04-10-23:収穫祭#祝祭>戦の影

 遠く明かりが灯る、人気のない路地。クマめいた大柄の男と小柄な少年が剣を構えて対峙していた。なるほど見て分かるとはと、シオンは頷いた。


「……俺はアゴーン。アンタの名は?」

「そのやり取り必要ですか?」


 こてんと首を傾げる様は世のお姉様方に受けそうだが、能面のような顔には色もなく、手には血塗れの剣があるとすれば話は変わる。


 それより何故名乗りを上げたのだろうか。疑問に思えば、獰猛に嗤うアゴーンがカカカと声にする。


「俺が知りてえんだ、これからヤリ合う仲じゃねぇか」


 なるほど、いくさ馬鹿バトルジャンキーなのか。

 こういう輩は変に儀礼を気にするのだ。なら普段もそうしろと声高に言いたい。

 ただ、どの道ならかまわないかとシオンは納得した。


 半身に構えたシオンは右手でロングソードを構える。静謐な碧のオーラが水面のように刀身を包んでいた。


「……シオンです」

「へぇ、そいつぁ良い名だ……なっ!」


 先手はアゴーン。幅広のブロードソードに赤いオーラを纏わせた〈スパーダ〉の一撃が飛来する。斬り下ろしは受ければものだ。

 ただ真っ直ぐ振り下ろす。基本中の基本に剛力が加わることで対処が困難な一刃となる。


 故に受けない。


 正確には受け流し、ふわりと浮かぶ羽根のように回避する。ごうと音を立て振るわれる赤の軌跡は、しかし軽い羽根を捉えることなく舞い踊り、やがて距離を置かれて届かなくなった。


〈ヴィル・スパーダ〉ほのおのやいばですか。厄介ですねぇ」

「どの口がほざきやがる……!」


 シオンは弾くとき、〈トレア・スパーダ〉に〈エル・スパーダ〉を重ねた2剣、物理剣もふくめれば3剣による多重衝突と、身体操作術、瞬間的な〈フィジカルブースト〉のあわせ技で上手く剛剣を弾いている。


 いわば身体魔法マギノ・ヴァサル版の多重詠唱……名付けて『重層魔法剣オーバーレイ』だ。


 混ぜるではなく『重ねる』のがキモの〈スパーダ〉は余りに器用すぎるテクニカルが故に、この世でもシオンしか出来ないだろうと自負している。


 なにせステラが主導して指導した技なのだ。


 何の毛無しに『ほら、みるふぃーゆできんじゃない?』等とひらめいて、手取り足取り教えてくれた結果だ。彼女の思考概念と魔法を導く力がなければ、彼も使いこなすことはできなかっただろう。


 また〈オーバーレイ〉の特性はもう1つある。相手に『〈エル・スパーダ〉かぜぞくせい』と勘違いさせる点だ。実際はそれ以上の高等技術である点を隠す事ができ、更に判断を誤らせることで隙を作ることができる。


 反面重ねた分燃費を食うため、余り長時間の維持はできない。短期決戦用の〈スパーダ〉であるといえる。


 見た目通り一筋縄では行かぬと判断したアゴーンの判断は正しく、故に短期決戦を狙って剣に込める魔力を増やしたことは間違いである。

 更に輝く剣は燃え上がる炎のごとく揺らめくも……、


「本気で行ッ?!」


 シオンの姿は既に消えていた。一体どこに? アゴーンの経験と感覚が消えた姿がだと訴え、とっさに前転しつつ剣を掲げて剣戟を防ぐ。ガチンと鳴る音は正しく防げた証だろうが、運良く防げたとしか思えないタイミングであった。


 そこからの猛攻は筆舌に尽くしがたい。


 アゴーンは一呼吸もする間もない超高速剣の応酬に、なんとか防ぐことしか出来ていない。攻めに回れぬことに歯噛みしつつ、浅いとは言え巨体に刻まれた傷は見る間に増えていく。


 火属性ヴィルの〈フィジカルブースト〉は剛力が特徴であるが、反面守りにおいては適していない。攻めて攻めてぶち破るスタイルなのだ。


 何とか攻勢に転じたいのだが、応じようとすれば即座に背筋に脂汗をかくような必殺が降ってくる。恐るべき目をした剣士だ。


 無理矢理にでも無理やり押し出して距離を離さねばならないのだが……。


「ぐっ……」


 剣を持つ手が痺れてきている。最初は思った以上に重い剣を受けたが故と思ったがそうではない。今や全身が同じような痺れを感じているのだ。


 直ぐさまその正体に思い至り、恐るべき剣士の真相に至ったときには膝をつく有様であった。


「こい、つぁ麻痺毒か……それに、気配といい……テメェ暗殺者アサシン、だったのかよ」

「さあ、どうでしょうね。それより御自身の心配をされたらどうです? どういう訳か作戦が漏れていましたし、事情を伺う――のは、僕の仕事じゃあないから別に構いませんよね」


 笑いもせず淡々と剣を振り上げるシオンは、一刀をもって首を断つつもりなのだろう。


「くそったれめ……」


 悪態をつくアゴーンに、シオンの剣が閃く。強烈な音が鳴り響いた後、ゆっくり倒れる巨体はどさりと石畳に横たわった。


 しかしてである。


「はぁ、人を"サトゥー=マ・バーサークウォリアー"のように言わないでほしいものですね」


 剣の腹をぶち当てて気絶させたシオンが、ため息混じりにひとりごちる。


「ん?」


 ふと、腕に絡まった赤いリボンへび『リヤン』がしゅるりと解けてシオンのアイテムポーチに潜り込み、ロープに絡まって抜け出すとあっという間に縛り上げてしまった。


 再度シオンの腕に巻き付きぴょこぴょこ揺れるリボンは、どうだと言わんばかりに自慢げだ。


「リヤンは働き者ですねぇ」


 こしょこしょと喉元(だろうとおもわれる部分)をくすぐると、リボンは気持ちよさそうにふるりと揺れた。



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