04-99:章末

04-99-01:エピローグ

 この世界において年始とは特別な意味を持つ。即ち一様に1つ歳を数えることだ。すなわちステラはようやく1歳となった……ということになる。


 とはいえめでたいといえばそれぐらいであり……つまりは『正月気分』もなく、普通に一年の始まりを祝って少しだけいい食事をするくらいだ。


 なおステラは芋にチーズを載せた。


 ドチャクソ美味かったので、その日『長尻尾亭』からチーズが消えたのはいつもの事だろう。



 年明けからのウェルスは、戦後復興も金の力で瞬く間に進んでいく。占拠された村々も討伐隊が組まれ一斉に『掃除』された。『奇跡の姫騎士』が陣頭指揮を取るとあって、参加者が一目見ようと跡を絶たなかったのもある。

 とはいえ7つもの村が収穫祭ハーヴェスタ直後に壊滅とあっては収穫も期待できない。税収は問題ないとしても、食料が消えるのは問題だ。

 さらにその後に住む開拓者を募らねばならない、なんとも頭の痛い話だ。


 だが税収に関しては潜行者ダイバー離れが著しいという問題がある。あのような化物が居たという事実が怖気づかせ、行き控えを招いたのだ。しかしそこは逞しい人の心、今こそ稼ぎ時と勇猛を掲げる者は挙って潜っていく。


 結局迷宮探索ダイブは『美味しい仕事』なのだ。


 母数が下がった今こそ稼ぎ時というわけである。さらに迷宮でしか稼ぎを知らず、また貯蓄もない臆病者ダイバー達もさほど時を置かず元に戻ることになるだろう。今さえ耐えしのげばなんとかなる問題では有るが腹は痛いに代わりない。


 つまるところ先が見えつつある状況であり、2人からみてもウェルスはもう大丈夫に思えるのだ。


 しかし大問題だと驚き立ち上がる者が目の前に座っていた。


「そんな、もういっちゃうんですか?!」


 迷宮都市ラビリンシアウェルス領主代行、薄い黄色のドレスを纏うメディエ・サフィル・ティンダーである。少し髪が伸びた彼女はレースのリボンで髪をポニーテールにしていた。


 正式に代行として任命され、日々仕事に尽力している。多忙な日々を送る中、久々に時間ができたとお茶に誘われた所で2人が出立を切り出したのだ。


「前も言った通り、僕らはヴォーパルを巡る旅をしています。そろそろ次を目指さなければ」

「で、でも私、そんな急に……何も、返せてない……」


 これにからりと笑って答えるのはステラだ。


「馬鹿だなぁメディエちゃん。仲間だろうに、そんなこと気にするんじゃない。持ちつ持たれつってやつさ。

 それに君は君でやるべきことがあるだろう?」

「それは……」


 彼女はこの後に予定を控えていた。本当に絞り出したかのような、つかの間の平穏なのである。それが急な話を切り出したものだから、動揺してしまったのだ。


「ま、今生の別れってことでもあるまい。また会えるさ、お守りリボンもあるし因果ヴォーパルも繋がっている」


 うーんこのスコーン最高かよ、ジャムとの相性がグンパツじゃねえのと考えつつ、脇に立てかけられた剣に目線を向ける。


『僕としても可及的速やかに片付けて欲しい案件デスね〜。寝てた身としてはお恥ずかしい限りなんデスが……現状不確定要素多すぎなんデスよ。世界の危機と言っても過言ではない』

『肯定。すでに事態は動き出していると見てください』


 追い打ちするようにヴォーパル達も頷きあう。ぬぬぬと唸るメディエが、ついにため息をついて語りと椅子に座り直した。


 ヴォーパルの騎士となった彼女も本当はわかっているのだ。ただ、気のおけない友人が減るのが、寂しかっただけで……。


 すっかり意気消沈した彼女にステラが苦笑する。


「さて。我々はこれから、テナークスさんの伝手で『レントゥース商会』の商隊護衛依頼に付く。そこから港で船に乗るんだ」

「そして向き先は水の都『ルサルカ』です」


 ルサルカは魚人族ゼルマーフが治める水上都市である。ヴェネツィアのような水上・運河が犇めいており、水の回廊を回船ゴンドラが多く行き交っている……とはステラの愛読書、猫の細道に記されたものだ。概ねその通りなのだが、ウェルスからはとても遠い場所にある。


 ステラはまた会えると言葉にしたが、旅行く者と別れたあと、再会を喜ぶ事はあまりに少ない。


「……」

「まあまあ、暗くなるなよ。その子も心配しているだろう」


 指差す先にはレースのリボン。ステラの魔法がかかった特別な一品だ。リボンはポニーを崩すわけにも行かず、さりとて慰めぬわけにも行かず。ぴこぴこふりふりと風もないのにゆれている。


「ちゃんと名前をつけてあげなよ? そういうの分かる繊細な子だからね」

「わかってますよ……」


 このリボンに救われたのは真実だ。だからこそこうして愛用しているのだから。


「……また、会えますよね?」

「勿論だとも。何なら約束する? 小生の国でいう指切りげんま――」

「ステラさん叩きますよ?」

「アッハイ、スミマセンシオンサン!!」


 約束破るとハリセンボンである。予想するにシオンも歯牙にかかる系の呪いなので、彼の直感はとても正しかった。


「……さて、長居するのもなんだ。そろそろ御暇しようかな」

「あ、なら……ステラにちょっとだけ話があるです。師……シオンは先に行ってて下さい」

「うん? わかりました、では先に行ってますので」


 シオンが席を外し、女性二人だけになる席でメディエがまっすぐステラの目を見た。


「1つ、聞きたい事があるんです」

「なにかな? 答えられる限り回答しよう」


「ステラは……シオンのことをどう思っているのですか?」

「シオン君か? それは、『頼れる相棒』……だけど」

「相棒、ですか……」


 メディエがうんざりしたように溜息をつくと、端たないを承知でテーブルの上で手を組んだ。


「だから、私からステラに問いかけるのは1つです。『』……よく考えてください」

「それはどういう――」


まことを見いだせないと、いつか道を違える事になるですよ?」

「えっ……?」


「必ず、必ず答えを出してください? これは……友達からのアドバイスです」

「……」


 押し黙るステラにメディエが頷くも、しかし彼女の目がキラキラしていることに気づいて訝しむ。


「そ、そっかぁ〜! へへへ、友達っ! そっかそっかー! ふふふ、嬉しいなー友達が増えたぞ!」

「あーっ、そうでしたステラってアホの子でした……!」

「ちょま、なんだと?! あ、アホっていうほどアホじゃないし! ひ、1人でお使いもできるし!」

「そういうことじゃないんですよーー!」

「ぬええ……?!」


 困惑とため息。すれ違いの漫談にメディエが吹き出し、つられてステラもクスクス笑う。


「でも、ちゃんと考えてくださいね。答えは心が知ってますから」

「分かった、友達の助言だもの。肝に銘じておくよ」

「そうして下さい。さぁ、シオンが待ってます。行ってあげてください」

「うん! じゃあ、メディエちゃん!」

「ええ、また」


 今度こそ去りゆく背中を見ながら、『またね』という言葉が擽ったく、また確信めいた物に感じられる。


「ほんとにしっかりしてくださいよ? でないと、私が取っちゃいますからね」


 小さくつぶやく言葉は、しかし誰の耳にも届かず風に揺れて消えてゆくのだった。




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