04-07:ドミノ倒し

04-07-01:調べ物は基本です(探し方から調べ物)

 仕事を受けるべく訪れだゼーフントの元で、一行は提示された依頼に様々な反応を示していた。


「また指名依頼ですか……」


 少年(の姿をした成人)は諦めに天を見上げ。


探索者ハンターもお仕事は向こうから来るモノなんです……?」


 少年(の姿を偽る少女)は意外とばかりに目を見開き。


「ヴァイセ医師が自ら依頼とは。遂に恐怖を克服……いや、どうなんだ? 分からん」


 乙女(の姿をしたなんか)はかくんと首をかしげ続けた。


 勿論事態収拾に駆られるのはゼーフントであり、『オイ早くなんとかしろよ』との同僚諸姉兄の視線が痛い。見た目に反して彼は結構繊細である。奥さんが居なければ今頃……トドになっていたであろう。



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対象:『シュテルネン・リヒト』

顧客:『ヴァイセ治療院』

依頼:薬品材料採取

内容:指定薬品材料の採取。リストは別紙参照

報酬:35,000タブラ(最低保証)

期間:―

特記:採取対象の品質により加算有り。

   分割納品可。直接納品要。

   基本採取方法に加え、アルヒャと同じ様に採取されたし。

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「こいつが別紙だ……」


 提示された別紙を見たシオンが眉をひそめる。


 気になってシェルタが覗き込めば、材料が5種書かれていた。ただ何の材料か見当もつかないのだが、シオンはひと目で察したようだ。


「もしかしてこの材料って?」

「ご想像通りだ……」


 成る程と頷くのは男2人だけで、覗き込む2人には正体が全くわからない。


「これって何の材料なんです?」

「……避妊薬レニアル・ポーションですね。魔法触媒の基底と、薬効の組み合わせに特殊加工を施すんです」


「しかしなぜ直接依頼を? 我々何かやったっけ?」


 首をかしげるステラに、シオンが特記事項の1点を指し示す。


「……アルヒャと同じように、とありますね。ステラさん、このあいだ採ったものはどうしました?」

「腐らせるのも忍びないから進呈したけど? ……だが至って普通の薬草じゃないか」


 因みにステラの【次元収納】でぃめんじょん・すとれーじは収納時点の時間を保持するため劣化はないが、結果起こる事故が怖いので処分した。瑞々しいが混ざれば、専門で扱う薬師が疑念に思わぬ訳がない。


(ああ、そういえば普通に採取してなかったですね……)


 つまりヴァイセは詳細は不明だが、特殊ずぼらな採取法を取っていることに感づいたのだろう。リペルティアとアルヒャ……十分確証に至るサンプルが存在していれば、本職プロの目は誤魔化せない。


 またシオンの見立てでは、高級ハイ避妊薬レニアル・ポーションが目的だと見ている。よって質も十二分な物が要求されるのは当然であるが……。


(ステラさんの魔法が何か影響を及ぼしている……?)


 アルヒャはポーション薬の基底素材としても利用される素材だ。薬草類は大気中の魔素をあつめて、ゆっくりと葉や茎に魔力を溜め込んでいく。内包する魔力が多ければ、相対的に効果の高い触媒を生成できる。


