04-14:ハザード・コール

04-14-01:ハザードコール/悪なき三条

 収穫祭ハーヴェスタ。この世界においては今年の収穫を祝い、また今の時期のブスカドル国ならどこででも行なわれるお祭りである。霧の森に近い『テリスペ村』でも同じであるが、街で行われるものと1つだけ違うことが在る。


 それは恋の一大イベント……つまりお見合いの側面があるということだ。


 村々によって細部は異なるが、男性が女性を最終日の踊りに誘って承諾すればプロポーズ成功だ。お祭りが近づくにつれて独身の成人男女はにわかにざわめき出す。


 村の青年、カシマールもまた独特の緊迫感に浮かされる1人である。


(今年はミセリアを絶対に誘うんだ!)


 ミセリアとは彼の幼馴染にして村一番の器量良しだ。小さい頃から仲の良かった彼女であるが、最近はどんどん女性らしさが増して綺麗になっている。他の男たちもミセリアに注目しはじめていて、密かに危機感を持っていた。だというのに彼女と来たら脳天気にも気付かず、少女特有の甘い香りを振りまいて初な心を揺れ動かしているのである。


 最早自分たちは子供ではない、男と女なのだ。金の交じる赤い髪、ぷっくり桜色の唇、大きな胸にくびれた腰、大きなお尻も魅力的で……硬くて柔らかい指先は何より暖かい。


 これではミセリアの貞操は何時失われるとも限らない。何より歌詞マールが妻を求めるならミセリア以外に考えられなかった。断じてよその男に奪われるなど御免である。故にこうして仕事をなんとか早く終わらせ、時間を作ってミセリアのもとへやって来たのだ。



 洗濯物をしていた彼女は前かがみで揉み洗いをしており、顕となった胸元にカシマールの頬に朱が指す。こう言う無防備な所がというのに。


 すーはーすーはー。深呼吸して気を取り直すと彼女の前へと歩いていく。


「よ、ようミセリア。いい天気だな」

「カシマール? そうね、洗濯物がすぐ乾くから助かるわ」


 ふぅ、と顔を上げて額の汗を拭う彼女の笑顔は太陽よりも眩しい。だから意を決して彼は一歩前に出た。緊張で固まる顔に見せリアの表情がひくつく。


「どうしたの。顔が怖いわよ?」

「……収穫祭でさ、俺と踊ってくれないか?」

「え、いいわよ」

「そうか……いいのか……いいのかか?!」


 パチパチ瞬く彼はキョトンと首を傾げるミセリアを視る。


「そ、そうじゃなくてだな、俺は――」

「花かんむりは用意してくれるのよね」

「〜〜ッッ?!?!!」


 テリスペ村周辺の村々では3日目の踊りに於いて、男が送った特別な花かんむりをかぶる風習が有る。受け取った女と3日目の夜に踊れば晴れて結ばれるというわけだ。


 結婚式も兼ねた故に3日目は盛大に祝われる。故に冠に使う花は美しければ美しいほど縁起がよく、大切なものだと周囲に示す意味も出て来る。


「どうせ言っても外に行くんでしょ? 気をつけなさいよ、アンタちょっと危なっかしいところがあるから」

「そ、そんなことはねぇよ?」

「どうかしらね。アタシは村の花でも満足だけど――」


 ミセリア然しながら村の中で採れる花などたかが知れており、概ね村の外……森の中への採集を必要とする。つまり男達の勇気を試す試練なのだ。


「じゃ、あたし仕事が残ってるから行くね。冠の花、期待してるから」

「おっ、おう!!」


 1人ぽつねんと残された彼は暫しその場に佇んだあと、ぐっと拳を握りしめて飛び上がった。



◇◇◇



 初日は普通に祭りを楽しんだカシマールは、当然2日目は参加しなかった。それもそのはず、ミセリアのための花かんむりを作るなら今日しかないからだ。初日でも良いのだが花が萎れてしまうかもしれない。だからできるだけ2日目に採取して編み上げるのが男たちの知恵であった。


