04-07-02:優位は終始保ちましょう(予想が裏返る事もあります)
調べ物をしてから2日、アルヒャとスリアン意外の薬草は滞りなく採取することが出来た。
ただ薬草を採取しようとした時、
『極力〈ディグ〉で採取してください』
と念押しされたが一体どういうことであろう。ステラは疑問に思いつつ、『シオン君の深淵なる思慮は絶対説』の元二つ返事で疑いなく信じた。なおシェルタは土臭くならないので寧ろ喜々として賛同している。
何だかんだ採集道具を使うと泥汚れが酷いのだ。
シオンとしても苦渋の決断であるが、既に『知られた情報』である以上隠し立てはできない。なら最大限活用する方が建設的であり、彼はステラを『草のお姉さん』に仕立てるべく動いていた。
3日目となる今日は最後の『スリアン』3株、及び残りの『アルヒャ』4株の採集が目的となる。
スリアンが採取できる森は『霧の森』が近くにあるため、比較的魔物の出現率が高い。警戒を厳として進まねばならない。
現在の一行は、シェルタを挟むようにステラとシオンが左右に展開している。丁度逆三角形の形だ。
「おもったより魔物を見かけないですねぇ?」
昨日までは何度かゴブリンとオークに遭遇し、今度こそ〈ウォラーレ・シーカー〉でゴブリンを仕留めることに成功した。うまくやれた時の喜びようには、ステラも合わせてぴょいぴょと飛び跳ねる程だ。
ただ魔石を取り出す事ができず、顔を真っ青にしていたのはご愛嬌である。
「この陣形が何かあるです?」
「そんなとこ。上手いこと避けてるんだよ〜。
今日は極力魔物には遭遇しないと思って良いぞい」
ステラを見ると、彼女の耳が忙しなくピコピコ動いているのが解る。獣のような有様だがまさに事実、現在の彼女はパッシブソナーとして機能しているのだ。
対するシオンは別の理念に基づき探知を行っている。視界からもたらされる戦地情報、場に流れる風の動き、こちらを狙う視線と経験則に基づくパターン分析。
ステラのように『
シオンがステラにハンドサインを行い、ステラが反応を返す代わりに……彼は口元を指差している事に気付いた。
「左側に居ます」
「確認した。右は避けられそうか?」
「可能です、迂回しましょう」
ハンドサインしつつ進行をずらすと、シェルタが目を見開いて驚いた。何か儀式めいた事だとは思っていたが、こんなやり取りが成されていたとは。
「そんなことしてたんです……?」
「普段は小生が『カチン』とやれば良いんだがなー」
「念には念をというやつです」
「こ、此処ってそんなに危ないんです?」
「劈開は何処も危ないっていうか、森は普通に危ないんだが……」
うーんとステラが腕を組み思案する。
「今日は大物が居るからねぇ」
「おおもの……?」
「安心したまえ、未だ優位はこちらにあるからな。とりあえずスリアンを採取しよう」
ステラが指差す先に、小さい鈴花が咲いているのが見えた。コケ類と共生して生えるスリアンの花だ。探して早々1株目とは幸先が良い。
「さて、サクサク採取していこう」
「アルヒャも見つかるといいんですが」
「マジそれな……」
落ち込むステラに、シェルタはこてんと首を傾げる。
「アルヒャって珍しい薬草だったんです?」
「とんでもない! 普通に群生する野草類だよ……草餅とかに出来そうなほどに!」
「採取痕を見る限り無いわけじゃないんですが、取り尽くされてるんです。何なんでしょう?」
「ほんまそれな……」
難易度最低と思いきや、難易度最大なのがアルヒャの採取だった。ポピュラーを銘打つにしては全然見当たらないのである。
シオンの言うとおり何者かが採取しているのだが、荒々しく根こそぎ取られているのだ。
「此方の森なら或いはと思ったが……あった、あそこ! ……でも踏まれて残った1株かぁ」
「余り取りたくないですね」
採取依頼について最低限注意すべきは『根こそぎ取らない』事だ。取り尽くしてしまえば採取することは出来ないのはもとより、元に戻るには百年単位での時間を要してしまう。
一体誰がこんな無為を働くというのか。故に不気味な光景であった。
「土ごと採ってキープにしよう。別に確保できたら移植する方向で」
「それしか無いですね」
ステラがとたたと駆けてアルヒャに近づき、株の周りに手を当てれば、『ぽこり』と音がして盛り上がる。持ち上げた薬草は鉢植えとなってステラの手に収まっていた。
「相変わらずステラはおかしいのです……」
「ゑヱ~ストーンウォールが出来れば大体できるだろ」
「ボクには無理ですよ?」
「またまたぁ、そんなこと言って出来ちゃうんでしょう?」
シオンに鉢植えを手渡しつつにこりと笑う。〈ウォラーレ・シーカー〉の操作ができるなら、やれないことは無いはずで、気合を入れれば東屋ぐらいは作れるのだ。
ただ『出来ない』という先入観が邪魔しているだけで。
一行は採取を重ねていき、アルヒャも質が悪いものをキープで蓄える中……ふとステラがふと足を止めた。
長耳は忙しなく動いて、目は厳しく顰められている。
「ど、どうしたです?」
「ちょいまってね。シオン君気づいた?」
「前ですか?」
「流石〜!」
シェルタがおもむろに周囲を見回すが、彼女には何の気配も感じられない。ただ鬱蒼とした不気味な森だけが広がっていた。
「後ろはそろそろやろうって感じだが、なんだろうなこれ? 挟撃受けてる?」
「いや、感覚が違うので前は別口かと……つまり魔物です。数は探れますか?」
