04-13:ハンター・スカウト

04-13-01:ターゲット・ワンアンドワン

 粗野な者集いし潜行者ダイバーの街、ウェルス。しかして酒池肉林の如き喧しい酒場ばかりが軒を連ねる訳ではなく、確りと高級路線の店も存在している。


 雰囲気を崩さない程度にぼんやりとした明るさの店内の一画に、グラスを傾けもせずローブを纏う女が1人座っている。ゆったりした衣服の上からですら、艶めかしいラインを隠しきれていない。


 だと言うのに何故声をかけないのかと言えば、彼女の存在感が極端に無いせいだ。如何な伊達男がいたとしても、意図的に気配を消している彼女に気づくことは先ず無い。


 気づくとすれば相応の実力者のみであろう。


 故にグラスを手に席を隣とした男もまた、彼女と同じく美麗な顔立ちをしながらにして、声をかけられることもない。


「……席に付いたということは……同意と見て良いのかしらね?」

「まあね。私からしても望むべきところだ」

「じゃあ契約成立ね」


 クスリと笑う姿は何も知らぬ男であれば一息で心臓を射抜かれていただろう。だが男の趣味ではないし、女の趣味は美少年である。


 女はグラスを男へと掲げた。


「何に乾杯するんだい?」

「そうねぇ……お互いの成功を祈って」

「だね。お互いの願いが叶うことを祈って」


 かちんとグラスが鳴り、秘密は取り交わされた。



◇◇◇



 ある日朝。『幸せの長尻尾亭』でいつもどおりのお芋さんに、フィールレモン強めのルッタのタレマヨネーズをこれでもかと盛りつつ、もっちゅもちゅと食べていると、看板娘のトゥイシがやってきた。


 彼女の手には荘厳な装飾が施された羊皮紙の巻紙が2つある。


「どうしたんだい? そんな巻紙を持って」

「2人に手紙ね。此方はステラさん、此方はシオンさんに」


 おや、とお互いに首を傾げる。2人に、なら解るのだが個人宛に、となると思い当たる節がないのだ。


「珍しいですね……」

「なんかあったっけ? 手紙をもらうような用事って」

探索者ハンターギルドの召喚命令書ならありうるんですが、ギルドのフォーマットじゃないですねぇ」

「むぅ……とりあえず開けてみようか」


 受け取った羊皮紙の封蝋を解いてそれぞれが内容を読み取る。内容を読むに連れてにシオン眉をひそめ、ステラは首を傾げた。


「ふむぅ、なんだこれ? 『ヴィセ・プロッソ』の招待状? 日付は今日だな」

「ナンッ!!!」


 トゥイシがバフッと息を吹いた。ウェルウェルの乳ぎゅうにゅうを口に含んで居なかったのが幸いだ。


「な、なななんですって? 『ヴィセ・プロッソ』?!」

「知ってるのかトゥイシちゃん」


 こてんと首をかしげる彼女に対し、トゥイシはわなわなと振るえだした。


「知ってるも何も、超有名高級宿付属のリストランテですよ! 出すものすべて至高の1品、一生で1度でいいから食べてみたい……」

「ほえー、ならあげようか?」


 さっと招待状になる羊皮紙を差し出された看板娘の時は一瞬停止した。致命的な隙である。ここが戦場おひるどきであれば真っ先に死んでいたセクハラされていただろう。

 もちろんそんな事をしては断罪の剣おぼんが脳天に振ってくるので注意が必要だ。


「だっだめですよ! それを贈られたってことは相応に格がある方ですし、それに――うん、やっぱりステラさんが行かなきゃだめです!」

「ふむん、そんなものかねぇ? シオン君の方はなんだった?」


 話を振られたシオンは嘆息しつつぴらりと羊皮紙を此方に見せてくれた。


「こちらは『ファルティシニア』の招待状。此方も日付は今日ですね」

「ケバブッ!!」


 トゥイシが白目を向いて倒れかけた。可愛い顔が面白いことになって台無しである。ところでステラは今肉料理の気分なので、夕飯はベーコン入りのウースにしてもらおうと心に決めた。


「ふ、ふふふ『ファルティシニア』ですか?!」

「その様子では……ご存じのようですね?」

「ご存知も何もありませんよ! ワインからミード、あらゆるお酒が集うサロンです! 星歴イスタリア7453年物のリュシティワインなんて『ファルティシニア』出なきゃ扱いがないですよ……?!」

「成る程……良ければ進呈しましょうか?」


 またしてもトゥイシの時が止まる。脳裏に過ぎゆくは幾多の飲んでみたいラベルの数々……夕方は酒も出すこともあって、看板娘なりに酒には詳しいのである。

 だがこれについても手紙の意図を組んで歯を食いしばって耐えた。彼女の心は今、哭いているのだ……。


「も、もぅ! かからかわないでください! どれだけ光栄なことかお分かりでないから、そんなことが言えるんです!」

「そうでしょうかねぇ?」


 ぷくっとふくれるトゥイシはぷんすか怒りだした。招待状がどれだけすごいものか、きっと分かっていないに違いないのだ。故に


「もおー、お二人共淡白すぎます! もう少し喜んでくださいよ!」


 言葉に顔を見合わせるも、両者ともに眉根をひそめる始末であった。


「シオン君はそれ嬉しい?」

「うーん、どうでもいいですね?」

「ふむん、実は小生もそうなんだ……」


 これには流石の看板娘も1人の少女おしゃけだいしゅきとしてブチ切れた。


「むきー! 来たなら来たでさっさと行く! はいはい行ったいった!」

「「えぇー」」


 無理やり急かされる2人は、最低限できるおめかしをしてからそれぞれ分かれて店に向かって歩いていった。



… … …



◇◇◇



 その日の夜。お望みどおり薫り立つ厚切りベーコン入りのテルテリャ・ウースを、はなまる笑顔で頬張るステラは同じく静かに食すシオンに問いかける。


「シオン君、今日はどうだった?」

「お酒美味しかったですよ。ステラさんは?」

「料理旨かったな。うん、おすすめするだけはあった。でもね、この街で一番といえばやっぱし……」


 カチンとスプーンに乗った、とろりと溶けるテルテリャ芋とベーコンの優しくもゴクリと喉を鳴らさずには居られない香りににへらと顔が崩れる。


「むふふ、小生はこれが一番好きだなあ!」

「そうですねぇ、特に気楽に食べられて美味しいのが良いです」

「だよね、だよね! 特に旦那さんが毎日おいしくなあれって工夫してるのが良いんだ!」


 これに不満げなのは看板娘トゥイシである。


「それは嬉しいんですが……その様子だと、なんだかその後が聞きづらいですねぇ」

「ふむん、実際面白くない話だが聞いてみる?」

「いいんですか?」


「別に構わんよな、シオン君?」

「ええ、かなりくだらない話です……それでもよければ」


 ぱぁっと笑顔になる彼女はお盆を胸にコクコクと頷いた。


「是非是非!」


 目を輝かせる少女に、先ずシオンが朗々とあったことを語り始めた。

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