 実際に注意深く観察すれば村の男達は幾人か、こっそりと祭りを抜け出して森へと入っていくのが分かるだろう。もちろん危険なことには変わりないため、十分に覚悟が必要な作業だ。


 だが気負いは無い。


 生まれた時から村育ちの男たちにとって森は慣れ親しんだ庭にも等しい。魔物や獣は驚異だが当然逃げるすべは持ち合わせているのだ。

 更に幼い頃から慣れ親しんだ森のなかで『特別な場所』をそれぞれが持っていた。


 時に親から受け継がれる場所こそ、男たちが独自に知りうる秘密の園である。


 カシマールもまた秘密の場所を知っていた。森の中、裂け目のような洞窟の先、天井が壊れた広間の中。大人となった彼が経ってもまだ天井に手が届かないほど広い場所に、一筋の光が差し込んでいる。


 何者にも邪魔されない小さな日溜まりには、寄り添うように小さな花園が存在していた。


 この場所は幼少の砌、ミセリアとともに見つけた思い出の場所だ。天井の穴からカシマールが落ちて、ミセリアが意を決して飛び込んだのである。

 見上げた穴は中々に高く、あんなところから落ちてよく助かったものだと今なら背筋が震えた。落ちた後記憶がないが、ミセリアが手当してくれた事は覚えている。とはいえ彼女もまたあそこから飛び降りたのだが……。


 事実を言えばはこの秘密の園に咲き誇る花々が、探索者ハンターが見れば目を剥くばかりということであろう。ウェルスの薬師・ヴァイセが見れば泡を吹いて倒れるだろう。


 とはいえ素知らぬカシマールにとってはただの美しく、思いの篭った花でしかない。自前のナイフで厳選した花を丁寧に摘み取って、思いを込めつつ花かんむりを仕上げていく。


「……よし」


 出来上がった冠は可愛らしい小さな白い花をあしい、6ヶ所に大きなゆりに似た花を飾る七栄神を意識したデザインだ。正面に来る花はミセリアの瞳と同じ青色で、4枚花弁の大輪の花を納めていた。


 これをかぶるミセリアはどれだけ美しくなることだろう。喜ぶ笑顔を想像するだけで口元が緩んでしまう。

 カシマールは一通り不備を確かめた後、丁寧に箱に収めて立ち上がった。そして天井から射す光がだいぶ傾いていることに気付いて舌打ちする。


「ちょっと時間を食いすぎたか。早く帰らないと……」


 とはいえあまり慌てても花かんむりを壊しかねない。慎重に箱を抱えて洞窟を抜けると――、


「ん……?」


 遠くで黒煙がもうもうと立ち上がっているのがみえた。それは丁度テリスペ村の方角だ。同時に赤い火の粉が舞い上がるさまが見える。


「ミセリア!」


 箱を取り落とした彼は、村に向かって一目散に駆けた。



◇◇◇



「――ッ?!」


 テリスペ村は燃えていた。


 悲鳴と叫び声、苦悶に笑い声。

 何が起きたのかてんで訳がわからない。


 分かるのは成し得た者が悪逆を良しとする『魔物の群れ』というただそれだけ。故に隠れもしない彼の存在に悪意が気づかぬはずもない。


「ひ」


 無数の瞳が彼を射抜いた。雨のごとく降り注ぐそれは驚嘆、喜楽、愉悦、そして明確な殺意。


 気づくとカシマールは村を背に走り出していた。立ち向かうなど欠片も考えなかった。ただ殺される、死にたくないと言う衝動が彼を突き動かす。


 何かの嗤い声が聴こえた。

 何かが空を切る音がした。

 何かが壊れた確信がある。


 走る。走る。走る。

 ただひたすら走った。


 恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい。

 ただひたすら怖かった。


 風のざわめきも。

 闇のおそろしさも。

 月のあかりでさえ。


 何もかもが恐ろしい。


 彼はただ逃げることだけを考えて走り抜いた。

 そして遭遇したのは3人の探索者ハンターである。


「き、君どうしたんだ?!」


 声をかけられて漸く彼は『恐ろしい』がことに気がついた。同時に気が抜けてしまったのか崩れるように倒れ、意識を失った。

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