04-12:トランプル・オブ・ラビリンス

04-12-01:トランプル・ザ・トラブル

 迷宮ラビリンス潜行ダイブしないことの利点の1つに、美味しいお昼を食べられる事が挙げられる。

 率先して街仕事をこなすシオンとステラの2人は、ウェルスでも知る人ぞ知る探索者ハンターとなっていた。もちろん安牌を踏む様子に『コバルラビおくびょうもの』と呼ぶ潜行者ダイバーも少なくなかったが、『グラン・クレスター』の一件で実力を知る者達は憐憫を持って馬鹿共それらをたしなめた。


 曰く、『』と。


 そんな訳でお昼は何時にもまして賑わう『長尻尾亭』でランチである。今日は肉団子の煮込みスープだ! 神代級とは言わずとも、達人級の旦那さんが作り出す味わい深くも自然と甘いスープには、ステラもほっこりほこほこ笑顔が溢れてしまう。


「むむむ、街の食事も侮れないですね……シンプル故に丁寧に作っているのがとても良く分かるです」

「わかるかシェルタちゃん! そーなんだよ、旦那さんの料理はすごいンだ! 丁寧に灰汁を取らないと、この優し味は出ないんだよなぁ〜♪」


 このように実況グルメレポートもついてくるのだ。やり取りを見に来る常連客も増え、今や長尻尾亭のランチは大繁盛であった。


 なお看板娘と女将さんの目は銭である。


 つまり『シュテルネン・リヒト』を利用している事にシオンは気づいていたが、この点についてはと放置している。実際に料理のレベルはシオンの舌を以て日々向上しているし、また周囲の料理と見比べれば一目瞭然にのだ。

 恐らく調理担当の旦那さんが気を使ってくれているのだろう……。涙ぐましい恩返しに、彼は口をつむぐしか無い。


 最終的には頭空っぽにして『おいしい』を楽しめるステラの一人勝ちとも言えた。余計なことを考えないって素晴らしい才能だなと思いつつ、彼は彼でちゃっかりと料理を楽しんでいたりする。


 だからこうして愉快な食事会の中、思いもしないトラブルが舞い込むなど思っても見なかったのだ。


「おや?」


 だん、と床を強く蹴る音と荒い息遣いがステラの耳に届き振り返る。すると見知った美しい毛並みが目に入った。


 慌てる彼女が周囲を見回し目線が合うと、途端ポロポロ泣き出して駆け寄ってきた。慌てて立ち上がるステラがふかふかで抱きとめると、彼女は小さく振るえている。


「どっ、どうしたのチャルタちゃん?!」


 少し血の匂いがする彼女、何か尋常でない事態が起こったに違いない。

 見ていたシオンはある種の予感を信じて、まだ料理の残る皿を片付けだした。困惑するシェルタも彼の様子を見て同じく手伝いを始める。

 


御姉様おニェーさま……たすけて、ください……」

「よしきた、何をすればいい?」


 二つ返事で承諾する彼女の顔は引き締まり、がっしと彼女の肩を掴んで目線を合わせた。



◇◇◇



 チャルタを加えた『シュテルネン・リヒト』は人混みをかき分け、一路探索者ギルドへ向けて走っていた。


「チャルタさん、走りながらまとめますね?

 1つ、迷宮ラビリンス新種の魔物アンノウンに接触した。

 2つ、不可視の新種の魔物アンノウンに対処できたのは貴女とグルトン氏だけ。

 3つ、グルトン氏が殿として戦ってチャルタさんを逃した。

 4つ、彼は助けとして我々を呼んだ。

 間違いありませんか?」

「その、通りニャ……!」


 何故グルトンがステラを呼んだのか。少なくとも彼女が関与した事が原因である事は明らかであり……敵は単なる魔物ではない、という事も同時に表している。


 シオンとステラに関連深い……ヴォーパルが討滅するべき魔獣ジャヴァウォック。シオンは胸元のイフェイオンからして、どうも『ステラ』という存在が無関係であると考えていなかった。


 仮定としてステラが『魔獣殺しを補佐する巫女』であるなら……彼女の祝福まほうを受けた結果、2人は助かり危機に陥っていると言える。


「ところで師匠。ボク達迷宮に潜ったこと無いんですけど……大丈夫ですかね?」

「んー……リスクが有りすぎますね。ですが、今回に限っては問題ないと思いますよ」


 シオンがくいっと視線でステラの方を示す。真剣な面持ちの彼女にシェルタも『なる程』と理解する。彼女はまた『すごいこと』をやるつもりなのだ。


 なら安心していい……のだろうか?


