04-10:収穫祭

04-10-01:収穫祭#祭前>>密会

 収穫祭を間近に控えたある日のことだ。


 カーテンが湿られ暗がりの中、ほの明るいろうそくの灯火が3つの人影を映し出す。全員揃ったことを確認すると、長身の女がぺちんと小さく手をたたき音頭を取る。


「さて、各自準備、進捗はどうだろうか?」


 はじめに答えるのは小柄な少年だ。


「僕……というか僕らは問題在りませんね。シナリオ通り動くだけです」


 続いて答えるのは少し低い声の青年の翼人である。


「全く宜しくないができているよ、出来ているとも……」

「よく決断されました、流石です」

「彼を見てしまえば流石にね?」


 青年は青白い影をみつつ肩をすくめる。薄暗の中でもはっきりと姿を認められるのは薄く光り輝いているが故だ。その姿はろうそくが映し出すことはなく、ただ非実体として存在することを示す。

 影は申し訳なさそうに頬をかいた。


「"――――〜〜〜〜"」

「『苦労をかけます兄上』、だそうだ」

「本当にね……! まったく化けて出るどころの話じゃないよ」


 はぁ、と深く疲労感を感じるため息をつく青年は影の姿に目を細める。


「いや、本人そのものじゃあなかったね。……いや、だからこそ今、こんなにも寂しいのか……」


 郷愁に駆られる青年に2人がじいっと押し黙るが、関係ないとばかりに足元から不機嫌な鳴き声がかかる。向き先は女性だ。


「ニャウォォウ!」

「あー、ご飯大盛りを要求しているよ? お腹減ったってさ」

「それくらいなら構わないとも。寧ろ我が家で飼っても良いくらいだ」


 ちょこんと座る猫を見る青年の目尻は少し下がっている。野良とは言え女性の手入れを受けた猫は美しく、ふてぶてしくも愛らしい。


「にゃうあぉん?」

「ミャーウォ……」

「あぁ~~……」


「なんて言っているんだい?」

「『窮屈はもうこりごり』だってさ」

「窮屈、か。確かにそのとおりだね」


 青年は言い分にくすりと笑い、特上肉一塊を差し出すことを決定した。


 少年は最初こそ驚いたが直ぐ様通訳に慣れた青年に感心しつつ、やはり有能な人物であるなと腕を組み頷く。普通猫と話したり、レイスを連れてきたりなどすればすぐさま打ち首も有り得る話だ。

 しかしこのように対応する様は眩しいほどに優秀であることを物語る。彼が為政者として君臨する限り、街の未来は安泰であろう。


「さて、ならばお祭りまであまり時間は残されていない。状況の最終確認をしよう」


 ぴしりと指を立てる女性が通る声で宣言する。


「単純に言えば……。たったそれだけのことだ」


 なんとも物騒なことを朗らかに言うが、しかしてこの場の全員が同意していることだ。……いや、猫は同意というよりお腹が空いているだけだろう。


「僕がの代役ですね」

「甚だ得心行かないが、攫う役は手勢を使う。顔を隠せば問題ないだろうが……うう、心配だ」

「小生は全体の補助と支援……つまり裏方だな。そして――」


「"――――〜〜〜〜"」

「左様、メディエちゃんを誘い出し、導く役目だね」

「"――――〜〜〜〜!"」

「うむ、頑張ろう!」


 女性が親指を立てて同意を示し、お互いに目を向け頷いた。


「あと他になにか問題はある? 準備は良さそうだが、想定外が起こるとつらいかもしらん」


 問いかけにおずおずと応じるのは青年だ。


「済まない、2つある」

「何がありました?」


 はぁ、と溜息をつくのは相応に難点がある故であろう。実際に言葉にした一言に、聞いた2人も眉根を潜めたのだから。


「叔父が未だ捕まっていないんだ。しかも我が家の財を持って、だよ」

「うわあ……」

「勘が鋭いというかなんというか」


 ふと女性の脳裏に『塩川』『五流ゴム』『財団ぺけ』なる単語がよぎるが一体何のことであろうか。少なくとも生きあがく力に優れたパワーワードには違いない。


「今追っているけど、深みに潜り込んだようでね。進展は余り望めていないよ。

 だが1つ、人攫いについては君たちのお陰で進展があったけどね」


「そういえば彼らとはをしていたのでしたっけ」

「一応ね……。君たちも関係者だし共有しておこう。件の連中……邪教スナッチの関係者だったよ」


「なんですって……?」

「邪教? ってーと、連中魔獣信奉者ストーカーってことかい?」


 魔獣信奉者ストーカーとは名の通り、七栄教団セブンスに敵対する……いや、世界に反目する『魔獣』をこそ信奉する者たちのことだ。力こそ正義というカオスを信条とする故に封じられた禁忌を紐解こうとする集団である。


 証拠にと青年はポケットから1つのネックレスを取り出した。


「見づらいだろうがこれが証拠だよ」


 示されたのは、丸に牙をあしらう口を表すデザインのマーク。邪教の掲げるだ。


「となると何が目的かはっきりさせないといけませんが……」

「そうだね、お察しの通り口を割る連中じゃあない。だが残された資料から幾つか潜む拠点は割れたからね。今独房は祭を前に大賑わいさ」


 責めたところで屈することは無い。破滅をこそ望む彼らは自らの存在すら厭わぬのだから。


「はぁ……こうも立て続けに問題が起こると多いと頭がいたいよ。叔父の手の者は切らなきゃいけないし、人事採用も難しいしね。王都で遊んでいる父が恨めしいところだよ」


「どうかご自愛下さい……。邪教については直接関係するかわかりませんが、しっかり留意したほうが良さそうですね」


 少年が女性をじいっと見上げる。


「ん? 何か小生にあるか?」

「いえ、なんにも」


 ただ、巻き込まれ体質トラブルメーカーの存在に目頭を抑えただけであった。


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