03-12-03:鈍き護りと銀光の演舞
裏庭は資材置き場にもなっている広場で、子供が遊び場として使える開けた場所になっている。なので大人が軽く身を動かす位は問題がない。
元々はこうした武器の試用を行うことを目的とした広場なのだ。
レギンは奥にある小屋からその背丈より高い……2倍近く大きな丸太人形を担いで持ってきた。下半身こそ丸太であるが、上半身は腕と頭がちゃんとついた木人である。
「レギン親方、それは」
「的だぜ」
ステラが木人の顔をまじまじと見つめる。
「で、でもなんか耳長くない?」
「そうか? 普通じゃねぇかな」
ステラがその造形の細部を詳しく見る。
「その、具体的にはエル 「ドワーフ伝統の木人だぜ」 そっそうか……」
ちなみにエルフの杖職人の所に行けば的は丸い樽型になる。
ドワーフが刀剣、エルフが杖。それぞれ制作する製品に対応して、要求される的の仕様を求めた結果であり他意はない。
これをただの木人や、よく見る丸い的にしようと業界が動いたことも過去にはあった。それは種族肝いりの一大プロジェクトとして推進されたのだが、結果的に大失敗した。
何れの顧客から『どうもしっくり来ない』とクレームが相次いだのだ。
これについて経済打撃も少なからず存在したため、結局はもとに戻すハメになる。この木人復活には多種多様な種族から祝福が為され、当のエルフ・ドワーフ両種族は微妙に喜べないお祭り状態に頬を引きつらせたとかなんとか。
そんな経緯でエルフめいた伝統の木人を、レギンが広場の中心に担いでゆく。そしてその巌のような筋肉をぼごんと盛り上げさせ、
「ぬうん!!!」
と気合を込めて大地に突き立てた。ハンマーも使わず膂力のみで打ち立てる
また波紋のように広がる振動にステラはぴょんと飛び上がり、胸の大層がふわっと揺れる。その一部始終を目撃したシオンは目をそらし、対してローヴはまじまじと見つめた。
ドワーフは平野趣向が
「さてよ、存分にやんな」
広場中央に居たレギンはそう言って淡々と仕事を終えて離れていった。
「……存分にとはいうが、どうしたものかねシオン君」
「自由に武器の具合を確かめれば良いのでは?」
「いやそれはわかるけど、何分初めてだからなぁ。ちょっとお手本が見たいなーとか……」
「お手本ですか?」
「うむ。勝手を見るのが自由なら、勝手を習うも自由だろ?」
「なるほどそれも通りです……なら良いでしょう」
シオンが木人へと歩きながらスラリと長剣を抜き放つ。
「では始めます。僕なりのやり方ですが……」
まずは鞘に左手を添え、右手のみで長剣を支える。半身でやや下段に突きつけるような構えだ。剣先はピタリと微塵の揺れもなく、その細腕のどこにそのような力があるというのか。十中八九魔法なのだが、ステラの目はただ流れる
(……〘フィジカルブースト〙は使わないのかな)
たしかこの魔法は循環を拡張したものだという。であるならば、循環そのものにも身体強化の機能が在るのだろうか。
「僕の場合、片手と両手で型が変わるので、それぞれを試します」
シオンが1歩前に出て間合いに入る。
跳ね上げるような突きが胸元に向かい、しかし打突直前で剣先が急下降して丸太の足を掠めた。ぱらりと舞う木くずを置き去り、即座に刃が引かれて下がる。
次は正眼の位置で再度踏み込み、眉間を狙って急上昇。だが到達より少し早く引かれたそれが、次の瞬間には平になって胴を軽く突きすぐさま下がる。
速くしなやかな突き中心の演舞は、少しフェンシングのそれに似ている。とはいえ重い長剣故か必殺と言うよりは撹乱。状況の制圧を重視したように相手を削ぎ落としていく。
変幻自在の突き技はチリチリと木人の表面に擦過の後を残していった。
またステラが目を凝らせば、インパクトの瞬間だけ
(仮に相対しても、弾くのは難しいかもしれない。突きって怖いな……)
そう考える間にシオンが長剣を両手持ちに切り替える。余計な力の入らぬ隙のない構えだ。
シオンが剣先を跳ね上げ前進、肩口を袈裟斬りに……いや寸止めだ。それを右、左、右と風鳴りを上げて切り込んでいく。
また左袈裟を打――いや違う! 刀身が回り込み、掬い上げるような逆袈裟が打ちこまれた! 反応できぬ木人の胴を断ち割らんとする一撃が丸太に吸込まれ……ビシリと留まった。
剣圧を受けた表皮が溢れ、触れてもいないのに切れ込みが入っている。もし振り抜かれていれば間違いなく両断されていただろう一撃だ。
(すごい……西洋剣が切れないとか言ったやつァ何処のドイツだよ)
威力を重視した基本に忠実な型、これがシオン本来のスタイルなのだろう。
さらに構えたまま深呼吸し、
「最後に、
また何故
「うっ、うん! しっかり見せてもらうよ!」
なんだ、何をする気だ。ステラに解るのは、今からシオンが
シオンは魔核より引き出す魔力を循環し、幾重にも練り上げた魔力を手のひらへ。そして剣へと押し込めば、ぞわりと広がり刀身が輝いた。
(あ、あれは
かつて一度だけ見た……一度? いや一度だ。追剥通りで見た煌きが剣に宿る。
「これは〘スパーダ〙です。武器に魔法を添わせて武器の威力を増す、
瞬間シオンが風のように踏み込み、それを追うように銀光が閃く。下段からの切り上げがキシ、という風切り音を残して木人の左腕を2枚に卸ろし、返す刃が腕の根本を打ち切った。
何れも切断音もなく、豆腐でも切るかのようにするりと通り抜けていった。
シオンが銀光を散らしつつ長剣をくるりと振るって鞘に収めれば、丁度2つに別れた腕が地面へ落下するところだった。カツンと音を立てた破片は4つに増える。何事と思えば、肘に当たる部分で断ち切られているようだ。
「――まっ、こんな所ですかね」
「おおー!」
息をつくシオンがステラに振り返れば、ステラが1人万雷の拍手で出迎えた。師弟も工房の作品が翻る様に満足げだ。頬をかきながら戻るシオンは、少し気恥ずかしげに見える。
「これは鋭利なだけではなく、魔法の護り……例えば結界を貫いて切り裂くことが出来ます」
「ええっ?! それって、障壁はなんでも切れるのか?」
「いえ、〘スパーダ〙に込めた魔力に依存しますね。〘スパーダ〙同士の打ち合いも魔力の削り合いです。また切り裂けても切り取る事はできません」
「どういうことだ?」
「結界が切れても穴を開けることは出来ないんですよ。勿論負荷をかけることは出来ますけどね。
勿論一点に負荷をかけ続けて薄くなれば、突破することは可能ですが」
「なるほどなぁ……あ! あとあと、2回しか振ってないのに切り口が3回なのは? それも〘スパーダ〙の特性なのか?」
「あー……その、僕の奥の手です」
「!」
「……内緒ですよ?」
「!!!」
彼女は手をギュッと握ってこくこくと頷いて目を輝かせた。
その様子を見たシオンが、しまったなと頬をかく。ただ期待の目線に少し格好付けたかったのだ。しかしこうした切り札はひけらかす物ではないし、何故披露しようと思ったのかは定かではない。
「(ちょっと、気持ちを落ち着けよう)」
そうして少年はゆっくりと深呼吸するのだった。
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