03-12-04:鈍き護りと黒の御剣
「小生も幾つか試してみようか」
シオンと入れ替わるように木人に向き合い、距離は15メートル程の位置に立つ。
「よし!」
左手を振り上げるのと同時にロスラトゥムを攫うように掴み、そのまま前に押し出しながら構える。またシームレスで引っかかりのない刀身は抵抗なく、最速での抜剣を可能とする。
右手はグラジオラスの柄を掌底で押し込み、ベルトの拘束が緩んだところで掴み抜く。そのまま跳ね上げた異形の黒刃は顔の位置でピタリと止める。
これらを滞りなく、かつ半身に捻りつつ一息で行えば基本の構えが完成だ。一度目のそれがあまりにスムーズに行えた事に驚いたステラは、何度か同じことを繰り返し……、
「……おぉ」
と感激したように目を輝かせて、嬉しそうに跳ねながらシオンに向き直った。その凶悪が縦に揺れシオンが目をそらす。
しかしまわりこまれてしまった!
「シオン君すごいよこれ、なんかすごいスムーズにできた! 小生すごくない? すごくない?! 寧ろシター社製品やばくない?!」
「あー、はいはい凄いですねー」
「反応が淡白ゥ!! でも褒められたから良し!」
「というか武器を抜いたままはしゃがない。危ないですから」
「おっ、おお……そうだったごめん」
幾ら刃が付いていないとは言え武器は武器。両手のそれは友人であっても、けして玩具ではありえない。ステラが気を引き締めて再度位置に戻って構えなおし、ヒュウと息を吐いてから魔法を起動する。
「ロスラトゥム、
鈍色のダガーから同じ鈍光が厚みをもって広がる。それは程なく半透明で大型の長方盾の形をとった。またステラの向かって右側に丁度丸い切れ込みがあるのが特徴的だ。
その切れ込みの先にグラジオラスの切っ先があり、つまり射線を通すための
遠隔専用のこの盾は基本的な硬化性能のみを備える。銃弾を弾くライオットシールド、或いは移動するトーチカという考えの盾だ。
シオンの使う〘スパーダ〙の前では不安が残るが、遮蔽物を瞬時に用意できる点は大きい。
「グラジオラス、
使用可能を公言する4属性のうち、火属性模倣魔法
詠唱完了と同時にグラジオラスの峰をレールに、捻じれ廻る炎の矢が
射出が瞬時なら衝突はまた刹那、ボウと3つ音を立てたそれは木人の胸、腹、そして股間へと小さくぶつかり……反対側が爆ぜた。
「「「?!」」」
貫通した上に爆発したらしい。
前から見ると小さな丸い焦げ跡だが、後ろから見るとクレーター状に消し飛ぶ酷い有様だ。これが人なら1発当たれば死んでいるだろう。
これは魔法の鏃がモンロー効果を期待するような、すり鉢状になっているためだ。炸裂するイメージによって形成されたその爆発力は、魔法の径から外れることなく前へと押し進んで荒れ狂い、内部を破壊せしめて裏へと解き放たれた。
ちなみに〘ファイアアロー〙はこんな風に貫通しないし、炸裂破壊する衝撃も伴わない。唯一同じなのは急所を狙うその戦法だけである。
「これが遠隔系の基本その1、盾は……もう少し考えるけど。続けるよ、ロスラトゥム
【塔の白楯】がするりと消えて解除され、逆手の鈍色を水平に構える。
「ロスラトゥム、
刃に添って風の刃が『バヅン!』と音を立てて飛翔するそれは、
それは一直線に木人の右腕へと突き進み、纏う風が通り過ぎると同じく腕が吹き飛んだ。
破片は都合3つ。
手首を壊し、肘を貫いて、腕の根元に鮮血のような木くずがぶちまけられる。跳ね飛んだ腕は回転しながら宙を舞い、木人の住処たる小屋の前まで落ちて止まった。
なお本来の〘ウィンドブレード〙は牽制に用いて撹乱をする魔法であり、こんな殺伐解体ショーな性能ではないと追記しておく。
唖然とするオーディエンスの中、ステラがごきげんに鼻歌を謡う。
「これが遠隔系の基本その2。ロスラトゥムをどう使うかによるスイッチだね。
あとは……よし、折角だからもう1つ試そう」
基本の構えを解いたステラは、半身のまま自然体を取って
「グラジオラス、
【流水】と同じく中空に水がずわりと現れ、グラジオラスを伝う。それは刃を延長するように伸びていき、異形の短刀は水を纏い目麗しきショートソードへと姿を変えた。
この魔法は着飾るような意味合いが出る為か、グラジオラスお気に入りの魔法である。
これは
ハシントの気持ちが漸く分かったステラである。だからってあのドレス群は荷が重いけれど。
「ロスラトゥム、
かつて
なおこれらは
準備のできたステラはシュゥと息を吐いて身に力を行き渡らせた。
「行くよー」
ロスラトゥムを盾に、右足に力を込め滑るように前進。ひらりとスカートが揺れて2歩、木人の間合いに入る。そのまますれ違うように回転しつつ、水剣で胴を薙ぐ。刀身を這う水は丸太をカツンと反対側へ抜け、木人の上半身が回転しつつ跳ね飛んだ。
そのまま背面に回り込んだステラは半回転した木人の首筋に向け、ロスラトゥムを振り抜くように振り抜く。石由来の質量を伴う重い一撃が
