04-11-03:我楽多のリボン

 ステラが雑貨店と言えば、ウェルスの街に置いてただ一軒しか該当しない。老婦人・インテグラが経営する『アガート雑貨店』である。


 意気揚々と門扉を広げて事情を話せば、訝しげに此方に視線を投げかけてきた。


「で、なんでまたウチみたいな小さい店に来たのかねぇ? 行くならテナークスの店に行けばよいだろうに」


 ため息をつくインテグラだが、しかし視線が嬉しそうであることをステラは即座に関知した。来てくれたことを嬉しく想ってくれていることに、嬉しく思う……正に永久機関である。


「えっへへ。インテグラ婆ちゃんならセンスいいから、可愛いやつを扱ってると思ってさ」


 シオンから見ても確かにインテグラの店は良い物を扱っている。あまり繁盛しているとはいえないが、だからこそ隠れた名店といった体で感性鋭い奥様方が利用しているようだ。


 シオンの鑑定を以て充足していると言わしめるなら、『アガート雑貨店』には十分以上の価値があると見ていいだろう。一体インテグラという老婆、何者なのだろうか。


 ただ深入りはしないほうが良いなと思うのは、シオンの直感である。人は何事も事情を抱えているものだ。


「しかたないねぇ、うちに扱いがあるのはこれだけだよ」


 蓋つきの木箱を取り出し、開けられた中には5種類のリボンが収まっていた。どれもシンプルだが、手に取れば吸い付くような滑らかさを持った質の良いものだとわかる。また自己主張しすぎず、さりとて溶け込むだけではない品の良さが垣間見えた。


「やっぱりいいものじゃない! へへへ、どーれーにーしぃ~よぉ~ぅかな〜っとォ♪」


 ステラが鼻歌交じりに楽しそうにリボン選ぶ。こうして誰かのためにと考えるものはなんと心躍ることだろうと、彼女はごきげんに指を指し示した。


「よし! 迷うけどこれにします!」


 指し示したのは純白と青のリボンだ。懐から【秘密収納】しーくれっと・ぽっけを起動し、中から無地の巾着おさいふを取り出す。多少値が張ってもお小遣いの範囲なので交渉もせずに支払おうとすると、途端インテグラが慌てだした。


「あんた値引き交渉って言葉をしらないのかい……?」

「個人的な贈り物だからね、そういう器のちっちゃいことはしないのさ」


 心底嬉しそうに笑顔を浮かべているステラを見て、インテグラは隣のシオンを見る。肩をすくめる彼を見てため息を付いた。


「……ああもう! わぁかったよ、勉強してやるよもう!」

「む、それは悪いよ……」


「良いから言うこと聞きな!」

「アッハイぃ!!」


 押し切られたステラは言われるままに、半額以下の値でリボンを購入することになった。お小遣いの6割を削る出費だったのだが、これで多少余裕ができそうだ。


「ふぅ、買えてよかった……ありがとう婆ちゃん!!」

「礼ならいらないよまったく」


 嬉しそうに微笑むと、用事が済んだらとっとと帰れと手で払った。なんとも気恥ずかしそうな様子にステラの頬はゆるゆるである。


「そういや婆ちゃん。チャルタちゃんはどうしたんだい? 店番頑張ってたじゃん」

「ああ、あの子かい? 世話になったんだが、また迷宮ラビリンスに潜るんだとさ……」

「そうなのか……ちょっと残念だなぁ」

「慣れてみりゃ気立てもよくて明るい看板娘だったんだが、こればっかりは仕方ないさ」


 そう言ってインテグラが寂しそうに笑うので、ステラも心がきゅっと痛むような思いであった。以前ここで遭遇して以来、チャルタとグルトンとはよく遊ぶようになったのだ。

 とはいえ主にお風呂に入ったり、撫でたり、夢を語ったり、撫でたり、風呂、撫で……と、以前やっていたような友達付き合いと変わらない和やかなものだ。


 潜行者ダイバー迷宮ラビリンスを求める。分かっていた事だが……残念な気持ちのまま店を後にしようとした所、ステラはシオンに呼び止められた。


「あぁ……ステラさん。僕も少し見たいものがあるので、先に外で待ってもらって良いですか」

「え? うん、わかった!」


 ステラが素直に外に出ると、シオンとインテグラの視線が交差する。にやりと笑う老婆に辟易しつつ、シオンは交渉するべく一歩前に出た。



◇◇◇



 外で待つステラは道行く人に注意しつつ、祈るように包んだ手の中のリボンに囁きかけて魔法をかける。ごく単純な意思を込めた心象魔法であり、物理的な効果もない。


 ただモノの本質を定義してやるのだ。思うのは白百合と庭石菖、飾りとしてのカタチを付与してやる。


 被ったフードから目の輝きがもれないことを確認しつつ【影水鏡見】しるえっと・あならいしすを使用し、それぞれのまことを瞳が映し出した。


 グラジオラスには落ち窪む瞳を隠すような白百合の眼帯を。

 ロスラトゥムには……もふもふで付けづらいが庭石菖のコサージュを付けてあげる。


 魔法をとけば元からそうだったように、双ツ花の柄にリボンが結びついていた。それぞれ武器からは『嬉しい』という感情が帰ってきたので、ステラもほっこり笑顔となる。

 贈り物は成功したようだ!


「――お待たせしました」

「お、用事は済んだみたいだね。そうそうみてみて! 結んであげたんだ~♪」


 そうして見せびらかす武器に成る程とシオンは頷いた。以外なほどにリボンは似合っていたし、今までよりずっと馴染んでいるように思えたからだ。何かしたのだろうが、この程度であれば問題ないだろう。


「あー、では。その……ステラさん、これをどうぞ」

「うん?」 


 シオンが手の上にあるリボン3本を差し出した。


「プレゼントです」

「えっ、いいの?!」


「最近壊れて減っていたでしょう? ……補填ですよ」

「おーたしかにそうだったね。うれしいよ、ありがとう!」


 ステラは受け取ったリボンを胸に抱きしめ、にまふまふと笑顔を浮かべる。日向のような微笑みはやはりなと思いつつシオンは嬉しがるステラを眺めていた。

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