「よしゃー、ギルドへ急ぐよ!」


 悩みかけたシェルタにステラの声が響き、走る速度が1段階あがる。普段ゆったりと行く道であるが、この時に限ってはあっという間にギルド建屋へとたどり着いた。


 付いたのは良いのだが……。


「な、なんじゃこりゃぁ……?」


 ギルドの受付ロビーは人混みで溢れかえっていた。あの閑古鳥鳴くゼーフントの窓口でさえ今日は大繁盛である。怒声の飛び交うギルドは話をするどころではなくなっていた。


「ああんもぅ、こんな日に限って何が起きたんだ……!」


 地団駄を踏むステラだが、故に違和感を抱く。潜行者ダイバー迷宮ラビリンスに潜るか酒場で酒を飲むか、娼館でぐらいしかやることがない……と言うほど行動パターンが一定している。


 違和感の答えはシオンが教えてくれた。


「……迷宮側の大門が封鎖されているようですね」

「なんだって?」


 よく見れば門は開いているのだが……入場を制限しているようだ。主導しているのはサブマスターのグインである。相変わらずペンギンだが、放つ殺気で周囲を上手く牽制している。


 然しながら人間闇鍋状態のギルドロビーに置いてどれほど持つのだろう……怒声は大きく、目で見えるほどに不満が募っていた。


「本当ニャ……でもニャんで??」

「むー? 珍しいです。普段そんなことしないですけどねぇ」

「ステラさん、わかりますか?」


 見上げる彼女がせわしなく耳をピコピコリと動かす様を見て声をかけたのだが、しかして顔を青くする様にシオンの眉根が潜む。


「あー不味い……このままじゃ迷宮に入れない」

「どういう事です?」


新種の魔物アンノウンが見つかったとのことで、ギルドが封鎖したみたいだ。おそらく調査の為なんだろうけど……」

「そ、そんニャ?! まだ中にグルトンが……」


 震える声のチャルタが懇願するようにステラを見るが、こればかりはどうしようもない。


「ぐ、むぅ。正面突破ボーリングでストライク……するか?!」

「しないでくださいよ?」

「アッはい」


 鋭い視線にひと呼吸いきで黙らされたステラは、その長身を縮こまらせた。


「それよりここから去りましょう。見つかると厄介です」

「そりゃまた何で?」


新種の魔物アンノウンの正体をチャルタさんが知っているからですよ。

 封鎖の理由が『グラン・クレスター』の報告なのは明白でしょう。なら彼女の事も話しているはず。僕が上役なら即とっ捕まえて事情聞きますね」

「ニャン?!」


 チャルタの顔が青くなり、次いでステラが「あ」と声を上げた。


「不味いぞシオン君、グインさんこっち見た……」

「逃げましょう」


 即断にステラが目を丸くする。


「この混雑じゃあどころではありませんよね? じゃあ午後はゆっくりするんです。例えばとか、ね……?」

「むふふ、なるほどな〜♪」


 ニヤリと笑ったステラが踵を返し、それに合わせて全員でロビーを抜け出す。如何に有能なギルド職員といえど、あまりの雑踏に追いかけるにも捕まる恐れはないだろう。


 一目散に建屋を後にする4人であるが、しかしてその表情は暗い。


「うーん、乗っけから躓いたなぁ。そういえば……シェルタちゃん家からは行けないか? たしかつながっていると言っていたよな」

「兄上が大反対すると思うのです。流石に無理ですよ」


 当然の様にシェルタ……メディエの事をサビオは親愛の念を抱いている。今『メディエ』として戻った以上、危ないことは極力させたくないのが心情であり……迷宮ラビリンスに行きたいなど言えば、今度こそ拉致監禁しゅくじょきょういく待ったなしである。


 それに先日の『嫌い』の一言で死ぬほど落ち込んだ――それも本当に食事も取れず死にかけた――彼を立ち直らせるのに酷く苦労したのだ。暫くは厄介事を持って行きたくないのがシェルタの心情である。


「ふむぅ〜手詰まりだなあ……どうしよう」

「いえ、手は有りますよ」

「なんだって?」


 3人の視線がシオンに集中する。


迷宮ラビリンスの入り口は街の中心だけでは無いようですからね」


 ステラにはわかる不敵な笑顔でシオンが淡々と告げた。

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