宙を舞う2つの破片。それを更に回転するステラの水刃が一刀に斬り割り、漸く叩き落とされて地面に跳ねる。
「良し。
ステラは息を吐いたのち、両手の武器を振るって魔法を解く。ちょっとカッコつけてクルッと回して其々の鞘にストンと納めてみたり。
背筋にゾクリと快感が走り、とても良い余韻が心に残る。ああ、この子達はそうあれかしと此処に居る、そんな腑に落ちたものを感じる。
ステラは嬉しそうにてっこてっこ、ゆっさゆっさ、にっこにっこにーとシオンのところまで小走りに戻ってきた。
「ねぇねぇ今の凄くないか?! 『するすっぱーん』と行ったんだけど!」
「し、試用にはいい感じではないですか?」
「そっ、そうか! ふへへぇ、そうかぁ!」
喜ぶステラに『やはり首は狙うんですね』とはいえないシオンである。こう殺意高めのオーバーキルを見せ付けられては、一瞬怖気づくのも已む無いだろう。
「ただ実戦では難しいので気をつけてくださいね?」
「そっかそっ……そうなのォ?!」
愕然とするステラに淡々と告げるは、閻魔が台帳を読み上げるが如き裁判長シオンである。
「今の近接戦について……動作は早いですが脇が甘いですね。
断ち筋は意外に良かったんですが、打ち込めるタイミングが多すぎますし、フェイントがないので対処が容易です。
まぁゴブリンなら問題ないでしょう」
言うごとに花は萎れてくてんと頭を下げ、ずーむんと枯れ落ちていく。なんとなく腰のグラジオラスが慌てて暖色を返すが、ステラは使い熟せなくてごめんよと手で叩くのみだ。
「魔法戦については……盾が必要な場面が限られますけど、スイッチできるのは良いんじゃないでしょうか。
防御優先と攻撃優先、見極めさえできれば早々遅れを取ることはないかと。矢張り距離をおける事、また弾幕を貼れるのは強いですからね」
枯れた華に潤いが! ムクリと頭を擡げた花が陽光を浴びてキラリと輝いた。
「そうだろうそうだろう! やはり時代は射撃なんだなって!」
「ただ……なんといいますか」
シオンが木人に目を向けて頬を掻く。無残にちぎれた首、薄く濡れた胴体、バラバラの腕と、焦げ臭い煙。残骸となった木人を見て、うーんと顎に手を当てる。
「実際魔物に使ったら粉々になりそうですね。その場合魔石が失われたり、討伐部位が取得できない可能性があります。
探索者の場合、これは収入に直結するので気をつけてください。
また誤射した場合が怖いですね。特にあの〘ファイアアロー〙、可燃物のある場所では厳禁です。あの丸太は生木に近いのに、今にも炎上しそ――」
と、言うが否や破片が燃えあがった。死体に鞭打つスリップダメージである。
ステラが慌てて
「火事って怖いですよね?」
と、凄く爽やかな有無を言わさぬ笑顔があった。背筋に震えが走って止まらない威圧的なスマイルだ。
「……し、精進します師匠」
頬の引きつるのステラがしおしおと頭を下げた。
「……とりあえず、具合は良さそうだな?」
「もちろん! 勝手も問題ないみたいだし、あとは代金を支払、うん?」
「嬢ちゃん?」
彼女は急に黙り込み、顎に手を当て思案し始めた。それは何かに気づいて判断を迷っているようにみえる。
「どうした、なんか不具合でもあったか?」
「……いや、装備は大満足だがそうじゃない。なんかケバいのがコッチに来てるなって」
「ケバい? 何言ってんだ?」
この場所は高い壁に覆われて、一応秘匿された空間となっている。周囲を見てもこの4人しか居ないのだから師弟も首を傾げるばかりだ。
ただ1人、シオンだけは彼女の言を信じた。
「ステラさん、何が来てるんです?」
「とにかく趣味の悪い豪奢な馬車」
その一言にシオンの頬が引きつる。
「……具体的には?」
「金銀財宝山盛り御殿。宝飾品を此処まで下品に使えるって凄くない? 台無しの才能があるとしたら正にこれだよね、っていう4頭立ての馬車。でもこのサイズの馬車って2頭立てじゃないのか?
ちなみに護衛の兵士が6人付いてる。鎧は外門の門番さんと似たやつだ」
と、説明する毎3人が額に手を当て項垂れた。
「アレか……面倒くせぇな」
「親方、フケません?」
「そうも行かねぇだろ」
「ですよねー」
どうもげんなりしている師弟の様子にステラが首を傾げる。
「シオン君。このふたりは何故テンション低いんだ?」
「その趣味の気色悪い馬車に乗っているのは、ヴァルディッシュ・イドロ・アドミラシオン。アルヴィク公王のご子息です」
「え? それって君の兄弟じゃ?」
「ハハッそうですねー」
「?!」
どうやら、並々ならぬ確執が声色からも見て取れる。血は水より濃く、その身を呪うのか。思わずハスキーボイスになる程とは相当なものだろう。
「それでステラさん、今それは何処に居るんです?」
「……ごめん、もうじき玄関先につく」
3人はそれを聞いて、深くため息を付いて額に手を当てた。
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