 つまり、ステラが触れたことでが起きたのだ。


「しかしヴァイセ医師が頼むとはねえ。……彼、相当困ってるんじゃないかな?」

「どういうことです?」

「いや、あの人小生を怖がってるしさ」


 頬をかけばシェルタは目を見開いてステラを見上げた。


「ステラが怖いって……もしかして何かしたです?!」

「してないよ?!」


「でも怖がるなんて、何かしたに決まってるですよ!!」

「してないったら!」


 シオンは『信用がないよー』と袖を引っ張られ、『ステラがやべーです』と反対をひっぱられ揺さぶられる。両手に花だが、何方も黄の百合いつわりなら楽しくはない。


「一応聞くが、受けるでいいんだな……?」

「そうですね……そうします」


 実際実入りも良いし、断ってもと余計な詮索をされかねない。もはや応じる以外の選択は無いだろう。



◇◇◇



 ギルドの資料室部屋ってきた一行は、シェルタのおどおどする姿が微笑ましくふんわり笑顔を浮かべていた。ステラはいいとしても、シオンのそれは中々レアな表情だ。


「……こ、この中から薬草の本を探すんです?」

「そうですよ?」


 せっかくだから調べ物の仕方を覚えてもらおうという魂胆である。領主館にも書庫はあろうが、ギルドの書庫はやはり勝手が違うのだ。


 そびえ立つ本棚には坩堝の如く本が差し込まれて、統一感のない背表紙、背丈、色とカオスの一言に尽きる。


 彼女が知るティンダー家の書庫は、もっと均整が取れた厳かな場所なのだ。


 また令嬢として生きていたシェルタにとって、本とは『取ってきてもらう』物である。混沌の中から必要な情報を探すなど、目が回ってひっくり返りそうであった。


 絶望感に打ちひしがれて振り返ると、しかし2人は苦笑してシェルタを見ていた。


「僕らもいきなりは無理ですからね?」

「初めて使うとき、また探している本は図書の番人ししょさんに話を通すんだ」


 ステラが指をさす方向に、ギルドの制服を纏う三つ目ハクタクの司書が憂鬱そうに資料を纏めていた。


 線が細くどこか未亡人の危うさがあり、擽るような艶かしさがある。


 儚げな様子が複数の潜行者ダイバーの心に致命的な一撃クリティカル・ハート・ブレイクを齎し、密かに人気高騰中の司書さんであった。


 実際に調べものもないのに屯する潜行者ダイバーが幾人か見て取れる。


 物憂げな深い溜息に呼応して、にやつく男たちも万感の思いを込めて息を呑む。良い、凄く良い。だからと彼女を誘う声は多いのだが、しかし1つたりといい返事をもらえた試しはない。


 やがて彼女には『氷憂の乙女』の二つ名が囁かれているのだが……真相は実に明快である。



 彼女はただ本について考えているだけなのだ。



 特に今、ハクタク界でトゥレンディ! で、ファンタスティッ! かつ、アンメイジーング! なのが『ジンツウ式書籍分類法』だ。


 なんだこれヤベエ、とは一読したハクタク達の言である。彼等は脳裏に図書目録インデックスを持つが、均整の取れた分かり易い分類を使うことで、情報を素早く正確に管理できる。


 物憂げな顔の下は、その実『おっふぬふふぉ』と非常に気持ち悪い笑みが隠れているのだ。今すぐにでも資料庫閉鎖してとっかかり……


 憂鬱なのはギルドマスター直々に整理を禁じられたからだ。


 でも諦められる訳がない。だから彼女は物憂げに淡々と『ギルマス絶対頷かせるウーマン』と化して、計画をっているのである。


 そう、イケメンに構う暇など微塵もありはしないのだ。


 ちなみに今書いている企画書じょうねつは、リテイクした3冊目である。


 しかし彼女はハクタクであると同時に誇りある資料庫の司書だ。本を求める小さな声を聞き漏らすなど、決してあり得ない。


「……あの」


 ぱたんと羽ペンを置いて顔を上げた司書がメガネをくいっとあげて微笑む。


「何をお探しですか?」

「薬草の本を……」


「でしたら――入り口から向かって右、奥から2番めの通路をお進みいただいて、1つめの交差点前の左手側本棚、下から3段目の左側にある茶色の背表紙の、厚みはこれほどの本ですね。

