないことだろう。シオンに眼前で手を振られなければ、そのまま気絶していたやも知れない。
「大丈夫ですか?」
「あ、お、おぅ。大丈夫……ちょいビックリしただけや。でも今のは何なん? 見たこと無いダンスやったけど……」
「ちょっと説明が難しいんだけど、故国にある『神楽』というやつが近いな。まぁ魔祓いの儀式ムーブメントとでも思ってくれ」
「魔祓いて、ステラさんてどこ出身や」
「トーヨーという所なんだが此処からはサッパリだ。これでも記憶喪失だからね」
「記憶、喪失……?」
さらっと身上を語ると、目を瞬いてプリムラが苦い顔をする。
「中々難しい生い立ちやな……でもまぁ踊りは問題なさそうやわ。後は伴奏があれば完璧なんやけど」
「伴奏? 楽器がいるのか」
「せやで。めっちゃ凄かったけど、やっぱり伴奏が無いと評価値さがるんやな」
「さ、流石に小生楽器はできないなぁ」
「姐さんでもそれは無理なんやな、ちょっと安心したわ……」
如何に万能の器を持っていたとしても注ぐ酒が安物では台無しだ。前世においても楽器など……学校で触ったリコーダーが関の山だ。ほぼ楽器のガの字も経験がないと言え、彼女としては如何ともし難い壁になる。だがここでシオンがおずおずと手を上げた。
「それってステラさんが弾かなければならないのですか?」
「いや、普通は専用の楽団雇ったりするで」
「なら僕、三琴ならできますよ」
「シオンの兄さんほんまか?」
「ええ、たしなみ程度ですが……」
「まぁた雅な楽器を操れるんやねぇ」
「ま、まったまった。サンキンってなんだ? 小生『コウタイ』の方ならわかるんだけど」
「弦が3つある琴ですね。こんな形をしてます」
そう言ってシオンが砂浜に楽器の形を描く。形状としては琵琶と三味線、ニ琴が三身合体したような見た目であろうか。弦は言葉通りの3つ、爪弾くよりは弓で弾く楽器のようである。ステラはラ・フランスにロングソードをぶっ刺した図を頭に思い浮かべた。
「音色は奏者次第ですが、弓を使えば揺れ動くような。つま弾けば鋭く突き抜けるような音色が特徴ですね」
「小生の故国にも似た楽器があるな、珍しいこともあったものだ」
「変なところで似てますね……とはいえ実物を入手する必要があるので何ともし難いですが」
「今街はお祭り気分じゃん。バザーかなんかで中古の売ってないかな」
「うーん、露店も多い今ならあるかもやな。『ウタウタイ』の様子を見て『せっかくやし買うてくか』って人が多いねん。安物買いの銭失いなんやけどな」
「ならお買物だな! なんだかんだ楽しいよねぇ〜へへへ」
「ステラの姉さんは気楽やなあ」
「それが性分ですから!!」
「いや皮肉やで?」
サムズ・アップするステラはさておき、3人は街へ戻って安さを売りとする売店を巡る。プリムラの言うとおり確かにいくつか土産物として安い楽器がいくつか並べられているが、シオンの目に叶う物はそこにない。
やはり粗が気になるしステラも首をかしげる品質……いわば大量生産品のタペストリーだ。
結局その日いっぱい店をめぐり、古道具屋の片隅に置かれた古めかしい三琴を銀貨70で買う事になった。なかなか大きい出費であるが……宿代が浮いたぶんでなんとかなるだろう。何より買える範囲で唯一まともな品である。これ以外に手はなかったと言えた。
「あとはきれいに磨けばおっけーだな」
「せやな、見てくれくらいは整えんと。さもしい努力なんて言ってられへん」
だが『磨き』をするのは恐らくステラだ。ともすれば如何に抑えさせるべきか。下手をすれば光り輝く神代の三琴にさえなりかねないとシオンは最悪を想定する。懐かしい重さを胸に、彼は静かに頭を悩ませるのであった。
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