04-17-05:V.O.R.P.A.L-NO.23 "YENISTER"/Advent Star

 ――天に神は居まし、世は並べて事も無し。事実としてあれだけのことがあったにもかかわらず、街は既に動き出していた。


「メディエちゃん大丈夫かな……」


 いつにも増して景気の良い『幸せの長尻尾亭』食堂で、朝食のテルテリャ芋を突きつつぽやんと呟く。街を回すティンダー家の次期当主がしたことで、現在領主の代行役はメディエが受け持っている。

 初段から災害復興、また王都からの援軍の対応、残存する魔物の討伐という役目を担う事となった彼女は、目が回るほど忙しくしていた。


「うまく……やってるんじゃない、ですかねえ……」


 対するシオンも物憂げに芋をつついている。だいぶ元気がない彼は、水を与えられずしおれた花のようだ。ギリギリ思考力は保持されているが何が彼に起こったのだろうか。


「まぁ、イェニスターもいるものな」

「ええ……そうですね……」


 左様、2人がメディエを心配していないのは、彼女の腰にあるだろうイェニスターの存在が大きい。物言う剣ヴォーパルたるイェニスターは元々ハーブ・フローラ・ティンダーだ。ゆくゆくは領主を補佐する位置に付く予定だった人材である。故にその記憶を持ってうまく彼女をサポートしているのだ。まさに秘書剣である。


 ただ2人がのんきにしている理由はそれだけではなく、周辺は活気に溢れた声が行き交っている為だ。大きな悲劇があったにもかかわらず、街は明るい話題で持ちきりなのである。


 曰く『ウェルス七不思議』と呼ばれるうわさ話だ。


 『魔女急行』

 『猫の集会』

 『猫将軍』

 『ツガイジンバエ』

 『蒼のきまぐれ妖精姫』

 『巨人のしもべ』

 『花散る奇跡』


 殆どこの二人が関与しているという点には目をつぶり、いま街ではどのように語られるのかみてみよう。


 子供達に人気なのは主に『魔女急行』『猫の集会』『猫将軍』の3つだ。ウィンディアを除き、空を飛ぶというのが憧れの1つであるし、猫達の統率の取れた動きは騒乱にあっても健在である。


 協力してご主人を守る、と言うことにかけて忠犬めいた奮迅ぶりを見せたのだ。それも風のように来て嵐のように去る徹底ぶりであり、また現れた猫達を人々は慈しみつつもふもふんと撫でるのであった。


 奥様に恐れられているのは『ツガイジンバエ』である。魔物の襲撃があったという事実が存在を補強して、『人間大のジンバエが街に潜んでいる』と背筋を震わせた。

 完全に都市伝説めいた怪人である。



 そして最も語られるのは『花散る奇跡』。多くのものが目にしただけあり、街中で噂が絶える日がない。また奇跡の体現者がヴォーパルの騎士として、街を指揮していると言うのだからたまらない。もはや守護神めいた進行すら集める『姫騎士様』として、ティンダー家に対する支持率はうなぎ登りであった。



 だが奇跡はそれだけではないのはご存知のとおりだ。



 街を守るように現れた岩の巨腕『巨人のしもべ』、これは地神イデアの使徒が現れた故と言われている。岩石や大地に根付くものはイデアにつらなるためそう捉えられたのだ。また『デカい』ということは人の心に多大なるインパクトを与える。

 目下イデア教会にはお祈りに来るものが後を絶たず、先日様子を見たところ非常に忙しそうであった。孤児達も率先して列整理に赴いている事からも多忙ぶりが伺える。


 そして遠目に輝く蒼の軌跡『蒼のきまぐれ妖精姫』。美しい残滓と共に魔獣ジャバウォックに立ち向かう姿を、人々は口々に噂した。曰く妖精である。美しい姫騎士が気まぐれに助けてくれたのか。神の御使いであろう。

 何にせよ『居た』事実は揺るがず、尾鰭のついた噂は次のようなものだ。


「憂いのある蒼水晶アメジストの瞳、輝く空色の腰まで届く髪、羽は王たる蒼の輝きを持ち、清楚なる白銀の衣を纏う。胸は諸説あるが、ブリードの祝福Aカップ派とワタウミの祝福Cカップ派に分かれる。

 妖精王の言いつけを破り、放蕩を続ける中で見かけた災厄に手を貸し何も言わず去っていった。気まぐれの由来はこれだね。

 なお理由については『本当に道すがらだよ派』『実は町の住人だよ派』『おてんばだよ派』など多数あるが……まあそのうち歴史の流れと、神話めいた幕を見た吟遊詩人連中がまとめてくれるだろう。

 ちなみに今、陣頭指揮を取っているメディエちゃんの次に人気の『』になってるね。青髪の女性はいまや大人気……ってシオン君聞いてる?」


「ぼくですし……」


 はぁ、と溜息をつくシオンは、己を起点とする噂に辟易しているのである。絵に描いたような妖精姫の姿は、確かにシオンの面影をすこしいじれば『あり』になのだ。


 そのせいで彼は何度か求婚されていた。


 都度断っても入れ替わり立ち替わりやって来るのである。


 辟易しつつもなんとか乗り切るが、遂に『男でもいい!』などという輩が来てしまった。限界だった彼はついし峰打ちで昏倒させてしまい御用となったのである。


 衛兵に捕まった彼は滾々と恐怖と虚しさを語った。特に事件が起きたのが絶世の美女ステラと歩いていたとき、と言うのがたまらない。黙っていれば見返り美人、そのステラをしてアウトオブ眼中で迫る男に、流石の彼も枯れたように笑うしかない。


 聴取に参加していた顔見知りの衛兵ドバイアスも、最後には沈痛な面持ちで彼の肩を叩いて慰める始末であった。同じ男として背筋が凍る思いであっただろう。


「まあまあ。人の噂も七十五日というし、少し我慢したまえ。それより年末が近いけど……」

「ああ、もうそんな時期ですか」


 もっちぇもっちと芋を食べつつ、年の暮れに思いを馳せる。こちらの世界ではツケ払いなど無いので、『年が越せぬ』心配はする必要がない。とはいえ新年を祝うお祭りはあるわけで、街は復興をしつつその準備に追われてもいるのだ。


「むふふ、楽しみだなぁ。はじめての年越しだよ」

「なんてことはない、ちょっとした事なんですけどねぇ」

「そのが、小生にはこの上なく嬉しいのさ」


 はふほふと芋を頬張り終えた彼女は、きれいになった皿を前に口を拭う。


「さて、そろっと次のヴォーパルに向けて準備をしないとね」

「そうですねぇ。元々の目的は果たされましたし……最早他の場所が心配です」

「うむ。だが今はこの時を、ゆったり過ごすとしようか」


 背伸びをしてぐでーっと力を抜いた彼女は、満足そうにはふーと息をついた。

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