 タイトルは『ウェルス薬草辞典』です」


 そういって司書が指で厚みを示してくれる。目を見開くシェルタはびっくりして司書の微笑みを見た。


「全部覚えてるんです?」

「勿論ですよ、我々は本が好きなので。では行ってらしゃい」

「は、はあ……」


 微笑む司書に促され、本を取りに行けばたしかに目当ての物があった。茶色の背表紙でタイトルもぴったり同じだ。


 屋敷のメイドもこうして探しているのだろうか、感慨深くほうと息を吐く。


 一冊を手に取りテーブル席へ向かうと、シオンとステラは既に調べ物をしていた。


 シオンは迷宮ラビリンスに関する資料を当たっている。

 ステラは……街の区画図を念入りに見ているようだ。


 特徴的な長耳がぴこりと跳ねて、にっこり笑顔を浮かべながらシェルタを見る。


「ん、見つけたようだね。それじゃあそれぞれ調べてみようか。

 調べるのは――アルヒャ、パルティーダ、ヘルメリカ、スリアン、ペルフメアの5つだな」

「わ、わかってるですよ」

「なら良し。がんばろうね!」


 ほうとため息をついて、シェルタも席について本を開くと、とシオンが葉紙と黒薪――木炭のことだ――を手渡してくれる。


「何かメモが必要なら使ってください」

「あ、ありがとです」


 それっきりシオンは本に目を落とす。


 自分も早く調べなくては。パラパラとページをめくり、特徴が書かれた項を見つけることが出来た。


(アルヒャ。効能は低いが万能と称されるほど多彩な薬効を持つ……ですね)


 潰して塗れば傷によし打ち身によし、煎じて飲めばだるい体がたちどころに直る。またポーションの基底として使われる基本素材であり、世界中に植生を持つ最もポピュラーな薬草だ。


(ヘルメリカ。優秀な痛み止めになる薬草ですか)


 特に根に薬効があり、傷つけずに採取することを強調して書かれていた。


(パルティーダには……幻覚作用がある?! ……が、特定の薬効を増進する作用がある。知らなかったです)


 副作用を対処出来れば、優秀な添加剤となるので、よく使われる薬草だとも読み取れる。ならばと調べをすすめればやはり見つかった。


(ペルフメアに解毒作用があるですか!)


 香料としても使われるためシェルタも知っていたが、解毒作用があるとは知らなかった。毒除けの意味も兼ねているのだろう。


(でもスリアンはなんで必要なんですかね?)


 薬効は誘眠効果とあるが、何故添加が必要なのかは解らない。また採取できる場所も限られていて、西の森の深部にしか無いようだ。


(うーん、運動するのに眠くする……? よくわかんないです)


 実は特定加工によりフェロモン量を増やす……つまり誘惑効果があるのだ。もちろ強力なものではなく、気分を盛り上げる為に使用されるものである。


 此等を葉紙に書き写し……羽ペンと比べて質の悪さに悪戦苦闘しつつ、なんとか纏め終えた。


 本をそっと閉じて顔をあげると、2人は既に本を閉じてこちらを眺めている。


「ちゃんと調べられましたか?」

「勿論です。ほらこれ……」


 葉紙を見せると、さっと目を通した両者はコクリと頷いた。


「んじゃ、明日から再度フィールドワークと行こうか。

 シェルタちゃんも件の魔法になれてかないとだしね」

「す、すぐ使いこなしてやるです!」

「ウム、その意気だ」


 本を返して司書に礼を述べた3人はギルドの書庫を後にした。




◆◆◆



 去りゆく3人が居なくなって程なく。巨躯の男が書庫へとやって来た。クマめいた図体だが、どうやら普人族ヒューマのようである。


 彼はずいずいと歩いて書庫の一画、既に本を選んでいた小柄な男の隣で本を見上げた。ネズミめいた男はクスクスと嗤う。


「例の、外に出るようですぜ」

「ほぅ……そりゃ何時だ」


「明日にでもといってやしたがね。うち1つは『スリアン』を取りに行くとか」

「なるほどな……」


 巨躯の男が懐から麻袋を取り出し小柄な男へと手渡した。素早く包みをしまうと、後は何事もなかったかのように2人は別れていった。



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