「少し待ってな――」
ステラが抜いた双ツ花を『カチン』と打ち鳴らし耳を済ませる。すると長耳をぴこんと立てたステラの顔が青ざめる。さらに
「あー……クマっぽいのが20おる。しかもこっち来てるね、うん」
「クマって……もしや4ツ目じゃないでしょうね」
「ハッハッハ……」
シオンが頭を抱え冷や汗を流した。尋常でない様子にシェルタが質問する。
「く、クマってなんなんですか?」
「エダルベア、という魔物の群れが前方に居る」
「そんなに危ない魔物なんですか?」
「悪食の二つ名を持つクマ型の魔物です。特徴は鼻の良さと、丸呑みに特化したような巨大な口です。もっと森の奥で出る怪物なんですが……」
「鼻が良いって……大丈夫なんです?」
「正直不味いどころじゃないですね」
「ひぇっ?! ど、どうするんです?!」
ステラがフフリと笑って親指を立てる。
「樹上で隠れてやり過ごすよ。シオン君良いよな?」
「仕方ないですね、期待してますよ?」
「……へっ?」
ステラが目を見開いてシオンをみて、やがてふにゃふにと顔が溶け崩れた。
「今小生の『頑張ろうパワー』が一瞬で3ゲージに到達した。超任せろ超頑張る超期待しまたえ」
「不味い、不安しかないぞ……?」
「ハハハ今の小生はむてきモード! ちょいとごめんよ」
「ひゃっ」
軽口をたたきつつ、シェルタを小脇に抱える。そのまま太い幹の木へ駆けより、軽業のように垂直方向へ走った。
都合10メートル程駆け上がった所で枝にトンと足を載せると、安定させるためにしゃがみこむ。
シェルタを樹上に下ろすが、足場が安定しないのか慌ててステラにしがみついた。
同時にシオンも隣の枝に駆け上がり、同じようにしゃがみこむ。
「い、一体何が始まるんです?」
「第三次せか……じゃなくて。
今から認識阻害の結界を張るから、君は良いと言うまでじっとしていろ。
『
瞬間薄膜のような泡が沸き立ち、樹上の3人を包み込む。同時に何処か寝起きのふわふわしたような鈍い感覚が体を覆った。
「これもごっ」
「……」
咄嗟に口を抑えられ、驚く彼女がステラを見る。静かに、とのジェスチャーに小さく頷き、手を離される。さらに指を立てゆっくりと森の奥を指差すと……がさりがさりと無数の足音が響いてきた。
四足で歩く茶色の毛をした4ツ目のクマである。立ち上がれば身の丈3メートルは超えるだろう巨体を揺らし、豚のように大きな鼻をしきりにがひがひと鳴らす。
不揃いの牙が覗く口からはぼたぼたと涎が垂れ、それが胸元まで開いている。
醜悪なる悪食、エダルベアのお目見えだ。
ルビーのように赤く濡れた瞳が周囲を見回し、やがて3人が居る木の根元に鼻を近づける。
今しがた居た事実は、鋭敏な鼻が匂いとして捉えているのだ。
そして見上げた幾つもの目がシェルタを見つめ、がぱりと口を開いた。ピンク色の口腔には幾多の毛が絡みついて、死者の末路の残滓として視覚に訴えてくる。
「ッ!!?!」
驚きに悲鳴を上げそうになる所、素早くステラが口を塞ぐ。そのまま涙を浮かべてじっとしていると、1頭、2頭がふいに目線を外して一行が来た方向へと目を向けた。
「ヴォオオウオ……!」
「ヴォオ!!」
彼らも感づいたのだろう。エダルベア達は一頻り鳴き合うと一気に駆け出し、やがて足音も聞こえなくなった。
ステラがフゥ、と息をついて指を弾く。違和感の膜が溶け消えて、ぼんやりした感覚が一気に戻ってきた。
「よし、之で大丈夫」
すとんと降りたステラが、シェルタに手を振る。恐る恐るふわりと羽ばたいて地に立つと、隣にシオンがやって来た。
「やり過ごせましたね」
「んじゃずらかるか」
びしっと親指を立てるステラに、シェルタがマントを引っ張り留める。
「ま、待つです。あのバケモノはなんで向こうに……?」
ステラがむぐぐと言いあぐね、シオンをちらりと見れば早く行こうと催促される。
「んー……彼らにとっての餌が沢山居るから、かな?」
「え、餌って……?」
「腕が良ければ生き残れるだろう」
「ま、まさか……」
シェルタが青ざめて震える。何か物言いたげな視線に気付いてシオンが頬をかいた。
「僕らはチームですが、前提としてサビオ様の依頼を受けた立場です。
向かい来る障害は排除しなければなりません。
つまり、相手を始末するのは『僕等』か『奴等』かの違いでしか無い」
「それ、って……」
ステラがピッと指を立てる。
「我々は此処数日、尾行されていたのだよ。アッサリ見抜かれちゃ様にならないが」
「大方『魔物の仕業で死んだ』と思わせたかったのでしょうね」
淡々と語るシオンに身震いする。つまり、知った上で対処したというのだから。
「それより急ごう。連中の実力は未知だが、エダルベアの食欲は既知だ。
さっさと逃げないとアドバンテージが消えるぞ」
「殿は僕が。〈ウォータ〉である程度匂い消しも可能ですから」
「オッケー頼む。シェルタちゃんは……小生が抱えるからね」
「え? ぼ、ボク自分で走れひゃっ!」
言うが早いが俵担ぎに持ち上げられ、次の瞬間には風を切っていた。振動はなかったが向かい風が中々に強く、口を開けば口端が裂けそうになる。
もはや黙って担がれるしか無く、とんでもない速さで行き交う木々に目を回しながらシェルタはおとなしく担がれていった。
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