04-13-05:Etcetera>Watershed///キリングドール

 時は少し遡り、アルヴィク公国からブスカドル王国への旅路での話だ。


 探索者ハンターは通常ギルドから仕事を受けるが、緊急に際して依頼主から直接依頼を受けることがある。たとえば訪れた村で畑が被害にあっているとか、偶然人手が足りないとか。


 理由は様々だが、その日2人が遭遇したのは『村が山賊に襲われた』というものだった。柵は壊れ、いたるところに争いの後や足跡が見て取れる。


 訪れた2人を探索者ハンターと見るや、村人たちは群がって助けを乞うた。


「どうかお助けくださいまし!」

「娘がさらわれたんです!」

「お願いします!」


 1つの村を丸々襲える戦力ならば総勢として30~40人は見込まねばならない。加えて2人しか居ないという事実から鑑みれば、本来断るべき事案だ。


 しかして訪れたのが居たのはシオンとステラのというイレギュラーコンビである。嘆願する視線は1つ増えて少年――というには25歳だが――にむかう。


「……はぁ、わかりましたよ。受けるなら先に報酬を決めましょう」


 個人で受ける場合に最も揉めるのがお金の問題だ。通常ここまでの大部隊ともなれば莫大な金がかかるだが……村人たちの顔は一様に暗い。山賊に搾取された後なのだ、用意できる報酬も無いのかもしれない。


「てなると『切取次第』ってなるのかね?」


 つまりはということだ。とはいえ盗品であるため、現金化するのはかなり手間がかかる品である。落し物を警察に届けるようにギルドに届けたあと、引き取り手との交渉により買い取られていくのだ。


 もちろん貰い手がなければオークションに流れるため、決して無駄にはならないのだが……それが何時に成るかわからないという点がネックになっている。


 そのため内密に懐へ入れる事もしばしばあるが、結局は『盗品である』ことに変わりない為トラブルのリスクは負う必要がある。


 どちらを選ぶかは探索者ハンターの方針次第だが、少なくとも成功すれば報酬が貰えないということは無い。


「仕方ないですね、それでよろしいですか?」

「ええ、ええ、よろしくおねがいします!」


 縋るように言われてしまった2人は頷きあって足跡を追うのであった。



◇◇◇



 戦闘自体は極々順調かつ淡々とすすんだ。無音瞬殺ステルス・キルを可能とするシオンと、心象魔法に依る超長距離無音狙撃スナイピングを可能とするステラ。主にシオンがアジト内部で暗殺し、逃げ出した者は等しくステラの魔弾が許しはしない。

 如何に大部隊と言えど、1人また1人と消していく様はホラー小説めいて山賊たちを恐怖に陥れた。


『な、なんか寒気がすぴゅっぇ』

『は? お前突然踊りだして何を……しっ死んでる!』

『ひぃっ、祟り、祟りだ!!』

『俺たちは呪われちまったんだ!』

『こっ、こんなところに居られるか! 俺は逃げるぞ!』

『てめぇらいい加減にしねぇか! 祟りなんぞあるわぇ――ぽ』

『お、親分?』

『ヒィイイイ親分の首がああああ!』

『おかあちゃああああん!!!』


 気配なく淡々と急所を切り裂くシオンと、泣き叫び逃げ出す山賊の心臓を淡々と穿ち射殺すステラ。結果として1つの撃ち漏らしもなくすべてを始末し終えることになった。証拠となる御印くびは淡々と刈り取り、残った胴体は魔物と同じく地中深くに埋葬する。


 2人で財宝等運べる全てを回収後、牢屋に繋がれた全員を保護して村への帰途へとついた。帰りは山賊の馬車が使えたので楽なもである。


 しかしながら乱暴を働かれた数名が泣き止まず、ステラが慰めるのにとても苦労したが……あやす様に抱きしめればやがて安心したように眠ってしまった。


「うーむ……やるせないなぁ」

「これ以上は高望みですよ」

「わかってはいるんだがね……」


 事実、依頼を受けてより僅か2時間程のことであった。



◇◇◇



 その日の夜。

 持ち帰った財宝から持ち主のわからぬものを除いて必要分うばわれたものを返還したところ、たいへん喜ばれて歓待を受けた。さらわれた女達は家族との再開に涙し、財政に余裕ができた村長達は胸をなでおろす。


 これ幸いとお祭り騒ぎが夜まで続いたが、夜半も過ぎようとした頃には流石に解散する。2人は与えられた村長の家の一室へと戻りベッドに潜り込んでいた。


 時刻は月は少し傾いたころだろうか、最早起きる人もない時間であったがステラはベッドに横になったまま、天井をぽやんとみつめていた。


「……なあ、シオン君。起きてる?」


 ささやくような小さな声は、はたして彼の耳に届いた。


「どうしました……?」

「……今日の仕事は、うまく行ったね」

「そうですね……」


 むしろ完璧にすぎる仕事と言える。同じ階級の探索者ハンターが同じ事をやろうと思っても不可能であろう。

 ただ、シオンはステラの声色に普段にないがあることに気がついた。


「……小生な、今日、初めて己の意志で人間ひとを殺したんだ」

「ああ……そういえば、そうなりますね」


「でもさ、魔物と一緒だった。震えすら起こらず、心になんの瑕疵もない。

 ただとしてんだ」

「……」


 暗闇に、震える声が小さく、しかしはっきりと溶けていく。


「なぁ、君は初めて人を、殺したとき……どう、だった……?

 こんな、何も感じない……なんて、おかしいよね……?」


「普通は……拒絶感で吐いたりしますね。僕も調子を崩しました」

「そう、だよね。やっぱりさ、小生っておかしい、ん、だ……」


 少年の深いため息が帰り、怯える震えが闇でも隠しきれぬほど顕になった。しかし続く彼の言葉は極めてうんざりと、呆れたように淡々としていた。


「あのねぇステラさん? 貴女がのは元からでしょうに」

「そ、それ酷くない……?」


「この世界のどこに貴女みたいな人がいるんですか。


 やたら腰が低いし。

 年を聞けば0歳なんていうし。

 魔法はすごいのにてんでへんてこで訳が分からない。

 歌ったら街中の人のお腹が空くなんて信じられません。

 ハイエルフ嫌いのドワーフに認められ、ありえないはずの星鉄をなんてことないように手にしてしまったり。

 ミアズマの幻想種ファンタズマを癒やしてしまって、ついには……魔喰らいに罹った母をも救ってくれました。


 そんな人はこの世に貴方しか居ないんですよ」


「そ、そりゃ小生がしたくて、出来るからやっただけで――」

「だから貴方のおかしさは、関わる人を皆笑顔にします。なら良いじゃないですか、ステラさんはステラさんなのだから。

 少なくともそういう在り方……僕は好きですよ?」


 言葉にステラが息を呑み、やがて小さく笑った。


「……そっかあ、フフフ。ありがと、シオン君」

「いいえ、構いません」



 また暗闇に沈黙が満ちた。故に囁く声は遠く少年へと届けてくれる……。



「ねぇ、シオンくん……おきてる……?」

「……なんです?」

「あのね……きょうだけ、そっちに行っても、いい?」

「はい?」


 甘える声にはっきりと目が冷めたシオンがステラの方を向く。暗がりの中ではあるが、期待するような目の輝きは見えるような気がした。


「はぁ……仕方ないですねぇ」

「えへへ、ありがと」


 ふぁさりと鳴る衣擦れのあと、寝返ったシオンの背中でもぞもぞとステラが入り込んでくる。ぴとりと寄り添うように近く、彼女はちいさく背中の布をつまむ。

 するといつか感じたより強く、甘い花の香りが漂ってきた。それは亡き母も好んだ薄紅色のアルエナの――。


「……シオンくんのせなかは、あたたかくて、おおきいね」

「貴女ほどじゃあありませんよ」

「いいや、おおきいよ……とても、とても……おおきいんだ」


 こつんと額を当てれば、とくんとくんと彼の心音が聞こえてくる。それがなんとも心地よくて、自然と微笑みを浮かべていた。


「……さあ、早く寝ましょう。明日も早いですからね」

「はあい……」


 猫が甘えるがごとく蹲り、すぐに規則正しい寝息が響いてきた。全く現金なことだとため息を付きつつ、この甘い香りに身を委ねると彼もまたするりと夢の中へと落ちていった――。




◇◇◇




 ――のだが、その日見た夢は端的に行って最悪だった。


「あ゛ー……酷い悪夢です」


 具体的には『薄紅色のアルエナ茶をすりつぶして混ぜた、香り立つふわふわの超巨大蒸しパン2つに挟まれて呼吸困難に陥る』というものである。

 蒸しパンからはいくら押しのけても伸し掛かってきて、ついぞ逃れる事ができなかった。やがて身動き1つ取れぬ金縛りに陥ったのだ。

 そんな内容を既に身支度を終え、珍しく寝癖と格闘しているステラに話せば、


「そっそれは災難だったねっ、うんうん!」


 と、若干頬を染めつつ目をそらしたのだった……。

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